5.Co
再びコアの部屋に戻った俺は扉の数字を再確認した。
正面の扉は「7/1」、今カリウムを回収した右手側の扉は「8/2」、背面は「27/13」、左手側が「1/2」。
もし扉の数字に法則があるとしたら――俺は一つの仮説をたて「27/13」の扉を開くことにした。
そして最初の失敗したステージで見落としがないのであれば、おそらく次は「8/2」。まぁここを無事に出ること前提だが……。
「27/13」に入室した俺は部屋の中の熱気に顔をしかめた。左の壁一面に突き出した大きな燭台が幾つか設置してあり、全てが勢い良く炎を上げている。
燭台の数は全部で7つ、それぞれ違った色の炎がでていた。
反対の右方向の壁にははめ込まれた暖炉と中に薪木が数本。そして正面の壁には貴重品入れによくありがちな小さい扉があり、0~9のプッシュボタンが付いている。
今までの部屋と違い、かなり広めに作られていた。
「……さっきまでと違って本当に脱出ゲームみたいになってきたな」
「ふむ~、そうでございますね。あたしの役目があれば何なりとお申し付けをっ」
いつの間にかコッパーが俺の横に立っていた。一端の探偵気分で自分の顎をさすっている。
「お、おう。ありがと……。今は気持ちだけで充分だから」
最初のこともあるので勢いだけの行動は控えてもらわないと……
「隊長! ここの燭台の下にボタンが付いております。 押せば押すほど炎が大きくなってるでありますよっ」
いつの間にかコッパーは取り憑かれたようにボタンを連射していた。
「うをいっ! ばかっ!! まだ何かも解らないうちから触るんじゃないっ!! それにお前……炎が大きくなりすぎて自分の髪が燃えてるんじゃ……」
コッパーのアホ毛からチリチリと音を立て青緑の炎が上がっていた。
「きゃーっ!! あたしのチャームポイントがっ! ううっ……」
相当ショックを受けたらしく、コッパーは半泣き状態でクロクラの中に戻っていった。
「……一体なんなんだアレは」
呆れた俺は気を取り直して謎解きを開始する。
まずこの炎の色……全部同色ではなくそれぞれ違った鮮やかなものだった。
左から赤、黄、紫、青、橙、紅、黄緑といったような色合いに見える。炎の大きさは青だけが小さく、その他はどれも同じだった。
ただコッパーがボタンを押していた赤い炎だけ尋常じゃない燃え方をしている。お陰で室温が上昇しているはずだ。
もしこの炎の色とボタンを関連付けるのであれば、何かの法則……色……波長……スペクトルとか?
俺は波長の短い紫から、青、黄緑、黄、橙、赤、紅を順に押してみることにした。
しかしどのボタンも押すことによってそれぞれ火力が上がっていくだけだった。最後の紅を押すことで何かの変化を期待したが状況が悪化しただけのよう。
念のため逆の順で紅からも試してみたが、より一層窮地に追いやられてしまう結果になった。
「くそっ、これじゃないのか……」
俺の意欲が吸い取られていくように、燭台の火は轟々と燃え上がっていく。
特に赤い炎の範囲が拡大しすぎて、油断するとコッパーみたいに俺も燃えてしまいそう……ってそういえばコッパーの髪――
俺はすぐさまクロクラを取り出しコッパーを呼んだ。
「コッパー! 燃やしやすい形状の銅を少し作ってくれないか?」
ボタンがあることに気を取られて見落としていたが、この炎の色に法則があるとすれば不自然なものが一つだけある。
俺はクロクラから出てきた細い銅線の塊を青い炎の中に投げつけた。すると炎は青から鮮やかな青緑になり、燭台の下のボタンがすべて押されている状態になった。
すると炎の勢いは少しずつ衰え、すべての火が消え去っていった。
「おーーーっ! やったねっ!」
コッパーがクロクラから出てきて祝福をしてくれた。いつの間にかアホ毛も元通りになっている。
「なんで青い炎に銅を投げ入れたの?」
「炎色反応だよ。コッパーの髪も燃えた時、青緑の炎がでてただろ?」
「あの時はびっくりしちゃってて、そんなの見てる余裕なかったよー。とほほ」
「さっきの炎の色で言うと赤がリチウム、黄色がナトリウム、紫がカリウム、橙がカルシウム、紅がストロンチウム、黄緑がバリウム。
そして青はガリウムの炎色で作られるけど炎が小さかったから何も金属が燃えていないと予測してみたわけで……」
「ねぇーヤス! 火が消えた後に何かあるよー」
「おいおい……自分から聞いたくせに無視かよっ」
炎で隠れていて分からなかったが、消化した燭台の後ろにガラスの小窓があり、その中には銀白色の金属が置いてあった。
クロクラを近づけると奇妙な音と共に女の子が現れた。
「あらっ、あなたが新しい下僕? どうぞよろしくお願いします」
「礼儀正しいのか、ふざけてるのかどっちなんだ……」
「おい下僕、私を一人前のお嬢様にしてほしいの」
何なんだ。こいつは……。見てくれはコテコテのお嬢様だけど頭にはプリンでも詰まっているのだろうか……。
「俺は下僕じゃなく泰千代って名前がある。そもそもお嬢様のしゃべり方は、わたくしはなになにですわっ。おーっほっほっほっほっ! とかじゃないのか?」
「チッ! わたくしは元素第3周期13族13、アルミニウムのアルミン嬢ですわでよろしいのね?」
「……最初と最後が全く変わってないんだが」
それより元素回収したのに出口の扉が出現しない。
正面の壁にあったプッシュボタンのロックを解かないと出れないってことなのか?
まぁ入り口の扉の数字が意味してるものだとこの部屋でまだ元素を回収出来るのであれば……コバルトだと思う。
その為にはまだここで謎解きをしないといけないのか。まぁ見るからに怪しいのは近くにある暖炉だが、もう燭台の火は消えているので燃やすことは出来ない。
俺の手持ちの元素でもう一度火を起こすしかないな。
「アルミン嬢、薪木を燃やせるくらいのアルミニウム粉末が欲しいんだけど……」
「はぁ!? 下僕の分際でわたくしにご命令なの?」
「いちいち疲れる子だな……。じゃあ俺がお嬢様のとっておきの極意を教えるから」
俺はアルミン嬢に近づき囁くように言った。
「お嬢様極意其の一。現代のお嬢様はご就寝の時、何も身に纏わず全裸でございます」
その時コッパーから銅のたらいが飛んできた。
「ちょっと! 何教えてんのよっ!! このど変態!!」
アルミン嬢は粉末を足元にそっと置き、満足そうにクロクラに戻っていった。
俺はヤカンをぶつけられた痛みをこらえながら、粉末を使って薪木に火をつける。
すると程よく燃え上がり、真っ白だった壁に少しずつ青い数字が浮き出てきた。
その番号をプッシュボタンで入力すると小さい扉が開き、中には銀白色の金属が入っている。
クロクラを近づけると反応し、元素第4周期8族27のコバルトだったことが判明。
そして出口の扉も出現し、この部屋も無事に元素回収することが出来た。
俺が思うに暖炉の上に浮かんだ数字はコバルト水溶液で書かれたものだろう。
コバルト水溶液で書かれた文字は常温では分かりにくいが、加熱することによって起こるイオンの変化で濃い青色に呈色したのだと思う。