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イオの受難編・エピローグ


「あ、なるほどねぇ。そういう経緯か。…………まさか、ギリシアの近況を教えに来て、こっちが驚かされるとは思いもよらなかったよ」

と、ヘルメスは、肩をすくめてイオへと笑いかける。


イオに会いに、彼女の住まうスキーティア王族の屋敷に、急に忍び込んできた彼だが、

「あの光って、要するにヘラ様の愛情の暴走によってタガが外れた、《出産》エネルギーそのものだからね。あれを間近で当てられちゃうと、菌糸類だって妊娠しちゃうさ! なにはともあれ、子を授かるのはめでたいことだよっ。オメデトー」

と、一気にまくしたてる。


数か月ぶりの再会だが、マイペースなのも変わらずだ。


「は、はあ……」

イオは何も考えられず、ただ茫然と呟いた。もう妊娠8カ月を超え、お腹には大きな膨らみが出て来ている。


「………あ、あの、妊娠って……、わ、私はそもそも、まだ…その……、殿方とのそういう経験は……」

と、おずおずと異議を唱えるが、

「へえ、それは聖母マリアちゃんもびっくりの処女受胎だねっ! でも心配しなくても、ヘラ様だって処女だから」

と、耳を疑う話をぽろりとこぼす。


「へ、へえ……!!?」


「そうそう、こちらの近況だけれどもね。この度、なんとヘラ様のお腹の中に、三人目の子どもが宿ってね。天上界に、二百年ぶりに平和の日々が戻ってきたんだよ! しかも…」

と、さして気にせず、さらりと次のトッピクに移るヘルメス。


「って、ちょっと待って下さいっ!!! スト~~ップ!!」

「うん、何?」


イオは先ほど聞いた言葉が理解できず、もう一度頭の中で反芻して、

「――――へ、ヘラ様が……処女?」


「うん、処女だよ」


「だ、だって、ご子息がいらっしゃるんじゃ……、今もお子様が宿ったって……!!」


「だ・か・ら! 《出産》の女神、ヘラ様だよっ。キス一つで妊娠だってしゃうさ!」

「しませんっ!!」

と言いながら……その余波(?)だけで妊娠した自分はどうなるんだと思い悩む。


「ヘラ様はゼウス様が好き過ぎて、触られただけで舞い上がって気絶しちゃうからね。それこそ男女の関係までいっちゃったら、ヘラ様爆死して、ギリシア世界滅んじゃうよ」

あははっと、ヘルメスは笑うが、イオ達人間側からしたら、全く笑えない。


「もっとも、ヘラ様との性生活が上手くいくなら、ダディも浮気をやめると思うんだけどね」

「………それは、少々、男性側からの勝手な言い分に聞こえますが……」

「そうだね、ごめん」

と、あっさり手の平を返して、興味を失くして話題を変える。


「それで、アルゴスだけど、大型ベビーブームが一度到来して以来は、普段の日々へと戻りつつあるよ。それにヘラ様は次の会議で、二人目の子で長女のエイレイテュイアに、《出産》の役目を譲ることが決まってね。………まあ、彼女は引きこもりのネトゲーオタクだから、ヘラ様みたいに癇癪起こして、人間達に影響を与えることはないと思う。だから、この先は人間界も、とりあえずは安泰じゃないかな」

「そ、そうですか……」

後半の単語が所々わからなかったが、ひとまず頷いておく。


「―――――だから、残る問題は…………」

と、イオの抱える大きな命を凝視しながら、



「ヘラ様が勘違いして、イオさんを殺しに来るかもしれないことだねっ」



「……………………はい?」



「だってだって、このタイミングでイオさんが赤ん坊なんか、産んじゃったら、ヘラ様は絶対ゼウス様との子だって、勘違いして襲ってくるよ。

誰か知らない人から出産祝いのプレゼントが送られたら、大蛇かヒドラが入っているから、気を付けなよ。あ、ペットと称してケルベロスを送って来るケースもあるね」

しれっと、衝撃事実をイオへと告げる。


「そ、そんなっ……ま、待って下さい!! 私とゼウス様の間にそういったやましい関係なんてないんですよっ!!」

「それを果たして、ヘラ様が信じてくれると思うかい?



 ――――それに、本当にダディとは何もなかったの?」



「えっ……」

どきっ、と、イオは一瞬言葉に詰まる。


ヘルメスはその変化を察してか、にやりと笑い、

「まあ、本当に危なくなった時は、おれとダディがまた助けに来るよ。今は取り敢えず、束の間の休息を――――」

とお辞儀をすると、窓から飛び降りる。


「ちょ、ちょっと待って…」


窓の外を見下すが、ヘルメスは風のように消えていた。



***


イオは呆然と、窓の外の景色に目向ける。

自分が未だ危険な立場にあることに、イオはただただ呆気にとられるのみ。思えば……


(命が狙われる原因も、アルゴスから出ることになったのも、ふいに子を授かったのも、再び命が狙われそうなことも……、全部が全部、ギリシアの神様たちのせいじゃないですか……!! 

もう一体どこまであの人達はっ、人間に迷惑をかけ続けるつもりですかッ!?)

と、軽く絶望する。

しかし不思議と、怒る気力すら湧いてこない。


(だってそれは、もう、わかりきっていることだから)


ギリシアの神々は、他人に迷惑をかけることを全く惜しみはしないのだ。後先も考えないし、後悔の念にだって絶対にかられない!

彼らはそんな、自分勝手で、自由気ままな、天衣無縫で恋バナが大好きな、まさしく天上天下唯我独尊に、



「―――――いつもいつも、あんなにも楽しそうに生きているっ……」



(私たち、人からすれば、たまったものじゃないね……)


はあーっと、イオは盛大にため息をつく。

そして、愛おしそうにお腹をさすり、



「だから、神様にも負けないように、強く生きなきゃね――――」



手の平には、もう一人分の命のぬくもりが、返ってくる。



***





***





***






その後はもちろん、一同が予想した通りに、イオは息子共々、ヘラの恐怖にさらされることとなる。


ヘラが仕向けたアブの大群が襲ってきたり、息子が誘拐されたり、そしてシリア中を歩き回って捜したりと、様々な困難が二人の前に立ちはだかった。


その受難の果てに、イオとその息子はナイル川を越え、エジプトの地へと辿り着く。

イオはその国の妃となり、息子は母の亡き後、この国の王位を継ぐこととなる。


はたして、イオはその生涯でもう一度、ゼウスに会えたのか、再びその手を取ったのか…………、それは誰にもわからない。


ただエジプト王国の王エパポスは、イオとゼウス二人の息子としてその名を歴史に残す。




                             【イオの受難編・おわり】

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