11.Mo
「ううっ、まだ後頭部がズキズキする……。コッパーの奴、手加減なしだな」
俺は痛む頭を抑えながらコアの部屋にいた。
そういえばここの世界にきてどの位の時間が経っているのだろう。時刻が分かるものは置いてきてしまったし、
体感的には4時間くらい過ぎているのかも知れない。正午から何も食べてないので腹も減ってきたし。
体力の限界が来る前に何とかここを抜け出さないと。
さっきの炭素を回収したことで手持ちの元素は……っておかしいな、9個のはずなのに8個しかない。
クロクラ内には銅、カリウム、コバルト、水素、窒素、酸素、鉄、炭素――よく見るとアルミン嬢が消えている。
「もしやあれしきのお嬢様極意で満足してしまったのか……」
そう一人で考えていた時、どこからか聞き覚えの無い声が聞こえる。
「あの……」
振り返ると今にも消えてしまいそうなか細い声で呼ぶ女の子がいた。
だが今までの元素と違って異様なオーラは感じられなかった。
別に今までの元素が神々しい要素があったわけではないが、この子はなんていうか……限りなく人間寄りのような。
すると女の子は今にも瞳から涙が溢れそうな状態で唇を震わせている。そして我慢していた糸がプツリと切れたように、その子は突然俺の胸に飛び込んできた。
俺の胸元で泣きわめく女の子をどうしていいか分からず、しばらく戸惑った俺はそっと手を肩に回す。
もしかして……この子は俺と同じ世界から来た人間なのだろうか?
確かにこんなところ一人でいたら精神的にも脆くなるだろうし……。
少し気分が落ち着くのを待って俺は声を掛けた。
「もしかして君も……この世界に迷い込んでしまったの?」
その瞬間、女の子はビクッと反応し、慌てて俺から離れる。
「――ごめんなさい! 急に泣きついたりしちゃって」
女の子は赤くなった瞳で俺を不安そうに見つめる。その瞳は何もかもを捧げたくなってしまうような、そんな瞳だった。
「そんなことないよ。もし俺と一緒でこの世界に迷い込んだのなら、その泣きたくなる気持ちも……分かるからね」
女の子は少しうつ向きながら黙っていた。
「君もあの商店街の脱出ゲームから来たの?」
「いえ……、わたしは病室のベッドで寝ていて目が覚めたらここに」
「病室って……今も具合悪いのか?」
「今は大丈夫です。無茶して激しい運動とかしないかぎりは発作が起きたりしないので」
「そうなんだ。じゃあ無理は禁物だね。あのさ……良かったら一緒に行動しないか? この先何が起こるかもわからないわけだし、激しい運動できないならなおさらだろう」
「……ありがとうございます。でも……わたしなんか一緒にいたらあなたの足手まといになってしまいそうで……」
「そんな事ないって! それに、はいそうですかってほっとけるわけないじゃん。一緒にこの世界を出よう!
俺は泰千代、ヤスでいーよ。よろしくな」
「……くすっ。……ありがとう。わたしは……アイ」
アイは疲れを隠し切れない表情だったが、ほんの少しだけ笑顔を見せてくれた。
ただアイは、俺と話すたび元気が無くなっているような気がした。
それは体調的なものなのか、俺に対しての不信感なのか。この世界に対しての恐怖なのか……。
その問いを俺が出来なかったのは、それぞれの答えに対しての返しが出来る自信がなかったからだ。
こうして俺は二人で行動することになり、次の「42/6」元素モリブデン回収へと向かった。
「お~、よう来てくれたの~」
部屋の中は畳張りと襖で作られた純和風といった感じだ。その部屋の中央に女の子が正座している。
どうやら声の主はその子のようだ。
「そんなとこ立ってえんでこっちきねの。ほらっ、はよ」
女の子はニコニコしながら手招きをしている。
俺はアイに小声で問いかけた。
「もしかして近くに来いって言ってるのか?」
「多分そうじゃないかしら」
俺とアイは友好的にみえる未確認生物に警戒しながらゆっくりと近づいていく。
「もぉ、モタモタせんとはよしねまぁ」
女の子から思わぬ罵声が漏れる。その幼気な表情とは正反対の言葉に俺の警戒レベルはマックスになる。
早く俺達を仕留めたいのであれば今すぐ手を下せばいいものを、自ら歩み寄らせて殺るという魂胆なのか。
なんという鬼畜の所業……。ははん。なるほど、さてはあの場所から動くことが出来ないんだな。その理由はそこに回収元素があるからだ!
「無駄だ。お前の作戦は見切らせてもらった」
「作戦てなんやの? あんたら疲れてるやろうで、ここで一服しよさっていってるだけやで」
「殺るか殺られるかで一服なんてしていられるか」
「おもっしぇ事ばっかいう人やの。殺るとかそんなおとろしい事言ったらあかんて」
俺の予想とは違い、女の子は少し寂しそうな表情になる。
「ねぇやす君……この子そんな風にはみえないけど」
アイが小声で呟いてきた。
「で、でも死ねとか言ってたし……ただ全体的に何言ってるかよくわからないな。方言なのか?」
「あんたら元素回収してるんやろ? ここの回収元素これやで」
そう言ってその女の子は立ち上がり、俺達のもとに白い粉を手渡してきた。
「ほんとはうらが謎解きの準備せなあかんのに、めんどくそうなってもて……あぁっっ! おちょきんしてたら足痺れてんたわー」
その女の子はテヘッと舌を出し、申し訳無さそうにしていた。
どうやら俺の誤解なのか、受け取った白い粉を炭素で還元してみたところモリブデンを回収することが出来た。
拍子抜けの回収ステージだったが命の危険がないのはこの上なく喜ばしい事。
だが召喚してしまったもくたんの遊び相手の方が時間を要した。
もくたんのおままごと遊びをしたいという要望に俺とアイは付き合わされてしまう。
その喜劇は仕事帰りのサラリーマンな俺とその妻のアイ。そして一人娘のもくたんという設定で行われた。
「うい~っ。今帰ったぞ~」
「あなた、おかえりなさい。もく実ちゃーん。お父さんが帰ってきたわよ~」
「わぁ~い! パパおかえりっ。ただいまのちゅーはぁ?」
「するわけねーだろ。なんでいい歳した娘なんかと」
「あっ、ご飯できてますよ。それとも先お風呂にします? それとも……きゃっ、恥ずかしいっ」
「だからなんでもく実がそれを言うんだよ! いろいろと際どすぎるわ!」
「うふふっ、あなたっ。今日の晩御飯は菜の花ちらし寿司と菜の花おひたし、それにアイ特製の菜の花ゆで汁ですわ」
「精進料理かよ!」
「ひ、ひどい……。わたしが野菜しか食べれないこと知ってて……」
「まじか……。そんな設定初耳なんだが……」
「もうパパったらだめねぇ~。そーゆー時は壁の穴にボール投げて跳ね返ってくるで一件落着ね!」
「そこはちゃぶ台クイッやろ! シーン違うわ!」
それからも暫くままごと遊びが続いたが最後まで纏まることはなかった。




