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優しいライフル

作者: 弥也

某国でスナイパー業を強要されている私。

後一人始末すれば解放される。

そしてスコープの先にいたのは……

 




 標的の顔。あれは間違いなく私だ。


 私は警官だった。

 そして、出逢い愛した男は先輩警官の(あつし)だった。


 引き金を引く事に躊躇はない。

 昔の自分と同じ顔をした女の頭を、静かに撃ち抜いた。警官時代から射撃は得意だ。


「ただいま」

 仕事を終えて三時間後、妹の待つアパートに戻った。狭く決して衛生的ではないが、静かに暮らせる。

「おかえり。ん、またお酒臭い」

 妹の栞が眉をひそめた。目が見えない代わりに、嗅覚や聴覚が鋭い。アルコールで誤魔化さないと硝煙の臭いに気付かれてしまう。

「うん、呑んできた」

「もう、程々にしてよね」

 (しおり)は私の仕事を知らない。


 シャワーを浴びていると、脳裏に今日の標的の最後の姿が過ぎった。間違いなく暗殺者になる前の私の顔だった。

 他人の空似。そんな事が本当にあるのだろうか。

 標的について知る事は、組織から禁止されている。

 気にしても仕方がない。受け入れる以外の人生は私にはないのだ。ライフルは指示された場所に隠した。後は金が手に入れば組織とは無関係になる。


「お姉ちゃん、いつまで入ってるの?」

 栞は私が顔を変えた事を知らない。このまま知らせるつもりもない。

「直ぐ出るわ」

 金が手に入れば、栞を日本行きの飛行機に乗せる。これさえ済めば、私はこの国で、この国の人間として生きる。


 まさか愛し信じた人が、自分を裏切るなんて思いもしなかった。署内での裏金絡みの不祥事。その濡れ衣を、先輩であり恋人であった淳に着せられた。

 絶望した私は、生きる気力を失い、車で一人山奥に入った。

 私は何もしていない!

 信じてくれたのは、栞だけだった。

「ごめんね、栞。せっかく信じてくれたのに」

 涙が出た。悲しくてじゃない、悔しくてだ。

 このまま、この車で谷に突っ込もう。ここなら、暫くは見つからないはず。

 アクセルを踏み込もうとしたその時、背後から車が迫った。バックミラーに入り込んだヘッドライトの光をまともに見てしまい、視界を失った。


 気付いた時には、この国にいた。

 栞は人質として、連れて来られていた。見せられた日本の新聞の片隅に、行方不明になった私達姉妹の事が乗っていた。

「どういう事……」

 突如渡された鏡に映る顔は、私の顔ではなかった。

 条件が提示された。

 百人仕留めれば組織から自由にしてやろう。 それ相応の金と、その後の生活の保証はする。

 一体、何処で誰に目を付けられ、こんな事になったのか。

 従うしかない。用意されたアパートに行くと、怯えきった栞がそこに居た。栞はショックで視力を失っていた。

 百人仕留めれば、栞を日本に帰らせる事が出来る。そうすれば目も戻るかもしれない。

しかも、私は別人として生きられるのだ。


 百人目を仕留めた翌日、組織に指定された雑居ビルの薄暗く埃っぽい地下へ向かった。

ここへ来るのも、これが最後だ。

「驚いたか」

 男は言った。流暢な日本語だ。

「何の事」

「標的の顔だ」

「ああ、標的の事は知ろうとしてはならない、じゃなかった?」

 男はニヤリと笑った。

「流石元警官、お堅いな」

 何処まで私の事を知っているのだろう。

「警官でもお堅くないのもいるわよ」

 淳の顔を思い出していた。

「あの標的は近いうちに、日本でお前の死体として発見される」

 自分の命を金で売ったのか。自分の代わりに誰かが死んだ。しかも手を下したのは私だ。

 しかし……

「DNAで別人だと判断されるわよ。この国じゃあるまいし、日本の警察を甘く見てもらっては困るわ」

「警官にもお堅くないのもいる。そう言ったのはお前だ」

 なるほど、日本の警察内部に協力者がいる、そう言う事か。

「分かった。約束の金、いつ貰えるの」

「直ぐにでも」

「そう、なるべく早くしてね。じゃ、これで会う事もないでしょうし」

 開放感からか、男に別れの握手を求めてしまった。

「お前、本当にこのままで良いのか?」

 男は握手に応える事なく言った。

「何が?」

「お前をこんな風にした奴等、このままで良いのか?」

 もう、これ以上人は殺したくない。

「もう良いわ。疲れちゃった」

「お前、まさか……」

「死なないわよ。この国で静かに生きる」

「そうか」

 間抜けに差し出したままの私の手に、男が応え私達は別れの握手をした。

「シオリ、といったか。妹は元気か」

「ええ、おかげさまで」

「そうか。この番号は非常用だ。何かあったらここに」

 男はメモを一枚残し去って行った。


 栞とはアパートの前で別れた。

「お姉ちゃん、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫よ、安心して日本に帰って」

 この国の女が、誘拐された栞の面倒を見ていた。ただ、それだけだ。私の死体も、間も無く発見されるだろう。

 このアパートも今日中に引き払う。少し離れた別の街で暮らす事にしている。暫くは遊んで暮らせるだけの金は組織から届いている。

「さよなら、お姉ちゃん」

 栞を乗せたタクシーが空港に向かって走り去った。


 新しい街での生活も慣れ新しく契約したスマホで妹の名前を検索した。

 無事日本に戻っているはず。

 しかし、見つけたのは……

『行方不明女性の遺体発見。先月には姉の遺体も。事件か事故両面から捜査』

 手当たり次第に検索して見付けたのは淳の死亡記事だった。

 一体、どう言う事?

 男の残したメモは焼き捨てたが、番号は暗記している。


「知らぬが仏。お前の国の言葉だったな」

 男は言った。

 組織が復讐に手を貸す条件は、プロの暗殺者として生きる事。

 プロ最初の仕事の標的は、騙して横領の濡れ衣を着せた女を闇の組織に売り渡し多額の金を得、女の妹と共に顔を変えて逃げた男。

 淳だ。

「妹は良いのか」

 愛用のライフルが手元に戻って来た。信用できるのは、このライフルだけ。

「そのうちね」

 目が見えていたのなら良かったわ、栞。

 感動の姉妹再会の日は、それ程遠くない。

 人生の相棒となったライフルを、握りしめた。

 大丈夫、私は優しいのよ。

 苦しまないよう一瞬で終わらせてあげる。

落ち着いて読み返すと、過去の事ばかりを書いてますね。

背景を考えて、そこから書こうとする癖がある事に今気付きました(遅いよ)。


入選作品は、本当に面白くて!!!!!

是非コバルトのサイトで確認してくださいね。



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