9.Fe
コアの部屋に戻った俺は取り敢えずクロクラをポケットから手に取る。
ここの世界に慣れてきたせいか、自分の携帯をチェックするかのように自然とクロクラを確認する俺がいる。
さっき回収出来た元素は……よし、窒素が増えている。
次に入る扉は窒素も使うようだからここで一度呼び出してみるか。コバルトみたいに拗ねられても困るし。
俺は窒素のアイコンをタップした。
「……………………」
うっ……なんだ。呼び出して登場してくれたのに何も言わない。もしかしてすでに怒っているのか?
沈黙に耐えかねた俺は自分から話しかけてみた。
「や、やあ。君は窒素だよね。俺は泰千代っていうんだ。これからよろしくな!」
「……萩野泰千代。もちろん知ってるわ。だって私……ずっとあなたの事見てたもの」
「見てたって……こうして合うのは初めてだと思うけど」
「あなたはそうかもしれないけど、私は知ってるの。あなたの事ぜーんぶ。だからあなたがこの世界に来てくれたのは運命なのかもね。
これからはこうしてあなたと話したり、触れ合ったりできるんだって……ホントに嬉しかった。だからね、これからは……私の事ちゃんと見てね」
この時の俺は何言ってんだこいつ、と思ったがあまり深く気にせずなんとなく聞き流して次の扉へと進む。
「26/1.7.8.13」のステージに入った俺はまたもや窮地に追い込まれていた。
室内には巨大な檻とその中に巨大なハニワ……。
銀白色で美しい光沢を放つハニワは見た目の体格からは想像できないくらい軽快な踊りを楽しんでいる。
このステージの回収元素は鉄。
そしてあの色合いからするとハニワは純鉄製なのかもしれない。
だがあれほど巨大な純鉄がこの狭い室内にあると酸素をどんどん吸収し、このままだとまた酸欠の危機に陥ってしまう。
純鉄をそのまま回収したいところだが檻も邪魔だしハニワに何をされるか分からないので近寄り難い。
「まずはハニワの動きをとめなければ」
俺はアクシーを呼び出し酸素を出してもらう。
酸素を大量に供給することでハニワの酸化が進み動きが止まるかと思ったが一向に変化は起きなかった。
「くそっ、酸素だけじゃ追いつかない。それとも別の物質なのか……」
息苦しさを感じた俺は焦らずにはいられなかった。
ハニワはお腹をたゆんたゆんとさせ、かなりご機嫌のようだ。
あの動きを止めるにはより強力な酸化剤でいくしかない。
俺はアクシーにクロクラに戻ってもらい水素と窒素と酸素で濃硝酸を作るように指示した。
「はいっ! 準備オッケイ! 標的に向かってクロクラ振ってみて」
俺はすぐさまハニワに向かいクロクラを一振りした。
すると鼓膜が破れそうなくらい大きな悲鳴を上げ、ハニワと檻の一部は砂のように崩れ落ちる。
そして俺自身も酸欠からくる目眩で意識が遠のいてしまい倒れてしまいそうになる。
その時、俺の背中を誰かが支えてくれていた。
「泰千代! 大丈夫!? こんな事になる前に私だけを呼んでくれればよかったのにっ」
ヒステリックな口調で窒素が喚いている。
俺はその声よりも背中で感じているとても柔らかい感触に、体内の血液が活発に動き出しはっきりとした意識を取り戻す。
「ありがとう! 窒素のお陰で何もかもが元気になったよ!」
「えっ……あっ、良かったわ! 泰千代が元気になってくれてほんとに良かった」
窒素は何かが満たされたような、すごく幸せそうな表情をしていた。
下心を抑えつつ、変な横道にそれないよう俺はその赤い砂、つまり酸化鉄をアルミン嬢のテルミット法で単体の精製を行う事にした。
「おい下僕、早く次のお嬢様極意を教えて欲しいの」
呼び出すたびにこの流れから始まるのか……。面倒なうえに窒素の視線が刺さるように痛い。
この空気の中でとても下ネタを使えるような雰囲気ではない。ならば――
「お嬢様極意其の二。現代のお嬢様はナスとキュウリに割り箸を刺したオブジェをお部屋に配置します」
アルミン嬢は粉末を足元にそっと置き、満足そうにクロクラに戻っていった。
精霊馬じゃん!! というツッコミがくるはずはないと思っていたが本当にこなかった。
俺は酸化鉄とアルミニウム粉末をそっと混合し、アルミニウム粉末で着火。
そこから鉄の元素を回収することが出来た。
「完璧じゃねーか! スムーズに行き過ぎてこのまま元素すべて回収出来そうな勢いじゃん」
「よくゆーよねぇ……最初あたしを呼んだ時、あんたこの世の終わりみたいに真っ青になってたくせにぃ~」
浮かれている俺にアクシーの冷たいツッコミが入る。
「ははっ、酸欠の恐怖二度目だったからな……でも助かったよ、アクシー。ありがとな!」
「いえいえどーいたしまして! またいつでも呼んでちょーだいな」
俺は気持ちよく部屋から出ようとしたら急に窒素の震える声が聞こえた。
「今話してたあの女……誰なの?」
「誰って……君たちと同じ元素のアクシーだと思うけど……」
「なんであの子と楽しそうに喋ってたの。さっきだってあんな小娘と仲良く話してたし」
「ご、ごめん……。でもさっきは窒素のお陰で助かったよ。本当にありがとう」
「ほんとに? 本当にそう思ってるの?」
「ああ、もちろんだよ」
「……うん、私こそ。泰千代の事信じてるのに疑うような事いってごめんなさい」
「謝らなくても大丈夫だよ。そんなに気にするタイプじゃないから。俺は」
「私ね……あなたの事、守ってあげたいの。あなたの事、私が助けてあげたいの。だから……」
「うん?」
「私の事……嫌いに……ならないでね」
「そ、そんな、嫌いになんてならないよ……」
多分。て言いそうになったが身の危険を感じそうなので止めておいた。
悪い子じゃないんだろうけど、絡みにくさは元素中でトップを誇るような感じだ……。
ただ俺にこういうキャラの耐性がないだけかもしれないが。
窒素に水素のパンツ見ちゃったなんて言ったらケツからダイナマイトぶち込まれそうだな。
俺は重い足取りで出口へと向かった。