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第41話■最後の日記編⑥~誕生と名前の秘密~


○年○月○日

今日、待ちに待った赤ちゃんが生まれた。

この世にこんな幸せな瞬間は、もうないんじゃないかって思う程嬉しかった。

難産だから大変だったけど、無事に生まれてくれて本当によかった。

なんてかわいいんだろう……

無事生まれたのは寝ずに見守ってくれたパパのおかげだ。

あと病院の職員さんと……カバンにつけてたクマのお守りのおかげかな……


産後の出血多量で気を失っている間に不思議な夢を見た。

小学生くらいの小さな男の子が名前を呼びながら赤ちゃんの頭を撫でている夢。

「赤ちゃん、みきちゃんていうのか~いい名前だね」と話しかけたら、

「未来の未に希望の希で未希(みき)だよ! 明るい未来の希望って意味なんだって!」

と赤ちゃんの名前の由来を教えてくれた。

その子の名前も尋ねてみたが、すぐには答えてくれず……

「僕は……」と名前を言おうとしたところで目が覚めてしまった。

どこかで見たことがある子だった……

前に会ったことがある? それとも……


この時の夢が気になって、私は子供の名前を未希(みき)にしようと懇願した。

何があっても前向きに生きていけそうな素敵な名前だと思ったし、そうすることでいつかその子にもまた会える気がした。

なぜその子に会いたいのだろう……

悠希くんに似てたから?


(お守りを病院に持ってってたとは……たまたま見た夢で名前を決めるなんて君らしいな)


○月○日

出産のため里帰りしたけど、帰るつもりだったマンションの目の前に新しいマンションが建つことになった。

工事の騒音で子育てできそうにないので、実家の二世帯住宅に引っ越すことにした。

子育てで大変な時だけど、色々頑張らなくちゃ。

引っ越すことや住所を書いたハガキも年賀状をくれた人達全員に出さなきゃだ。

けど悠希くん達にはもう会えないんだし、きっといらないよね……


(昔、引っ越したなんて知らずにマンション前に行ったことがあったっけ…… いないのに見上げてたなんて僕はバカだな)


○年○月○日

今日は七夕。

娘と七夕祭りに行った先で、カギにつけていたクマが外れて落ちた。

拾いながら今日が悠希くんの誕生日だと思い出し、急に会いたくなってデイに行ってしまった。

久し振りにバスから見たデイサービスは、カーテンが閉まっていて真っ暗だった。

結局送迎に出た後のようで会えなくて、公園のベンチに座って空を見上げた。

もう会いたいなんて変なこと、自分のことを願うのはやめよう。


『みんなの願いが叶いますように』


(あの日……会いたいと願っていたあの日に会いに来てくれていたなんて…………)

(ん? よく見たら、この日から微妙に字が違う……何でだろう?)


○月○日

昨日会えなかった未練が残っていたのか……夢に悠希くんが出てきた。

どこかの屋上で久し振りに偶然会う夢。

夢に出てくるというのは相手の会いたい気持ちが飛んでくるからだと誰かに聞いたことがあるけれど……まさかね。

悠希くんが私に会いたいなんて思うはずがないのに……


(めちゃくちゃ会いたかったから飛んでったかもな……そういえば僕も時々、君が隣にいる夢を見てた……)


○年○月○日

今日洗い物をしている途中、悠希くんから着信があった。

びっくりして水に落として故障したから結局はっきりと分からずじまいだったけれど……

急いで機種変更をして電話をしてみようかと思ったが、見間違いだと思いやめてしまった。

悠希くんが私からの電話を待っている訳がないし……


(待ってたよずっと……とぼけた声で電話がくるの待ってたんだよ)


○月○日

友達と話をしていて気が付いたが悠希くんから電話が来た日は、あの秋祭りの日だった。

偶然なのかもしれないが、あの約束を守ろうとしてくれたような気がした。

あれから1週間も過ぎているし、今更気付くなんて私はバカだ。

思えばいつもすれ違いばかりだ。

私がこんなだから機会を逃してばかりなのかもしれない……

と落ち込んでいたら思わぬ依頼が来た。


作曲投稿をしていた音楽サイト経由で、ゲーム会社の人から私の曲をゲームで使用したいというメールが……

既存の曲と出来れば新曲をもう一曲。

忙しくて無理かもしれないけれど、今度こそ機会を逃さぬよう頑張ろう。


(気付くの遅いんだよ……もしかしてあの曲は、この時の……)


○月○日

今日街中で、前に出産祝いを頂いたヘルパーさんに偶然会った。

担当していた方達はお元気か聞いたら、お変わりないみたいで本当によかった。

さりげなく職場のことを聞いてみたら、悠希くんがもうすぐ彼女と結婚するらしい……とのことだった。

やっぱり電話は勘違いだったみたいだ。

彼女の親は大手の同業者らしく、仕事的にも将来的にも安泰だろうし所長も大喜びだろうな。


(結婚のこと知ってたんだ……電話は勘違いじゃなかったんだけどな……)


