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第53話○追憶編⑨~受験~


「先生……お願いがあるんですけど……私も先生の曲、聞きたいです」


 受験が間近に迫ってきた12月の中頃、私は最後に頑張る原動力みたいなものが欲しかった。


 教室に残って英語で本当に分からない部分の質問が終わった後、先生との会話を惜しむように最後のお願いをしてみた。


 本当は一緒に雨宿りをした時に言いかけて飲み込んだ言葉を……


「先生の曲聞いたら、受験も頑張れる気がするんです」


「だめだよ……僕の曲なんて……笑われる」


「笑いません」


「どこにいったか分からないし……」


 私はどうしても先生の作った曲が聞きたかったので、その思いから素直に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「じゃあ先生のお家に行ったら聞かせてもらえますか?」


「…………いつか……ね……」


 顔を赤くして答える先生の様子に(とんでもないことを言ってしまった)と恥ずかしくなり……冗談で流されたと気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。



 なんとなく先生に会うのが気まずくなってしまった12月のクリスマスシーズン……

 塾の休み時間中にある噂話が流れた。


 篠田先生のお見合いが今回は上手くいって今度結婚する……とか、同じ塾の先生と飲み会の後に付き合いだした……とか。


「先生…………よかったね……」


 私は家に帰るまで平気に過ごせていたが、チャポンと沈んだお風呂の中で少し泣いた。



 年が変わり、間近に迫る受験の不安から、全てが悪い方向に行くとしか考えられなくなっていた頃……


 塾の職員室前の掲示板に大きな紙が貼り出され、受験日当日の塾の先生の応援団メンバーが発表された。


 毎年、各大学で数名ずつ塾の先生方が担当の受験校の門に応援で駆けつけるというのが恒例になっていて、年明けにそのメンバーが発表されるという話は前々から聞いていたが……


 私は貼り出された紙を見て驚いた。


「先生……全部来てくれるんだ……」


 私は高校の進路相談で貰ったパンフレットをきっかけに、福祉学部を目指すようになっていたが……


 塾に提出した最終志望校一覧に書いた5校5学部……私が試験を受ける全部の日程で、先生が来てくれることになっていた。


 それは大手の塾で講師の数も多い中、有り得ない確率だった。


 ただ1校だけ先生が来ない大学があった。

 ダメ元で枠外に書き、こっそり願書を出した一番入りたくて一番難しい大学……


「先生達の応援て、立候補制なんだって~」


 誰かがそう言っているのを聞いて、びっくりして嬉しくて……

 上を向いて溢れそうになる涙が零れないように、そっと目を閉じた。


 先生には私の誕生日を言っていないが……時期的に思わぬ誕生日プレゼントを貰ったような気持ちだった。


 そしてとうとう色々な意味で緊張がピークの1月後半の大学受験初日……


「あれ?……いない?」


 先生に会ったら言おうと思っていた会話の練習は無駄骨に終わった。


 2校目……

 大学の門の前にいたのは、もう一人の担当になっていた世界史の女の先生……


 熱いエールを貰った際に勇気を出して篠田先生のことを聞いてみたが、

 どうやら門が2つあって、先生はもう1つの門を担当しているとのことだった。


(1校目もそうだったのかな? やっぱり試験前に先生に会いたいな……)

