17.Mg
「そういえば、アイのクロクラって元素回収しても変な音ならないんだね」
「わたしマナーモードにしてるから」
「そんな機能があったのか……」
「でもマナーモードにしてると元素をわたしから呼び出さないと勝手には出てこれなくなっちゃうみたいなの。それもちょっとかわいそうで……」
「いや、それすごい便利な機能だと思う。勝手に出てきてどれほど失敗してきたことか。でも俺がそんな機能使ったら後で一部の元素に文句言われそうで怖い」
そんな他愛もない話をしながら次の元素マグネシウムの回収に向かう。
「12」と記されたその扉の先は廃墟だった。
何かの工場だったのだろうか。足元には瓦礫や腐食したドラム缶、それに鉄骨のようなものが落ちている。天井からは配線や管が無数に垂れ下がっていた。
側壁のレンガも欠けて崩壊しているところが多く、窓から差し込む光は幻想的ではあるが埃とカビの異様な臭いであまり長居はしたくない場所だ。
「すごく散らかってるわね。それにあの向こうに見える大きな塊はなにかしら」
それはこの部屋の一番奥にあるものだった。薄墨色した岩石のようで天井付近まで高さがある。
「近づきたいところだが……あの浮いてるのも一体何なんだ」
岩石の影から小型の機械式カメラのようなものがフワフワと浮きながら移動している。
その飛行物はゆっくりとこちらに向かっているようだった。
俺とアイはレンガの壁に身を潜め、その様子を伺う。
「……段々近づいてきたよ」
アイが小声で言う。
「こんな状況から言ってアレが仲間とかではなさそうだし。今は動かないほうが賢明だと思う」
飛行物は俺達の上空を旋回し、また岩石の方へと戻っていく。
このまま放置するのも気がかりなので俺は足元の瓦礫をぶつけてみることにした。
あの怪しげな飛行物さえなくなれば、ここをゆっくり探索出来そうだ。
俺は背後からゆっくりと近づき飛行物に向かって勢い良く投げた。
だが標的は避けたわけではなく俺のミスで虚しくも的を外してしまった。
すると初めて飛行物がアクションを起こし落ちていく瓦礫に向かって光を照射する。
次の瞬間瓦礫は爆発音とともに粉々に飛び散っていく。
「…………」
「アレ……かなりヤバイやつだね」
「うん……。わたし達もあの光を浴びたら爆発しちゃうのかな……」
先ほどの衝撃で壁のレンガが崩れ落ちようとしていた。そこにまたレーザーが放たれる。
俺達はまたもや言葉を失いそうになった。
「なぁ、アイ。あの飛行物確かに危険だけど、カメラから見える範囲の動くものに対して反応してるんじゃないのか」
「そう言われると……さっきやす君が何か投げようとした時には何も反応してなかったものね」
「じゃあさ、次こっちに来て旋回したらそのまま後をつけよう。そうすればあの岩石を調べることが出来るし」
「……うん。わかったわ」
俺達は飛行物が戻ってくるのを待ち、旋回したのを確認してゆっくりと――音も立てないように近づいていった。
アイは俺の後ろを離れないよう服を掴みながら付いてきている。
本当は手を握りたいところだが、緊張のあまり手汗でベトベトになっている俺は己の拳を強く握るしかなかった。
遠く感じるほどの距離ではなかったはずなのに、音を立てず警戒しながら歩くことで実際の距離よりも長く感じてしまう。
なんとか岩石が手に届く範囲に辿り着いた時、俺の中に一つの不安がよぎる。
もしこの飛行物が先程と同様に岩石に沿って旋回せず方向転換してこっちに戻ってきたら……
今の俺達からは岩石に隠れて飛行物は見えない。
俺達の位置から右手に行けば旋回通り。左手に行けば例外の方向転換。
例外なんて起こるはずがないのに……ただ考えすぎてるだけなのか。
その時後ろにいたアイが右手方向に向かって何かを投げつけた。
岩石の影から光と爆発音が響き渡る。
俺達は即座に岩石の左手側へと回りこむ。
一瞬にして鼓動が早くなっていた。あのまま先に進んでいたら二人とも粉々になっていたに違いない。
しかしなぜアイは右方向に投げたんだ……。安全確認の為……? それともアイの位置からはあの飛行物が戻ってくるのが見えていたのか?
その時の俺は死んでいたかもしれないという恐怖感から冷静に深く考えられずにいた。
まぁ、助かったから問題はないかと思って片付けてしまっていた。
岩石の裏にたどり着くことが出来た俺達は元素を探すまでもなく、その岩の中に閉じ込められた女の子を発見する。
ガラスのようなもので出来た扉を開けると女の子は少しずつ目を開けゆっくりと笑みを浮かべる。そしてそっと俺の手を握り
「あなたが……わたしの王子さまでしょうか?」
どこぞやのプリンセスとも言える声のトーンと口調で絵本の世界でも始まる悪寒がした。
アイも見てる手前あまり変なことも言えない。俺は正直に答えることにした。
「いかにも。あなたを助ける為、新社会人代表として参りました」
「まぁっ! 嬉しいっ! やっとワタクシを愛してくれる人が来てくれたのですね」
そして抱擁。しかしこれ以上はさすがにマズイと思い俺は優しく身体から離す。
「本当はゆっくり再開を祝いたいところですが、今は少々お時間が……」
「あら、そうですのね。申し遅れました。
ワタクシ元素第3周期2族12、ジョセフィーノ・ブラックーノ・マグネシューですわ。マグネシウムとお呼びください」
最初からマグネシウムでよくね?と思ったが手短に自己紹介を返しておいた。
「アイ……わかってると思うけどこれは本意じゃないんだ。ここで時間を食ってしまって飛行物にみんな殺られてしまうなんてことは避けたかったから」
「ふんっ、わたしの機嫌なんて気にしなくてもいいですよーだ」
「えっ、怒ってるのか!? ……ほんと、なんてゆーか……ごめん」
「……ふふっ、冗談。やす君のそういう優しいとこ、ちゃんと知ってるから」
「な、なんだよ! びっくりしたじゃねーか」
二人の会話をかき消すかのようにまたもや爆発音が聞こえた。
岩石から覗いた俺は愕然とする。出口に向かおうにも中間の付近ですさまじいまでの炎が上がっていた。
消化しないととても近寄れそうにない。幸い炎に巻きこまれたのか、飛行物の姿は見当たらなかった。
俺は消火の為に焦り、クロクラから酸素と水素で水を作り勢い良く炎に向かって撒いてしまった。マグネシウムの燃焼とも知らずに。
炎は消えるどころか爆発を起こしさらに火力を増していく。
吹き飛ばされた衝撃で俺は床に叩きつけられた状態だ。アイは近くにいなかったお陰で巻き添えを喰らわずに済んだよう。
これでアイが怪我でもしてたら……俺はなんていえばいいか。考えたくもない。
その時アイがクロクラから黒い塊を出し炎に向けて放つ。
すると徐々に炎は収まり完全に鎮火した。
「アイ……ありがとう。助かったよ。さっきのあれって炭素?」
「うん。グラファイトよ。もしかしたらって思って。それよりやす君大丈夫だったの?? 怪我してない?」
「ああ……。へーきへーき! この通り大丈夫だよ」
俺は情けない自分を笑ってごまかすしか出来なかった。




