3.Cu
……またどこかであの声が聴こえる。
俺は……死んだのか。
ゆっくりと目を開け身体を起こすとそこは一番最初の場所だった。
「あなたの主要元素を一つ頂いておきました。次はしくじることのないよう頑張ってください」
「お、俺はまだ生きてるのか? さっきのは一体……」
「あなたはまだ生存されていますよ。 体内の元素を一つ頂戴しただけです。
しかしこのランクごときで元素を失ってしまうようではあなた自身消滅してしまうのも時間の問題かもしれませんが」
「……どうゆう事だよ」
「最初は変化に気付かないかも知れませんが、体内の元素が減っていくにつれ自覚症状が起こり、身体の変化、そして生命維持の危機に陥るのです」
「なっ、なんだよそれっ! そんな話聞いてねぇぞ! そもそもなんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだっ」
「それはあなたが望んだのではありませんか? 契機となるものを所持していないとこの世界には来れなかったはずです」
「……あの紙の事か」
「コアに新しい共感の粉が用意してあります。それではいってらっしゃいませ」
確かに……俺が軽い気持ちであんなことしなければこんな風にはならなかったのか。
でもまさか死ぬなんて……。
本当に俺はここで死んでしまうのか。
……冷静になるしかない。
だけど、やり方もわからないまま行っても無駄に死ぬだけじゃないのか。
足音一つもない静まり返った部屋。俺は一人呆然と立ち尽くしていた。
軽い気持ちで現実逃避を望んだ結果がこれか。
こんな事なら、こんな事になるならあんな馬鹿なことしなきゃよかった。
ただ繰り返す毎日に退屈してただけなんだ。それがこんな……。
俺は自分の軽率な行動をひどく後悔した。
おそらく生きてきた人生の中で一番……。
こんな状況にならないと俺は今までの自分の生活がどれほど恵まれていて、どれほど自由だったかを理解出来なかった。
今の俺なら仕事もキッチリと真面目にこなして残業も喜んで受け入れる!
休みの日も部屋でお菓子食べながらネットを見て一日が終わっても憂鬱にならない!
そもそも自分のやりたい事をちゃんと見つけるように努力する!
だけど今までにもそう思ったことは何度かあった。
そう決心した時は気持ちは高ぶっていて何もかもにやる気が出るが、一ヶ月もしないうちにその決意も薄れ、高揚していた分だけ感情も低迷する。
そして目先の快楽に負け、さらに堕落した日々に戻る。
そんな腐っていく毎日だった。
むしろそれは本当に死んでいる事と変わりはなかったのかもしれない。
頭では理解していても本気になれていなかったんだ。行動するってことを。
しかし……今の俺がそれに気付いたところでここから出なければどうしようもない。
ここから脱出しなければ。
俺は大きく深呼吸をし、気持ちを奮い立たせた。
さっきと同じ部屋に入る勇気はなかったので、今度は正面の「29」の扉を選んだ。
「これで失敗したら……。くそっ! 考えても仕方ない、なるようになれっ」
中は相変わらずの暗闇で狭い通路。そして突き当りに扉があった。
部屋に入るとまた扉が閉まって壁と同化した。
先程より明るく感じる室内はすべて真っ白で、広さにして6畳くらい。そして手の届きそうにない天井に大きな穴が一つ。
丁度その真下に橙赤色の塊が置いてある。後は見慣れたコンセントの穴みたいなのが壁に一箇所あるが、電気でも流れているんだろうか。
「うーん。あの塊はもしかして……いや、もしそうだったとしてもそんな簡単なはずはない。用心して進まないと」
俺は注意深く周りを観察し、耳を澄ませながら塊の元へ歩んでいった。
警戒しながら慎重に進み塊の目前まで来た時、ふと頭上に違和感を感じる。とっさにしゃがみ込むとブチブチッという音と共に毛の抜けた痛みが。
頭を抑えながら見上げると俺の髪の毛が宙に浮いている。そして同時に視界に入ってきたのは天井の穴に潜む大きな蜘蛛だった。
「えっ……まじか。あんなサイズの蜘蛛見たことないんすけど」
おそらくこの部屋には蜘蛛の巣が張り巡らされていて相当な粘着力を持っている。そして今の俺には立ち向かう術がない。
てことはさっさと元素回収してこの部屋から出るしかないっ!!
俺は左手にクロクラを持ちボタンを押しながら塊に近づけた。すると左手に見えない重みが加わり寸前のところで止まってしまった。
どうやら蜘蛛の巣が大量に張られていたようだ。身動きがとれなくなった俺を眺め、蜘蛛は少しずつ天井から近づいてくる。
「くそがぁぁぁぁぁぁっっ!! 動けっ!! 反応してくれぇぇぇぇぇぇ」
俺は目一杯の力と全体重を掛けクロクラを塊に近づけた。その時、奇妙な音が鳴り響く。
「テッテレテッテッテー」
橙赤の塊がクロクラに吸い込まれ、次の瞬間クロクラから女の子が飛び出してきた。
「やっほー! 元素第4周期11族29、銅のコッパーだよー。よろしくね!」
「………………」
この危機に直面している状態と、クロクラからいきなり女の子が出現で俺は言葉を失った。
「あれれ、どーしたの? なんでそんな変な格好でポーズ決めてるの?」
「蜘蛛の糸に引っかかったからこーなってんだよ! 上にいるあのどでかい蜘蛛……なんとかしてくれないか?」
もう身動きが取れないくらい硬直している俺は助けを求めるしかなかった。
「上に蜘蛛? ああっ、あの子ねっ。 よぉーし! ここはあたしに任せなさいっ」
女の子は俺の持ってるクロクラに手を入れ銅線のようなものをズルズルと取り出した。
そうしている間にも蜘蛛は天井から俺の方へと徐々に近づいてきている。
女の子は取り出した銅線の片方をひょいっと投げると糸にくっついて止まった。
「バッチリッ! そして~この片方をコンセントにぃ~そいやっ!! 」
「ちょっ……それって……」
俺の言葉も虚しく、瞬く間に銅線から電流が流れ蜘蛛糸を伝い、一瞬で黒焦げになった蜘蛛は白い煙とともに消滅してしまった。
「蜘蛛さんの糸も銅を含んでるから電気バリバリ通しちゃうよん。どーお? すごいでしょー」
コッパーはニコニコしながら俺の方へ近づいてきた。
「ああっ、お陰で助かったよ。やっと動けるようになったし。でも蜘蛛と一緒に俺も黒焦げになったけどな……」
糸に捕まっていた俺にも同じような電流が流れ、またもや共感の粉を失ってしまった。
「ああうっ、ごっごめんなさいぃぃ。すっかり忘れてました……」
今話してたはずの俺の存在を忘れるって……と言い出しそうになったが申し訳無さそうにしょんぼりするコッパーに、俺はフォローを入れた。
「俺の方こそ恩を仇で返すような事いってしまってごめん。ああでもしなきゃ俺は今頃喰われてただろうし……ありがとな。感謝してるよ」
「ほ、ホントですかぁ……あたしいつも調子に乗っちゃうとこうなので。気をつけまぁす……」
「あっ、さっき言いそびれたけど俺の名前は萩野泰千代。ヤスでいいよ」
こうして俺はこの世界で初めて元素を回収することが出来た。
だが残り19種もある元素を無傷で集めることが出来るんだろうか……。
ここだけかもしれないがモンスターを倒すと閉鎖空間が解けるみたいだ。壁になっていた扉がまた復元している。
扉を開けコアのある最初の部屋に戻った俺は不安と動揺を抱え込んでいた。