21.Cl
コアの部屋に戻ったがやはりアイの姿はなかった。
アイの不可解な失踪。カルシウムの証言の真偽。
どちらもアイを見つけないと解決に至らない。そしてあと残る回収元素は2つ。
俺はアイが失敗していないことを願い、塩素の扉「17」へと向かった。
暗闇を歩いていると急に視界が明るくなった。
どこかの建物の中なのだろうか……。とても年期の入っている内装で俺の立っている付近はぼやっと暗く、目の前には真っ直ぐ続く廊下がある。
ただその廊下の突き当りには両開きの扉のようなものが見え、片方が少し開いている。
俺は警戒しながらゆっくりと進むことにした。天井に照明が無いため窓から差し込む光が余計に不気味さを際立てる。
向かって右側にしかない窓はまた曇りガラス使用で、外の景色などは全くわからないままだ。
丁度中間にさしかかった左側に扉があったが俺はひとまず突き当りまで行ってみることにした。
何かが急に飛び出してくるんじゃないかとビクビクしながら扉まで辿り着き、俺は恐る恐る中を覗き込む。
すると何の事はない、中は掃除用具入れのようでホウキやモップ、それにバケツやブラシと何種類かの洗剤が置いてあるだけだった。
俺はホッと深呼吸して、中間の場所にあった扉を調べることにした。
だが扉は鍵が掛かっているようで中の様子を伺うことが出来ない。
「開かないとなると余計に怪しいが鍵なんて持っていないし」
扉周辺をくまなく探していると少し離れた壁に窪みを見つけた。
大きさにしてスマホが丁度当てはまるような感じだ。試しにクロクラをはめ込んでみると扉のほうでカチャリと音がした。
「もしかしてこれで扉のロックが解除されたのか」
俺はクロクラを外し扉に向かおうとした瞬間、またもやカチャリと音がした。
扉のところまで戻りドアノブを回したが先程と同じでロックされたままだ。
先ほどの窪みのところまで戻りクロクラをはめ込み、カチャリと音がしたのを確認して扉の方に向かう。
するとドアノブはすんなりと回り、扉を開くことが出来た。
「これはつまり……クロクラをこの室内に持ち込むことは出来ないということなのか」
俺は警戒しながらそっと扉を開く。中の様子を伺うとそこは古ぼけた小さな病室だった。
誰も寝ていないベッドの横で椅子に腰掛けている髪の長い女の人と、部屋の隅にひときわ目立つ大きな黒毛のうごめいているモノ。
それを見た俺は驚きを隠しきれずにいた。
「あっ――す、すいません! あの、勝手に入ってしまって……」
俺の声が虚しく響く。
室内の空気は異様に重く殺伐としていた。
微動だにしない女の人を見ていると人間なのか元素なのか……それとも霊の類なのか。
ずっと見ていると俺自身身動きが取れなくなりそうだったのでゆっくりと近づいてみることにした。
座っている人物の顔は俺の位置から反対に回りこまないと見えない。
ただ隅にある黒毛のモノも不気味すぎてあまり近寄りたくはない。
俺はもう一度声をかけてみたがやはり反応はなかった。
近くまで来た俺は肩を叩こうとしたが感触はまるで空気のようだ。
俺には女の人がはっきりと見えているのに何故か触れることが出来ない。
クロムのステージの時と同じだ。あの時もおっさんが見えていたのに触れることが出来なかった。
少なくとも言えることはクロムステージのおっさんもここにいる女の人も、俺とはお互いに干渉出来ないってことだろう。
ただ近づいて分かったのはその女の人は泣いているようだ。そしてぶつぶつと小声で何かをいっている。
さらに近寄り内容を聞き取ろうとした時、背後からペチャペチャと耳障りな音が聞こえる。
俺は違和感を感じ身構えて振り向くと黒毛がすぐ近くまで来ていた。
2つの目らしき部分からはぼやっと光が見え、その下にある大きな口らしき部分をゆっくりと動かしている。
「なんなんだコイツ……見るからにかなり危険すぎるだろ」
少しずつ近づいてくる不気味さに俺は後ずさりをして、視界に入った花瓶を黒毛に向かって投げつけた。
すると大きな口から無数の黒い針のようなものが飛び出して花瓶を串刺しにし、体内へと取り込んでいく。
