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「ああ。困ったわ」
ある日、モモちゃんのお母さんがキッチンで悩んでいました。
「お母さん、どうしたの」
モモちゃんがたずねます。
「それがね、今日のおやつに出すはずだったコーヒーがないのよ」
モモちゃんのお父さんは、毎日おやつにお菓子を食べ、コーヒーを飲んでいたのです。
そのコーヒーがないだなんて知ったら、お父さんはがっかりしてしまうでしょう。
「いいこと考えた! わたしがコーヒーを買ってきてあげるわ」
モモちゃんは明るくそう言いました。
けれど、お母さんはまだ困った顔をしています。
「近くのお店にはもう売り切れていたのよ」
「ええっ! どうして?」
モモちゃんは驚きました。
「誰かがコーヒーを買い占めているらしいの」
「ひどいわ。お父さんはコーヒーが大好きなのに」
モモちゃんとお母さんは一緒になって困ってしまいました。
「いいこと考えた! わたしが街まで買いに行ってくるわ」
モモちゃんはまた明るく言いました。
「街に行けばもっとたくさんお店があるから、きっとコーヒーもあるはずよ」
そうしてモモちゃんは、街までお父さんのコーヒーを買いに出かけたのです。
「行ってきまーす!」
「モモちゃん、気をつけてね」
街へと歩いていると、友だちのアオくんがやって来ました。
「やあモモちゃん。今日もスケートをしようよ。湖もずっと凍っているよ」
「アオくん、こんにちは。ごめんなさい、お使いの途中なの」
アオくんはがっかりした様子でたずねました。
「お使いってどこへ何を買いに行くんだい?」
「街へお父さんのコーヒーを買いに行くのよ」
「コーヒーくらい、近くで売っているじゃない」
「それが、誰かに買い占められてしまったみたいなの」
モモちゃんはしょんぼりして言いました。
「それなら僕も一緒に行こう。いい店を知っているんだ」
「本当?」
「もちろんだとも。一人じゃさみしいでしょう」
「アオくんが一緒なら心強いわ」
二人は街へと急ぎました。
街につくと、いつもと様子が違っています。
なんだか人が少ないのです。
「いったいどうしたのかしら」
「わからない。お店の人に聞いてみよう」
アオくんの言っていた『いい店』は、街の入り口のすぐそばにありました。
「おじさん、こんにちは」
「やあアオくん。久しぶりだね」
「今日はどうしてこんなに人が少ないの?」
「仕方ないさ。今年の冬は特に長いからね。寒くて外に出られない人が、たくさんいるんだ」
そこでモモちゃんはあることに気がつきました。
お店の商品がびっくりするほど少ないのです。
「おじさん、ここの商品はみんな売れちゃったの?」
「それもそうなんだが、新しい商品が届かないんだよ」
「え? どうして?」
アオくんがたずねます。
「ほら、ここずっと冬が終わらないだろう? それで道が雪で覆われてしまったんだ。だから荷物を乗せた馬車が通れなくてね」
「それは大変だ!」
「雪かきが終わるまでどれくらいかかるの?」
「どうだろうね。なにせ北のほうではまだまだ雪は止んでいないからなあ。雪かきをしてもすぐに降り積もってしまうんだ」
おじさんは困った困ったと、頭を悩ませています。
周りを見渡すと、どのお店も並んでいる商品は数が少なくなっています。
なかには、お店さえ閉じているところもあるくらい。
このままでは食べ物もいつか尽きてしまいます。
それに、みんな寒さのせいで家から出られなくなってしまうでしょう。
「今年はどうしてこんなに冬が長いのかしら」
モモちゃんは言いました。
「おや知らなかったのかい?」
そう言っておじさんは、店の壁にある張り紙を指差しました。
張り紙は王さまからのお触れでした。
そこには、冬の女王さまが季節の塔から出てこないため、冬が終わらないのだと書いてあります。
