救世の英雄譚
主人公が異世界に来る前の話になります
戦場に轟音が鳴り響き、辺り一面が爆炎に包まれる。
「やはり私の邪魔をするのか」
爆炎を食らったにも関わらず、特に気にした様子もなく男は呟く。
彼の名は【王神】アルザード。
この世に住む神族を統べる王。
退治するのは十六人のさまざまな種族の英雄達。
彼らはSSランククラン【黒の導き手】のメンバーであった。
その中の一人が前に出てにやりと笑う。
「これが最後の戦いだ。気合を入れていけよ、お前ら!」
戦いは熾烈を極めた。
数の上では【黒の導き手】が圧倒的に有利だったが、相手は地や天をを操り、時には他者の身体すらも操る力を持った神。
幾多の攻防の末、戦場に立っていたのは二人だけとなっていた。
一人は【王神】アルザード。
最強無敗の王は片腕を断たれ、その身体には無数の傷が刻まれていた。
もう一人は【黒神】クロノ=エレノワール。
【黒の導き手】のマスターにして、世界に二人しか存在しない超越種。
人間にして【神】の異名をつけられた五人の英雄の一人。
彼が持っていた膨大な量の魔力はもう見る影もない。
疲弊したその腹部には大きな穴が開いていた。
「ハハハッ!倒しきれなかったなぁ、クロノ=エレノワール!冥界神のかけた復活の加護も彼が死んだことで中途半端にしか機能しないようだ」
アルザードが周囲を見渡すと殺したはずの死体が一つもない。
しかし、すべての神族の能力を知る彼はその能力が完全には発動しないことを知っていた。
「その傷では長くは生きられまい、さっさと消えるといい」
地面が槍状に変化し、空からは雷が降り注ぐ。
しかし、それを迎え撃つクロノに焦りの色はなく、寧ろ笑っていた。
「おれの魔力がただ使ってるだけで切れるわけ無いだろ」
「何!?」
「来たれ、我が黒杖!」
クロノの目の前、何も無い空間から真っ黒な杖が出現する。
さらに周囲の動くスピードが明らかに遅くなる。
「何だ?忘れたわけじゃあるまいな。貴様の『時空魔術』は私の『王の神衣』を超えることはできない。時の流れを変えようと私の動きが止まることなどない」
「じゃあ見せてやるよ。超越種の魔力を込めた一撃ってやつを」
愚策を嘲笑するアルザードに対してクロノは杖の先端を地面に叩きつける。
「『回帰する黒の時空』」
地についた黒杖が砕け散ると共に漆黒の球体がアルザードを包む。
そして、クロノが殆どの魔力を込めた魔術はアルザードの纏う光の衣さえ消失させていく。
「な…何だこれは!?」
光の衣を消した黒球は縮小していくごとに【王神】アルザードが得てきた力を次々と消し去っていき、全能の神を無能の神へと仕立上げた。
「私の力が…クソックソッ!…私は消えない!いずれは忌々しき貴様らのいなくなった時代に蘇る!せいぜい残された余生を楽しむとい–––––」
「うるさい、その言い方は完全に負け惜しみになってるぞ。それにお前が蘇ろうと関係ないさ。必ず誰かがお前を止める」
アルザードが最後の言葉を言い切る前に黒球はその存在を消し去った。
「人間は強いからな…おっと」
戦いを終えたクロノは得意の転移で仲間達の元へ跳ぶこともなく、その場に倒れ伏す。
「身体が重いな––––」
クロノの意識が途絶えると、その身体も消えていく。
再びクロノが目を覚ますとそこは暖かい陽射しが降り注ぐ森の中だった。
「ここは…カルマの言う通りになったか」
「その通りです、クロノ=エレノワール」
声の主の方へ目を向けると純白の衣装を纏い、目を閉じた女性が佇んでいた。
「創生神様?何故ここに?」
「事情の説明に参りました。しかし、まずはお疲れ様です。お仲間も目覚めていますよ」
仲間がいる、その言葉を聞いた瞬間にクロノの目から涙が溢れる。
「オイオイ、大将。救世の英雄がそんなんじゃみっともねえぜ」
「そうだな、こちらが恥ずかしい」
気づけばクロノの周囲には仲間達が集まっていた。
「泣いたっていいんだ。戦いは終わりだ!」
一時の感動の後、クロノは【創生神】と呼ばれた女性に向き直る。
「さて、聞かせてもらいましょうか。って言ってもほぼ冥界神様に教えてもらった通りなんでしょう?」
「ええ、カルマはあなた達に一度だけ死をなかった事にできる復活の加護与えました。しかし、彼はアルザードと戦い死してしまった。この加護は与えたものが死んでしまうと効果が変質してしまいます。そして、その効果はあなた達を指定の場所に復活させるもの。さらにしかし、その場所から出る事は禁じられその余命も十数年…といったところでしょう」
「聞いていたまんまです。んで俺たちはこれからどうすればいいんでしょうか?」
