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「次の元素はリンか」
「そうね。それに今でもう元素回収出来たの16個目だからあともうちょっとね」
「あと4個か……あと少しで約束通りここから出ることが出来る」
「やす君ならきっと大丈夫だよね……」
「もちろん! まかせときな」
俺達はまた新たな扉に向かい暗闇に入りかけた時、アイが慌てたように話しかけてきた。
「やす君ごめんなさい。ちょっとだけここで待っててくれる」
そう言ってアイは俺の見えない場所に行ったと思ったらすぐに戻ってきた。
「どうかしたのか?」
「わたしも一応女の子だからやす君に見られたくない事もあるの」
俺は何のことだか分からず頭をかき、再び暗闇の中に入っていく。
いつもの如く暗闇を抜け辿り着いた場所はトイレだった。手洗い場や鏡が設置されていて個室のような物がいくつかあり、そして全面ピンクのタイルで貼られている。
「アイ……これってどう見てもトイレだよな。それも女子の」
「そ、そうみたいね。やす君がここにいるのはちょっと変だけど……仕方のないことだよね」
アイは気まずそうに言った。俺だってそんな趣味はないがどうすることも出来ない。
ただ見るからに古そうな感じは否めなく幽霊などが出るには格好のスポットだろう。出来るだけさっさと終わらせてしまいたい場所だった。
向かって左側の壁に手洗い場が1つありその横に個室が1つ。右側には個室のみが4つ並んでいる。
さっそく元素を探すにあたって俺は左の個室から調べる事にした。
一応ノックはしてみたが反応はない。反応があっても怖いだけだが。
俺は恐る恐るドアをあけてみた。するとそこにはデッキブラシとホース、そして大きな洗い場。つまり掃除用具入れになっていた。
「ホースとデッキブラシで何かをするってことなのか……」
「それって……お掃除しか出来ないような気がするわ」
アイから冷静な答えが返ってくる。俺は用具入れのドアを閉め反対側の個室を調べることにした。
ノックをしてもやはり反応はない。アイが俺の後ろで袖をギュッと掴んでいる。余計に怖さが増すが格好悪いとこも見せられない。
こんな時に限って変な想像力が働く。髪の長い女の子が座っていたり、無残な殺され方をされた死体があったりとか……。
俺は唾を飲み、ゆっくりとドアを開けた。
中は洋式の便器がありトイレットペーパーが設置されていた。あとは蓋付きゴミ箱があるだけで死体はおろか生き物などもなく一安心だった。
便器自体には何の変哲もなく、排水タンクも水が貯まっているだけだ。レバーをひねるとタンクの水が流れ、また同量の水が貯蔵される。
それ以外には目につくところはなく、その流れで残りの個室も調べてみたがどれも全く同じ状態だ。
「なんだよ……何もないし誰もいないじゃないか」
「う~ん、どうすればいいのかしら……」
「そういえば蓋付きのゴミ箱調べてないな。あの中に元素の塊があるとか」
「あっ、じゃあわたしが見てみるね! やす君じゃちょっと……イヤだろうし……」
そう言ってアイが一つ一つ調べてくれた。だが何もなく空っぽだったようだ。
「何も見つからずか……リンだと常温では固体だろうからどこかにあると思うんだが」
「もし白リンだった危険ね。毒性も強いし自然発火する恐れも……」
「確かに。でもここならありえなくもない。ただ臭いもきついだろうからわかると思うんだが」
「そうよねぇ。そもそもリンの特徴って何かしら」
「特徴……そういえばリンて生体から見つけ出された稀な元素だったよな? てことはここでも生体から?」
「そ、そうかもしれないわ」
「でもアレだよな。確か尿だった気がする」
「う、うん」
「しかもこの世界のもので回収って事は俺達の尿じゃなく元素の誰かの尿を採取しろと??」
「そーかも……」
はたしてそれが正解かもわからない上、そんな役目を引き受けてくれる元素なんていただろうか……。
しかしここで何か変化が起きるのを待っていても時間の無駄だ。
俺は手持ちの元素で話がわかってくれそうなやつを考えてみた。
マンガンは……ダメだ。現状何を考えているか全くわからない。マグネシウムは……どうだろう。
最初の様子からいくとそんなに気の荒そうなタイプでもなかったし、もしかすると協力してくれるのかもしれないな。
俺はひとまずマグネシウムを召喚した。
「王子さまっ。どうかなさいましたか?」
マグネシウムは純粋そうな目で俺を見ている。俺は正直にお願いすることにした。
「ええ。実はここのステージで回収しなきゃいけない元素が見当たらないのです」
「まぁ! それは大変お困りでしょう。ワタクシで良ければ何なりとお申し付けください」
「では……マグネシウムの尿を採取したいのですが」
「えっ!? 今なんと……??」
「ですからおしっこをして頂ければそこから元素回収を……」
「なっ、何をおっしゃっているのですか!? いくら王子さまとはいえそのような発言をされては困りますわ! この事がもし父上の耳に入ったりでもしたら……」