さらに、冬の女王さまと春の女王さまを交替させた者には好きな褒美を与える、とも。
この国には四人の女王さまがいます。
一人は春の女王さま。
一人は夏の女王さま。
一人は秋の女王さま。
そして最後に冬の女王さま。
女王さまたちは、ふだんそれぞれの塔で暮らしています。
そして自分の季節になると、季節の塔と呼ばれるところへ行くのです。
そうすることでこの国の季節が変わるのです。
「冬の女王さまと春の女王さまは、どうしてまだ交替していないんだろう?」
アオくんは不思議そうに言いました。
本当なら今頃、とっくに冬の女王さまは冬の塔へ帰り、春の女王さまが季節の塔へ行っているはず。
それなのに、今年はどうしてそうならなかったのでしょう。
「さあなあ」
おじさんは言います。
「お触れが出てからというもの、何十人、何百人もの人が季節の塔や春の塔へ行ってみたらしいが、上手くいかなかったようだ」
「どうして? 説得すれば、冬の女王さまもきっと分かってくれるはずだわ」
「そうだね。それに、春の女王さまを季節の塔へ連れて行けばいいんでしょ?」
モモちゃんとアオくんは二人で頷き合います。
「どうやら、どちらの塔も中までたどり着けた人はいないみたいなんだ」
「ええ!?」
モモちゃんとアオくんは驚きました。
「聞いた話だがね。春の塔は門番に追いやられてしまうし、季節の塔は入り口が見つからなくて入れないんだそうだ」
おじさんの言葉を聞いて、モモちゃんとアオくんは顔を見合わせます。
「これは何かがおかしいわ」
「これは何かが起きているね」
おじさんは腕を組みながら、うなって言いました。
「わしは冬の女王さまが何かをするために、冬を終わらせないんじゃないかと思っているんだ」
「冬の女王さまが?」
アオくんはたずねました。
「ただでさえ商品が少ないっていうのに、冬の女王さまがなぜかここら一帯のコーヒーを買い占めてしまったんだよ」
「コーヒー!」
モモちゃんは飛び上がって声を張り上げました。
この街に来た理由を思い出したのです。
コーヒーが無ければ、モモちゃんのお父さんはがっかりすることでしょう。
「わたし、すっかり忘れていたわ! ここへはお父さんのコーヒーを買いに来たの」
「おじさん、ここにももうコーヒーは残っていないの?」
おじさんはすまなそうに答えます。
「そうなんだ、わしの店のコーヒーは3日前に売り切れてしまったよ」
モモちゃんは大きく肩を落とします。
「どうしよう。お父さんが聞いたら、きっとがっかりしてしまうわ」
「おじさん、他にコーヒーが残っているお店はある?」
「それが……ついさっき、君たちが来る少し前に売り切れてしまったよ。ほら、見えるだろう? あのフクロウだよ」
おじさんは空に向かって指をさしました。
おじさんの指差す方を見上げてみると、そこには空飛ぶ青の馬車と、それに乗る白いフクロウが見えました。
「あ! 冬の女王さまの馬車だ!」
アオくんは叫びました。
「どうしてあれが冬の女王さまの馬車だとわかるの?」
モモちゃんがたずねます。
「ほら、ごらん。青い馬車に金色の紋章が見えるでしょう? あれは冬の女王さまの紋章なんだ。それに、きっとあのフクロウは冬の女王さまの執事に違いないよ」
アオくんは物知りです。
きっとあの白フクロウは冬の女王さまに言われて、コーヒーを買い占めに来たに違いない。
三人はそう思いました。
「いいこと考えた! ねえ、あの馬車を追いかけてみましょうよ」
モモちゃんはアオくんに言います。
「お願いすれば、少しだけ分けてくれるかもしれないわ」
「それに、コーヒーを買い占めている理由も、冬が終わらない理由も知っているかもしれないね」
アオくんは頷きます。
「おじさん、教えてくれてありがとう」
「わたしたちもう行くわ」
「ああ、気をつけて行っておいで」
おじさんに別れを告げて、モモちゃんとアオくんは冬の女王さまの白フクロウを追いかけていきました。