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「おーい、白フクロウさん」
「待ってー! お願い、話を聞いてほしいの」
モモちゃんとアオくんは白フクロウを追いかけます。しかし、空飛ぶ馬車はどんどんスピードを上げて、雲の向こうへ行ってしまいます。
「だめだ。全然追いつかないや」
とうとう空飛ぶ馬車の姿は見えなくなってしまいました。
その頃には二人はもうへとへとです。
肩で息をして、座りこみながら二人は考えます。
「白フクロウさんはいったいどこへコーヒーを運んでいるのかしら」
地理に詳しくないモモちゃんにはさっぱり分かりません。
白フクロウの飛んでいった方向を見渡しても、林や青い空が続くばかりです。
「あの方向なら、きっと季節の塔へ向かっているんだよ」
アオくんは言います。
「それなら、冬の女王さまはやっぱりコーヒーで何かをしようとしているのね」
「だけどいったい何だろう」
二人は考えますが、答えはなかなか見つかりません。
それもそのはず。冬を終わらせない理由と、コーヒーを買い占める理由なんて、二人には想像がつきませんもの。
「アオくん、これからどうしよう」
モモちゃんは困ったように、アオくんに相談しました。
「そうだなあ、このまま季節の塔へ行くのもいいけど……。そうだ! ねえ、モモちゃん」
「なあに?」
「季節の塔へ行くよりも先に、春の塔へ行くのはどう?」
アオくんは目をキラキラさせて言いました。
「実はね、モモちゃん。この近くにちょうど春の塔があるんだ。先にそこへ行って、春の女王さまと一緒に季節の塔へ行こうよ」
「それはいい考えだわ!」
二人は疲れも忘れて、駆け足で春の塔へと向かいました。
少しして、林の中に二人は大きな塔を見つけました。さまざまな色の鮮やかなレンガでできた、春の塔です。
塔を囲う石垣の門番に、二人は聞きました。
「すみません、春の女王さまはこちらですか?」
「わたしたち、春の女王さまに用があって来たんです。通してもらえませんか?」
門番は二人の話が終わるか終わらないかの内に、眉間に皺を寄せて怒鳴りました。
「なんだなんだ! また来たのか! ここに来ても無駄だ! さっさと帰れ」
「どうして無駄なんです? 話してみないと分からないことだってあるわ!」
「突然に来てごめんなさい。でも、どうしても春の女王さまに会いたいんです」
モモちゃんは必死に言い返し、アオくんは再度お願いしました。
しかし、門番は二人を通してはくれません。帰れ、無駄だの一点張りです。
三人が言い合いをしていると、黒い影がモモちゃんの頭に落ちてきます。
それはモモちゃんよりもはるか上にあるヒノキの枝にとまりました。
「黄色いフクロウ? 冬の女王さまのフクロウの仲間かしら」
「いいや、あれはミミズクだよ。春の女王さまの執事さ」
モモちゃんの疑問に、すかさずアオくんが答えます。
「おい、何をしていル! ここは春の女王サマの塔であるゾ」
黄ミミズクは言います。
「わたしたち、春の女王さまに用があって来ました。会わせてください」
モモちゃんがそう言うと、黄ミミズクはバカにしたように笑いました。
「ムダだ、ムダだ! お前タチは春の女王サマに会えナイ!」
「どうしてですか! どうしても、話を聞いてほしいんです」
アオくんも必死にお願いしますが、黄ミミズクは相手にしません。
それでも二人が諦めないようですので、ついに黄ミミズクは呆れたように言いました。
「春の女王サマはここにハいナイ。もうとっくの昔に季節の塔へ行ってイルのダ」
二人は驚きました。
モモちゃんもアオくんも、てっきり春の女王さまは春の塔に閉じこもっていると思っていたのです。
それは、今まで春の塔へ来た人たちも、そうでない街の人たちもそう思っていたことでしょう。
春の女王さまがすでに季節の塔へ向かっているなら、どうして冬の女王さまと交替していないのでしょう。
二人は気になって黄ミミズクにたずねます。
「それならどうして冬は終わらないの?」
「春の女王さまは本当に季節の塔へ? 行く途中で何かあったんじゃあないですか?」
しかし、黄ミミズクは鬱陶しげに羽根を羽ばたかせます。
「あ~うるサイ、うるサイ! ワタクシは忙しいのダ!」
黄ミミズクは激しく羽根を動かし、今にも飛び立ちそうです。
「待って、黄ミミズクさん! 春の女王さまは今、季節の塔にいるの?」
モモちゃんが必死に引き止めるも、黄ミミズクはものともしません。
「まったくモウ。冬の女王サマのワガママにハ付き合っていられナイ! 冬の女王サマのせいで春の女王サマは……あ~モウ!」
そう言い残して黄ミミズクは飛び去ってしまいました。
「ああ、行っちゃった」
「さあお前たちも帰った、帰った!」
門番はモモちゃんとアオくんを追い払います。
二人もここにいても仕方ないと諦めました。
春の女王さまがここにいないのなら、次の方法を考えるまでです。
