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第43話○最後の日記編⑧~不思議な声~


○月○日

今日、不思議な夢を見た。


七夕に公園のベンチから立ち上がった時、

心臓病の今までで一番ひどい発作で倒れ、運ばれた病院のベットの上で……


まるで一本の映画を見ているような不思議な夢……


今までの人生が走馬灯のように浮かんでいく中で、自分自身も若返っていった。


苦しくて苦しくて意識が朦朧としながら、真っ暗な深い海の底に沈んでいく……


私は……正確な年は分からないが、日記に挟まっていた孫がくれた傘寿のお祝いの手紙から、自分が80代の七夕の日に死ぬことを知っていた。


「もうだめなのかな?……悠希くんにも……もう会えないな」と諦めかけた瞬間……


誰かが私の手を引いた。


その手は私をどこかに連れて行こうとしているみたいで、手の感触がはっきりある。


暗闇の中、突然音がした。


「ヒューーーードゥオーーーン!!!……パチパチパチ」


「花火だ……」


こんなに間近で見たのは初めてだった。


「綺麗……」


暗闇に咲く花の美しさに見とれていると……


「間に合ってよかったな」


懐かしい声がした。


「うん…………最後に一緒に見られてよかった……」


最後に上がる盛大な花火が太陽みたいに眩しく広がっていく……



真っ白で何もない世界



眩しい光に包まれた感覚がおさまってから、ゆっくり目を開けると……


なぜか目の前に机があり、大きなバースデーケーキが乗っていた。


ろうそくの火が揺れるケーキの前に高校生くらいの男の子がいて、恥ずかしそうに笑っている。


その子の誕生日を祝っているところなのだろうか?


そこには悠希くんもいて「いくよ?」と言われたので、一緒にハッピーバースデーの歌を歌った。


相変わらず下手だけれど息はぴったりだ……


歌い終わって「おめでとう!!」と二人で拍手する中で、男の子が一息でろうそくの火を吹き消す。


その横顔がなんだか悠希くんに似ていて……

もしも悠希くんと結婚していたら、こんな息子が生まれたのかな……と思ってしまった。


バースデーケーキのプレートには、『誕生日おめでとう』のメッセージの下に、その子の名前と11月1日という日付が書かれていた。


「恥ずかしいなぁ……ありがとう」と照れながら言うその声には確かに聞き覚えがあった。



忘れもしない悠希くんのクマの声……



その笑顔は悠希くんにそっくりだった。

高校生の時のバイトをしていた頃の笑顔は、おそらくこんな感じというような……


「あれ? 私なんで泣いてるんだろ……」


ケーキの名前と日付を見て、いつの間にか流れていた涙を拭きながら顔を上げると……


その子は消えていた。


……ふいに誰かに手を繋がれた。


振り向くと小さな男の子が笑っていた。


いつか……夢で見た男の子だった。


今だったらはっきり分かるが、ずっと昔に写真の中で見た小学生の悠希くんと同じ顔をしていた。


ずっとそうしたかったかのように手を伸ばし、男の子の頭を撫でる。


その瞬間……


膝を抱えて一人ぼっちで泣いているその子の姿が浮かんだ。


「ごめん…………ごめんね……」


涙が溢れて止まらない。


「どうしたの? 泣かないで……」


そう言いながら彼が遠く薄くなっていくのに気付いた時……


私は全てを悟った。


その子が選ばなかった道……

未来の先にいたかもしれない人物だということに……



「気付いてくれてありがとう……」


「誰にも知られないまま……消えてく前に見つけてくれてありがとう……」


「……もう行かなきゃ……」


現実にはいない息子が微笑む。


「どこ行くの? 待って……」


必死に引き止めようとする私を見て、困ったように笑いながら、


「大丈夫、会えるよ……」


「絶対大丈夫だから……泣かないで……」


その言葉は悠希くんがくれた、魔法の言葉と同じだった。


繋いでいた手の先にあったはずの小さな手が消えていく……


「僕を……この世界に…………くれて……あり……がとう…………」


小さく途切れ途切れになる声……


次第に薄く、遠くなっていく息子を一度でいいから抱き締めたくて、

泣きながら手を伸ばした。


「行かないで……明希(あき)!!」


と言ったところで目が覚めた……


結局抱き締めることはできなかった。


けれど「お母さ……」と消える間際に……

笑顔でそう呼んでくれた気がした。



病院のベットの上で気が付いた私は、クマのぬいぐるみ達を抱き締めながら何もない天井に手を伸ばしていた。

繋いだ手のあたたかな感触だけが確かに残っている。


医者によると助かったのは奇跡らしい。

本当はあのまま死ぬはずだったかもしれないのに……

クマのお守りは、また私を助けてくれた。


なぜ手の中にあったかというと……

うなされながら、無意識のうちに「クマのぬいぐるみは?……約束があるから」と何度も呟いていたから……

孫がカバンを探して手に握らせてくれたらしい。


もうダメだと思っていたのに息を吹き返すことができたなんて、やっぱりすごいお守りだ。


娘があんまり心配するので「どうせ死ぬんだったら希望の中で死ななきゃね……」

とおどけてみせたら、孫は泣きながら笑っていた。


昔、時々誰かに手を引かれた感触だけが残る夢を見ることがあった。


普通なら心霊現象だと怖がるべきなのかもしれないが……不思議と怖くなかった。


その理由がはっきり分かった気がした。


11月1日。

悠希くんと初めて職場で出会った日。

『君の声』という曲を作った日。

日記と悠希くんのクマを見つけた日。

……そしてあの子の誕生日。


会えなかったからこそ会えた大切な存在……


全ては偶然ではなく、必然だったのかもしれない。


そして……


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