○月○日

昨日の話のせいか、悠希くんと彼女の結婚式の夢を見た。

ご祝儀を渡しそびれて焦っている夢……

早く渡さなければと探し回って、やっと悠希くんに会えて渡そうとしたら……

「誰だっけ?」と言われた。

……ところで夢から覚めた。


もう私のことなんて覚えている訳がないよね……

会いたいなんて願うから、諦めろという意味でこんな夢を見たのだろう。

私にできるのは幸せを祈ることだけ……

前に進むために、想いを曲にして終わらせよう……

私は意を決して、二階の天井裏の奥から久し振りにキーボードを引っ張り出して作曲した。


11月1日……ゾロ目で覚えやすい日付の今日。

色々な物が乱雑に広がった部屋の中で、『君の声』という曲が完成した。

全部自分で作詞をするのは初めてだったが、すんなり浮かんだ。

依頼のあったゲーム会社に曲が完成したことを伝えたが……

スポンサーの関係でゲームの話自体がなくなったらしく、依頼自体がなしになった。


(あの曲はこうしてできたのか…………それにしても七夕に会いに来てくれた日以降は、僕の出てくることしか書いていないのは何故なんだ?)


○年○月○日

今日は娘が夏休みに行けなかった花火大会にどうしても行きたいと言うので、二人で初めてあの秋祭りに行った。

広い運動場が会場になって出店がたくさん出ていて、お祭り好きの娘は大喜びだった。

花火が間近に上がり、ほとんど下から見る感じの大迫力……

こんなに近くで見るのは初めてで、私も娘を連れてきてよかったなとつくづく思った。

誰かが言っていたが……光ってから一度消えて違う色になる花火の間には黒い花火が上がっているらしい。

誰にも気付かれずに消えていくなんて、私が昔作ったあの曲みたいだな……

本当は誰かに…………

悠希くんに届けたかったな……


(あの会場に来ていたなんて……そういえば昔、間近で一緒に花火を見ている夢を見たことがあったよ……)


○年○月○日

今年も残すところ丁度1ヶ月になった今日、初孫が生まれた。

娘の時もそうだったが本当に本当に嬉しい。

孫は目の中に入れても痛くないというのは本当だ。

なんてかわいいんだろう……

親孝行な娘がいて……娘が生まれた時にそっくりな孫がいて……

私は幸せ者だ。

無事に生まれて本当によかった。

私以上の難産になることが分かっていたから……


医者から無事に生まれるかは五分五分だと聞いた日、

お守りを渡さなきゃといたたまれなくなって、気が付いたらあの缶を掘り起こしていた。

その時まで開けないようにしていたのに……

悠希くんのクマ達が入った紙袋を渡して入院中のカバンの中に入れておいたが……

やっぱりお守りの力はすごい。

医者はこんなに早く生まれたのは奇跡だと言っていた。

本当に…………本当によかった。


(あのお孫さんが生まれた日か…………それにしても日記が随分飛んでいる……)


○月○日

今日は初孫が生まれてから七日目のお七夜。

娘が決めた孫の名前と理由を聞いた時……

びっくりしてお吸い物をよそうお玉を落としてしまった。


悠希(はるき)って名前の女の子も確かにいるけれど、

漢字まで彼と同じなんて……


しかも私と同じ、夢に出てきた小さな男の子が赤ちゃんの頭を撫でながら呼んでいた名前が素敵で妙に気に入ったからつけたらしい。

念のため、その男の子は何ていう名前だったのかを聞いてみたら……

漢字も読みも、私が生まれる時につけられていたかもしれない名前……

小さい時に両親から聞いた名前と同じだった。


私はもしかして……と思いながらあの場所に行き、お揃いのクマ達を再び缶の中に入れて全てを元通りにした。

そして、「娘や孫を助けて下さって本当にありがとうございます」といつまでもいつまでも拝んだ。


(……お孫さんは、これを読んであんなことを言ったのか…………それにしてもあの場所って気になるな……)


~~~~~~~~~~

 日記はその日を最後に終わっていた。

 いつの間にか流れていた涙の跡を拭う……

 全て読み終えたと思った僕は、自然と深いため息をついた。


 これを書いた人物はもうこの世にはいない。

 もう50年も前の日常や、その後を綴った文章がかけがえのないものになるなんて……

 日記と音楽データ……


 そして紙袋の隅に入っていた古ぼけた彼女のクマのぬいぐるみ……

 お孫さんから受け取った三つの宝物も、僕にとっては大切な誕生日プレゼントだ。


 読み終えてしまった寂しさを感じながら日記を閉じようとすると……

 どこからか「ペリッ」と音がした。


 今までカバーに包まれていて気付かなかったが、最後だと思っていたページが微かに盛り上がっている……

 その先にも続きが数ページあるようだった。


 カバーを外してページをめくると……

 そこには丁寧な文字で沢山の文章……


 《最後の日記》と書かれたそのページからは、不思議な文章が書き込まれていた。


 読みながら僕は、目の前で映画を見ているような不思議な感覚に陥っていった……


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