「モモちゃん、季節の塔へ行こう」
「うん。わたしもそう思ってた」
二人は大きく頷いて、林へ戻ります。
そうして、冬の女王さまと春の女王さまの謎を解き明かすという大きな意志を胸に抱いて、前へと進んだのでした。
季節の塔への道は、アオくんが知っています。
「少し距離はあるけど、確かこっちのはずだよ。前に本で読んだんだ」
アオくんは普段からよく本を読み、たくさんの物事を知っています。
モモちゃんはアオくんを信頼して、何の不安もなく進んでいきます。
しばらく道なき道を歩いていると、大きな木の下で、何やらキラキラ輝いている物が見えました。
「あれは何だろう?」
「ねえ、近くまで行ってみましょうよ」
モモちゃんはどんな時でも度胸と勇気を持つ女の子です。
考え込むアオくんの手を引いて、モモちゃんは勇ましくその先を急ぎました。
近づいてみると、キラキラ光っていたのは、ガラスでできたオオカミそっくりの動物だと分かりました。
「わあ、キレイ! まるでオオカミみたい」
「本当に。だけど、よく見るオオカミよりも大きいね。いったいどうやって作ったんだろう?」
二人がガラスのオオカミに触れようとしたその時、突然ガラスのオオカミが動き出しました。
「きゃあ!」
「わあ!」
二人はびっくりして跳びはね、しりもちをついてしまいました。
「おいおい、どうやって作ったかって? おれさまを誰だと思っているんだ」
すると今度はしゃべり始めました。
「しゃべった!」
「動いてる!」
モモちゃんとアオくんはしりもちをついたまま、ただただ驚くばかりです。
「しゃべるに決まっているさ。おれさまはこの通り生きているんだからな」
ガラスのオオカミは誇らしげに立って、モモちゃんとアオくんを見下ろします。
立ち上がったガラスのオオカミはとても大きく、四つ足で立った状態でも、二人の頭よりも一つ高いところに目線があります。
「驚いた……あなた、本当に生きているのね。あんまりにも綺麗だから作り物かと思ったわ」
「うん、本当に。動くたびにキラキラ光っているね。こんなに綺麗な生き物がいるなんて、図鑑には載っていなかったもの」
高いところからガラスのオオカミに見下ろされても、今の二人は恐れることも忘れて、ただその美しさに圧倒されていました。
それを聞いてガラスのオオカミは、とても気分を良くして言います。
「ふうん、なかなか良いセンスをしているじゃあないか。お前たち、気に入ったぞ。おれさまのことをフィンと呼んでもいいぞ」
「あなたって、名前まで素敵なのね。わたしはモモよ」
「ぼくはアオ。よろしくね」
二人が名乗ると、さらにフィンは喜びます。
「そうか、モモにアオだな。今日はとても気分がいい」
そこで二人は、ようやくしりもちをついたままだということに気がつきました。
慌てて立ち上がると、モモちゃんは照れ隠しをするように、フィンにたずねます。
「それで、フィンはこんなところで何をしているの?」
「おれさまはここで春を待っているのさ」
フィンは答えます。
モモちゃんはその答えを不思議に思いました。
こんな木と雪しかない所で、どうして春を待っているのだろう。きっと、モモちゃんなら暖かい場所で春を待つでしょう。
「こんなに寒くて何もないところで春を? お家で待てばいいじゃない」
アオくんも同じことを思ったようです。
するとフィンは面白そうに答えます。
「いいや、ここじゃないとダメなのさ。正確に言うと、おれさまは春じゃなくて、春にならないと出てこられない友だちを待っているからな」
モモちゃんはさらにわけが分からなくなってしまいました。
ところが、アオくんはピンとひらめいた顔で言いました。
「そうか、分かった! ここでその友だちが冬眠をしているんだね」
「ああその通り」
フィンは満足げに頷きます。
「おれさまの友だちはとにかく寂しがりやなのさ。ただでさえまだ寒いっていうのに、起きても誰もいなければとんでもなく寂しいだろ? だって、一年の四分の一も一人でいたんだぜ」
フィンは友だちが眠っている木の下を見ながら言います。
モモちゃんとアオくんはフィンの言葉に納得しました。
今まで二人はずっと一緒でしたし、冬眠する友だちもいなかったため気づかなかったのです。
もしもモモちゃんとアオくんのどちらかが冬眠をしていれば、どんなに寂しくつまらない日々を送っていたことでしょう。
「友だちがいつも言うんだ。春になったらまず一番におれさまを見たいってな」
「そうね。目覚めてすぐ誰かがいてくれるなら、きっと眠っている間も怖くないわ」
「それに、きっと春に見るフィンもきっと綺麗なんだろうね」
「ああ、そうとも! 春のおれさまもすごいぞ。春が来ればお前たちにもこの自慢の姿を見せてやろう」
フィンは得意気に言います。
「ところで、お前たちこそどうしてこんなところに来たんだ?」
フィンの質問に、二人は顔を見合わせました。