 試験が終わる頃にはもういないので、私は反対側の門まで行きたかったが……

 広いキャンパス内で道がよく分からない上に試験開始時刻が迫っていたので、泣く泣く諦めた。


 3校目に受けた大学では、別日で急に他の先生の都合が悪くなった関係で交代になったそうで、またしても会えなかった。


 タスキをかけた塾の先生から合格ダルマのマークのカイロを受け取ると合格するというジンクスがあったが……

 私はどうしても篠田先生から受け取りたかったので、他の先生からのカイロは「すみません……ありがとうございます」と遠慮した。


 4校目も会えなかった時は、すれ違うのが運命で、このままずっと会えないような気がした。


 そして5校目……私は結局、先生に一度も会えなかった。


「なんで……会えなかったんだろう……」


 失意の中、合格発表の結果を見て独り言を呟く。

 結局私は早めに受けた4校全部、落ちてしまった。


 先生に会えなかったせいじゃない……

 全部自分のせいだ。


 発表が残っているのは記念受験で受けた超難関校で、有名人も受験しているため応募が殺到していると聞いたので多分駄目だった。


 私は、こっそり願書を出した6校目は……

 先生が担当になっていなかったその大学だけは、どうしても応援に来て欲しかった。


 先生が他の大学の担当になっていれば諦めがついたが……その大学の受験日は、どの大学の担当にもなっていなかった。


 だから勇気を出して塾に……先生宛に電話をしてみた。

 一生に一度のなけなしの勇気だった。


プルルルル……

「すみません……塾に通っている者ですが、篠田先生お願いします」


「少々お待ち下さい」


「…………お電話変わりました……」


「もしもし? 先生ですか? 突然お電話してすみません……篠田です……篠田春香です」


「え……あ……君か……ど、どうしたの?」


「せっかく全部の大学の応援、先生だったのに、なんだか全然会えませんでしたね……」


「う、うん……そうだね…………」


「それからすみません…………」


「……全部落ちちゃいました……次が最後の受験です……」


「どこなの?」


「○○大学です」


「やっぱりあの大学の願書も出したんだね」


「一番無理なやつ残っちゃって……」


「君なら受かるよ」


「自信ないです………………先生っ…………やっぱり応援に来てもらえませんか?」


「いいよ? いつだっけ?」


「2月9日です」


「あ、2月9日は…………」


「?!」


 私は去年の2月にも先生が何かを言いかけてやめたのを思い出した。

 ……と同時にバレンタインの時にしていた女子高生達の会話も思い出し確信した。


(2月9日……ってもしかして先生の誕生日?)


「ごめんなさいっ……やっぱりいいです……忘れて下さい」

ガチャ

 そのまま電話を切ってしまった。



 6校目の受験当日……これが最後の受験で後がないというプレッシャーからか、朝から胃が痛かった。


「ダメだ……全然受かる気がしない……」


 暗い気持ちで電車に乗り、ため息をつきながら大学の最寄り駅で降りる。


 深い絶望感の中でお腹をさすりながら大学までの道を歩いていると……

 信じられない光景に足がすくんだ。


 大学の門がある一本道に続く交差点の先の広場……

 大学の名前が入ったプレートの横に私服でポツンと立っているメガネの男の人……



 私の大好きな篠田先生だった。


 塾のタスキもかけずに一人でモジモジと……


「なんで……いるんですか?」


「なんでって……来て欲しいって言ってたから……」


「やっぱりいいって言ったじゃないですか、忘れて下さいって……」


 嬉しくて堪らないはずなのに、口をついて出るのはかわいくない言葉ばかり……


「暇だったから」


「嘘!」


「嘘じゃないよ……」


「だって今日は先生の誕生日じゃないですかっ……そんな大切な日に、こんなとこにいちゃダメじゃないですか」


「やっぱり気付いてたのか……」


 塾の先生が生徒一人のために来てくれるなんて有り得ない。

 しかも個人的に……

 しかも一年に一度の大切な誕生日に……


「彼女とデートとか? 結婚の準備だって色々忙しいだろうし……なのになんで来たんですか?」


 私は気を抜いたら涙が零れてしまいそうだった。


「……なんで?……って……」


 先生の声は裏返っていた。


 そして何かを決したように固く目をつぶりながら……


「どうしても来たかったんだよ! ただ伝えたいことがあって!」


「……???……」


「…………頑張れ!」


「……?!……」


「頑張れ!!…………頑張れ!!!」


 今まで一度も聞いたことがない声だった。


 嬉しさと何とも言えない感情が込み上げて、溢れてきた涙を止めることが出来なかった。


 私は先生に会えるのが、これで最後になるということを確信した。


「それとコレ……」


 初めて貰った合格ダルマのホッカイロは、開けていないのにあったかかった。


 おそらくポケットの中でずっと……


「先生……今まで本当にありがとうございました! 頑張って行ってきます!!」


「それと……誕生日おめでと……(ボソッ)」


 私は密かにあることを決意し、泣きながら歩き出した。


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