「もうこれ以上あなた達に強要する事はありませんが…何かしたい事は無いのですか?」
創生神から投げかけられた質問に【黒の導き手】のメンバー達はそれぞれ悩み、
「うまい飯が食いたいなぁ」
「とりあえずゆっくりしたいわ」
「寝たい…」
など簡単な願いが次々と発せられる。
そんな中…
「オレは今まで培った技術を完全な状態で誰かに残したいな」
【戦神】セルドーラ=ヴァンスが意見を述べる。
格闘技術を極めた彼は強すぎるがゆえに弟子をとろうとしてもついていけるものが存在しなかった。
そんな彼だからこそ自分のすべてを受け継いでくれる者を欲するのかもしれない。
「さっすがセルドーラ、いい意見を出してくれるな」
「けど、そんな人どうやって連れてくるのさ」
セルドーラの意見に賛成の者が出てくるが、問題も発生してくる。
誰に受け継がせるのか、という問題である。
「異世界から召喚っていうのは無しだよ」
巻き込まれて異世界から召喚された経験のある黒髪の少年はその案が出る前に否定する。
召喚された者たちにも人生があり無理矢理連れてくる事などあってはならなかった。
「分かってるさ。しかし、どうするかな…」
「私に案が一つ」
提案者は【不死王】ザルバ=ノアだった。
「死んだ魂を作り物の体に入れればいいのではないだろうか」
「?」
彼の案に誰もが?を頭に浮かべた。
「つまりそこの創生神に器を創ってもらい、俺の『死霊魔術』で引っ張ってくるということだ」
「しかし、それにも問題はあります」
その後、ああでもない、こうでもないと数時間ほど話し合った結果、すでに日が落ちようとしていた。
「やっとまとまったな」
「とりあえず決行は明日にしようぜ」
「そうだな」
既に体力の限界に来ていた一行はこの森、【精霊樹界】の管理者である精霊に案内され、以前来た時にも使っていた森の家で一夜を過ごすことになった。
「流石によく寝たなぁ…」
翌朝というよりももう既に昼といってもいいくらいの時間に全員が揃う。
「じゃあ、始めようか」
「私の方も準備はできています」
「まずは内容の確認だ。創生神様に器となる身体を創ってもらい、異世界で死んだ魂に声をかけて同意の上で連れてくる…間違いはないな?」
何故ここで異世界の魂なのかというと、今までこの世界に来た異世界人の魂が現地の魂よりも強靭な事が多かったからであった。
考えのまとまったクロノたちは早速行動に移る。
【創生神】ソルミアが十六の小瓶の前に手をかざす。
この小瓶の中には前日にクロノたちから採取した血液が入っていた。
「『創生』」
ソルミアが一言発すると小瓶が砕け、血が宙に浮かぶ。
そして、血が混ざり合い光出す。
「完成です」
光が消えると齢五、六ほどの少年が佇んでいた。
黒髪ということからしても多めに血を与えたクロノの影響が強いと考えられる。
今にも動き出しそうな少年だが、その眼を閉じたまま動こうとはしなかった。
それも当たり前のことだろう。今のこの身体には生物の根本である魂が無いのだから。
「じゃあ、次は俺らの番だな」
そう言ってクロノとザルバが一歩前に出る。
途端、クロノの身体から尋常ではない量の魔力が溢れ出る。
普段は指輪で抑えられていた彼の力だが、先の戦闘ですでに指輪は存在しない。
「『世界を繋ぐ扉』」
世界に真円の穴が開く。
「『死者を救う愚者の腕』」
同じく空中に白い腕が現れる。
「クロノ、その腕に触れろ。そいつは触ったやつが操ることのできる義腕だ。なるべく早くしてくれないと俺の魔力が持たん」
「了解だ」
クロノがただ宙に浮かぶ白腕に触れる。
すると、クロノの腕も真っ白に染まり、感覚が同調する。
クロノが腕を前に突き出すと白腕は世界と世界を繋ぐ穴に入っていく。
そして、クロノの持つ超感覚が一つの魂を見つける。
それは他の魂と何か違いがあるわけでもなかった。
ほとんど勘で、しかしそれは間違いでは無いと本能が告げていた。
その魂に向けて声をかける。
(死せる魂よ、君が願うなら新たな世界に招待したい。目の前の手を取ってくれ)
とても胡散臭い勧誘だとその場の誰もが思ったが、数十秒ほどの間の後、少年の魂は目の前の腕を取る。
新しい世界、まだ見ぬ冒険に想いを馳せる。
その感覚が全てを諦め、死させ受け入れていた魂を輝かせた。
「良し、来るぞ」
クロノはニッと笑い、時空の穴から白い腕を引き抜く。
そして、その腕を器の身体に向ける。
白い腕は身体に刺さると消えていった。
「こ、ここは…!?」
その青い眼を開き、少年が目覚める。
「ようこそ、少年。呼び掛けに答えてくれてありがとう」
この瞬間、英雄達とその技術を継ぐ少年が出会う。