「いや……元素回収の為っていってるんだが。それに父上て……何の話だ……」
「オホン。今回の一件は何も聞かなかったことにしておきますので、今後はお気をつけくださいね。それではごきげんよう」
「ちょ、ごきげんようじゃねーって」
マグネシウムはクロクラに戻り、何の反応もなくなってしまった。
「くそっ、また別の元素をあたるしかないな……」
「ヤス、どーした? 何か困ってるの?」
いつの間にかコッパーが現れていた。せっかくだから一応聞いてみることにした。
「ここのステージの元素が見つからなくて困ってるんだ」
「そうなんだ。どこか見落としてるんじゃないの?」
「そんなはずはない。俺とアイでこの部屋は一通り調べたんだが何も怪しいところはなかった」
「じゃあどーすればいいんだろうね……ってなんであたしをジロジロ見てんのよ」
「いやぁ、俺が思うにコッパーのちょっとした協力でリンが回収出来ると思うんだ」
「あたし? まぁそれが役目だから協力はするけど。それで何をすればいいの?」
「その前に……トイレに行っておいた方がいいかも知れない」
「トイレって……ここの場所じゃない」
「そうじゃなくて、用を足してこいってこと」
「はぁ!? 子供じゃないんだからなんでヤスにそんな事を強要されなきゃいけないのよ」
「これから長時間拘束状態になるかもしれない。だから今の内にと。あと使用後は流さないで欲しいんだが」
「……それどうゆう意味?」
「いや、あの……その液体に興味があるというか……」
分かってはいたが力いっぱい頬を打たれ銅のヤカンが脳天を直撃した。
「やす君……大丈夫なの?」
アイが心配そうにしている。
「お、おう。もういい加減慣れてきたよ……」
「やっぱり女の子に今回の事協力してもらうのは難しいよね」
「女の子っていっても変なやつばかりなんだけどな」
「そんなことないよ! 個性があってみんなステキだと思うわ」
「個性ねぇ……」
「じゃあ今度はわたしが交渉してみるね。それと……やっぱり男の人がいると恥ずかしいと思うから、やす君は奥のトイレで隠れていてもらえないかな」
「そうか……」
そういって俺は一番奥のトイレに入った。
なにもせずに立っているのも暇なのでひとまず用をたすことにした。念のためクロクラを近づけたが無反応だった。
俺は一息ついてここまであった出来事を振り返ってみる。
共感の粉を失い死に近いものを体感したこと、数多くの元素との出会い、そしてアイという同じ世界から来た人間。
もう少しで元素も20種になり、ここを出ることができるはず。
でも何か……一連を通してひっかかる部分があるような気がする。
でもそれをうまく表現できない。
疲れも溜まっていたせいか用をたしていたのも忘れ、ぼーっと思いにふけていた。
ブルッという震えとともに俺は一度深呼吸をして立ち上がる。
そして俺は何事もなかったかのようにゆっくりと外に出ようとした。
「……あれ。ドアが開かない」
鍵は外したのにドアがピクリとも動かない。体重をかけて押してみるも全く変化なしだ。
「アイー! ドアが開かなくなったんだけど……」
何の反応もなかった。
もしかしてアイの身に何か……!?
変な胸騒ぎがする……。俺は大声で叫びながらドアを叩いた。
「アイっっっ!! 大丈夫なのかっ!? 何かあったのかーっ!!」
俺の声だけが虚しく響いた。
「くっそっ!! いったい何が……」
俺は訳が分からずがむしゃらにドアに体当たりした。それでもびくともしない。
「はっ! なんて俺は間抜けなんだ……。上から出れるじゃないか」
見上げるとドアと天井に隙間があり、よじ登ればここからでられそうだった。
急いでドアの縁に飛びつき隙間に身体をねじ込め脱出することが出来た。
「これは……」
これじゃあドアが開くはずはない。ドアの開閉部分に金属の大きな塊が置いてある。
こんなものは最初からなかったはずだ。どこからか持ってきたにしても動かせるような重さではない。
だとするとこんなことが出来るのは元素を呼び出せる……アイ……なのか。
いや……なぜアイがそんな事をする必要があるんだ。アイが俺を閉じ込めなきゃいけない理由なんてあるのか……。
とにかくアイを探さないと……!?
俺の視界に入ってきたのはアイではなく出現している出口だった。
「ど、どういうことだ!? 俺はまだ元素を見つけてないのに」
考えられることは俺が閉じ込められている間にアイが元素を見つけこの部屋から脱出した。
なぜそうしなきゃいけないのか……俺にはさっぱり分からなかった。
「アイーっ!! いないのかーっ」
やはり何の反応もない。
本当にアイは行ってしまったのか……。
その時俺は出口付近のトイレのドアが少し開いていることに気付く。
一応ノックをしてドアを開けると、便器の中に白黄色の石のようなものが落ちていた。
クロクラを近づけると反応しリンを回収することが出来た。
回収する喜びを誰とも共感できず、胸騒ぎは収まらないまま俺はこの部屋を後にした。