黒毛全体が波打つように動くさまは、ボリボリという音から察するに花瓶が体内で細かく砕かれているようだ。
それを見た俺は一瞬で身の危険を悟る。
武器になるような物も無くクロクラを持っていない俺は格好の餌食になってしまう。
一刻も早くこの部屋から出ようと思い、黒毛との間合いを開けながら扉に向かって駈け出した。
するとその瞬間、俺の行く手を阻むかのように黒毛から鋭い針が飛び出してきた。
「くそっ……俺の動きを読んでいるのか」
退いた俺は必然的に部屋の隅へと追いやられていく。
恐怖心に押しつぶされそうな俺はベッドに敷いてある布団を投げつける。
それすらもカエルがハエを食べるかの如く、瞬く間に飲み込んでしまった。
愕然とした俺はどこかに逃げたい一心でベッドの下に潜り込んでしまう。
隙間から見える黒毛の近づいてくる様子は俺の鼓動を止めどなく上げていった。
ボスッっという鈍い音と共に俺の足に激しい痛みが走る。
激痛の叫びとともに足の方に目をやると無数の針がベッドを貫き、そのうちの一本が片方の足に刺さっていた。
そして引きぬかれたと同時に足の肉を裂かれるような熱さを感じた。
俺は転がりながらベッドの下から逃げ出し、片足を引きずりながら壁際へと逃げていく。
痛みと恐怖で頭が狂いそうだ。
多量に出血しているが幸い骨折などはしていない。
ただ得体も知れぬ化け物だから毒でもついているかも……。
毒――か。
そういえばカルシウムに貰った種子は毒にも薬にもなると言ってたな。
俺はベッドから落ちた枕にカルシウムから貰った種子を忍ばせ黒毛に向かって投げつける。
黒毛は針で突き刺した枕を口へと運ぶ。
俺はじっと身構え、息を殺しながら様子を伺った。すると黒毛は小刻みに震えながら萎縮していく。
どうやら種子の毒がきいているのかもしれない。
その隙に俺は痛みをも忘れ扉へと駆けつけた。
「きゃぁぁっ」
急に廊下の方から誰かの叫び声が聞こえた。
俺はびっくりして変な声が漏れる。急いで部屋を出るともくたんの姿が。
「いったいどうしたんだ!?」
「変なミミズがたくさんいるのぉぉ! 気持ち悪くて動けないよぉっ。 やすきち助けてぇ!!」
ミミズなんて全く見当たらないんだが……。もくたんの目線の先は天井だし。
とうとう頭のネジが外れてしまったのか……。いや、その前にクロクラを外して部屋をロックしないと!
俺は急いでクロクラを外すとカシャリという音が鳴った。
「ふふっ、あの子ったら虫が苦手なのね」
いつからいたのか分からないが、水素がもくたんを愉快そうにみている。
「何かいるのか? 俺には全く見えないんだけど……」
「いるわよ。あれは……人食いバクテリアじゃなかったかしら」
「……さらっと言うね。それに細菌が見えるってどんな能力だよ」
「ひぅっ、こっちこないでぇぇぇぇーーー」
「まぁあたしたちが感染するなんてことはないけど、アンタは気をつけなよ」
「気をつけろと言われても……見えないのにどうしたらいいんだ」
「きゃ……あっちいってーーっ! えいっ、えいっ」
もくたんは逃げまわりながら掃除用具入れにあったブラシで追い払おうとしている。
「ううっ、もうヤダぁーーー。って……あ、あれっ?? いなくなてる……」
「ふ~ん、もくたんよかったわねぇ」
「ぐすん……はぁっ。もぉ……ほんとに気持ち悪かったよぅ……」
「もういなくなったのか?」
「そうね。きっと殺菌されたんでしょ」
もくたんの持っていたブラシからは塩素特有の臭いがしていた。
俺は掃除用具入れに置いてあった洗剤を確認しに行く。
裏側には塩素系洗剤、混ぜるな危険などと表示してある。
「そうか、ブラシに付着していたこの次亜塩素酸ナトリウムで殺菌出来たってわけか」
実際にやったことはないが折角だから混ぜるな危険を混ぜてみよう。
塩素系洗剤に酸性物質が混ざると塩素ガスが発生するはずだ。
俺は水素、酸素、もくたんを化合しクエン酸を作るよう頼んだ。
そしてそれを塩素系洗剤に混ぜあわせ塩素ガスが発生する。
危険な行為ではあったがすかさず水素で冷却し、クロクラで塩素を回収して出口へと向かった。




