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bio element  作者: 桃月
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 俺はアパートの押し入れから小学校の思い出のアルバムをあら捜ししていた。

埃っぽいダンボールの中からたくさんの書物に埋もれたアルバムを取り出し旧友の電話番号を探す。

ある女性の消息を知りたかったのだが旧友が口にした内容は残酷だった。

その女性は入院していたが3日ほど前から突如いなくなり失踪したと噂が広まっているらしい。

その言葉を耳にして一気に全身の力が抜ける。


「何故なんだ……それじゃあ俺のしてきたことは一体……」


それから俺はその病院にも直接電話をかけてみたが今もなお見つかっていないらしい。そして彼女の使っていた部屋は空き部屋として扱われているという。


他人の考えていることなんて絶対にわからないのかもしれない。

それがたとえ好意であってもそれ以外にも感情が混じっていたり、そもそも純粋な好意という感情に至っても人によって深さや表現は様々だろう。

それをお互い一緒な想いで求めていることも同じなんて。

そう思うこと自体が自己中心的で自分のものさしでしか見れなくなっているのかもしれない。

俺が相手に対して「好きか?」と聞き

その答えが「好きです」だったとしても根底の部分なんて全くわからない。

言葉は感情などを表現するのにとても便利なものだけど今の俺にとっては空っぽの抜け殻のようなものでしかない。

この世界に真実なんてものは有るのだろうか。

別に今は哲学的な考えを持ちたいわけではない。

ただただ……彼女を救いたかっただけなんだ。




※※※




『あの……本当にわたしは治るのでしょうか?』


日記を抱きしめるわたしの手は小刻みに震えていた。


『もちろんです。ただここを出ることが出来ればですが。失敗された場合はあなたの存在は消滅してしまうのでご了承を』


『……それでも構いません』


『では以上がこの空間の規定になります。何かご質問は?』


『ありません』


『幸運を祈ります。いってらっしゃいませ』




           ※※※




 日曜の夕暮れ、駅ビルから少し離れたアーケード。無数に並ぶ商店街、人混みと喧騒の中、

俺は休日を無駄に過ごしてしまった虚しさと疲労の蓄積で発狂しそうになっていた。

心では(行きたい……行きたい……)と叫んでいるのに何の変化も起こらない。

スマホを弄りながら歩いてる人。幸せそうにしている歳の差カップル。今にも無差別にアレを起こしそうな青年。

すれ違う人を横目に、俺はある紙を強く握りしめていた。


 小学の時に親の都合で都会に転校した俺は、普通の高校そして普通の大学を卒業後そのまま就職へと至った。

自分の進路については漠然としか考えてなくて、特にやりたいことも見つからず合同説明会で感じの良さそうなところを選び、後に内定が決まった。

別にやりたい仕事だったわけでもないので感動もなく俺の社会人生活はスタートする。

勤めだした最初の一ヶ月はまぁまぁ新鮮で、そもそも悩んだり余計な事を考える余裕すらなく毎日をキッチリやりきることで精一杯の日々。

それが半年も経つと、いかに仕事の手抜きをするかという思考に変化していた。

毎朝出社するとウスラハゲの子守唄のような話から始まり、お昼休憩には何人か集まってゲームのガチャで一喜一憂。

仕事なのか遊びなのか分からない残業を終えて帰宅すると大体22時を回っている。

そんな毎日を淡々とこなすことで俺の人生は終わっていくのだろうかとふと思う時がある。

――このままじゃいけない。何かを変えていかないと。

自分がその気になれば転職したり、資格をとったりと別の道を切り開くことは出来たはずだ。

だが自分に向いてるのはなんだろう。まだ見つかってないだけでこれから先に気付くこともあるかも知れない。

本音は面倒という気持ちを気付いていないふりをし、他の言葉に置換え自分の頭の中で先延ばしにさせてしまっていた。

それでもなお楽をして変化を求めたいという俺の思考は、先日ネットで調べた異世界の行き方を実行中なわけであった。

その内容はネットに記載してある記号のようなものを正確に紙に写し、それを強く握りしめ異世界に行きたい気持ちを強く念じること。

異世界への入り口は分布しているので一箇所に留まるより外を徘徊した方がいいと書いてあったが……

朝から夕方までこんな事をしている俺の頭は、ある意味異世界にぶっ飛んでると思う。

そしてふらふら歩いてた俺は、可愛い声の呼び込みに足を止めてしまった。


「ちょっと~お兄さん。良かったら遊んでいってくれないかな? 今流行りのリアル脱出ゲームなんだよぉ~」


「い、行きたい……、行きたい……」


「はーい。どーぞどーぞ! お兄さん一人かな? てゆーか大丈夫?? すごく疲れた顔してるけど……」


「い、いき……いき……」


俺の意識は半ば朦朧としていて呼び込みに何の疑いも持たずご案内されてしまった。


「いらっしゃいませ! 超難解脱出ゲームへようこそお越しくださいました。存分に楽しんでいってください」


えらく活きの良いおっさんに入場料を支払い、待合室らしき所に案内された。

俺と呼び込みの女の子が隣同士でソファーに座る。

辺りを見回しても客は俺しか居ない。俺は少し不安になって


「何これ……? そっち系のお店なの?」


「そっち系って? よく分かんないけどここは健全で普通に営業している脱出ゲームのお店だよ」


「不健全で普通に営業出来ない脱出ゲームの店なんてただの監禁じゃないのか」


「ふふっ、お兄さん面白いっ。じゃあゲームの説明なんだけど内容はいたってシンプル!

 今から部屋に案内するからその中にある問題を問いて先に進むだけだよ! ねっ、簡単でしょ」


「ん……ああ」


俺はそんな話よりもこの隣同士で密着した状態に集中力を奪われ、素肌の触れる心地よさに浸っていた。

久しぶりに触れた異性の温もりは俺の人生の不安をも凌駕する誘惑だった。そして女の子に悟られず密着出来る面積を着実に増やしていった。


「では今からお部屋にご案内します。っとその前に貴重品お預かりいたしますね。中で無くされると大変ですから。あと携帯も使っちゃうと面白さがなくなっちゃうので」


そういって女の子は俺との間に少し間隔を空ける。まさか俺の欲望が気付かれてしまったのかっ……!?

平静を装い俺は言われるがままに携帯と財布を鞄ごと渡した。


「カッコイイ指輪されてますね。そちらはお預かりしなくても大丈夫ですか?」


「これは落とすことなんてないから大丈夫かな。かなり力入れないと取れないから」


女の子はニコッと笑って


「りょーかいしました。では今からご案内しますのでこちらへどうぞ」


欲望のスイッチが入りそうな俺は、女の子から漂うヴァニラのような香りに引かれながらついて行く。


「はーい。こちらのカーテンをくぐって真っ直ぐ進んでいただくとゲームスタートになります! では頑張って脱出してくださいねっ。また出口でお会いしましょう」


なんかもう当初の目的を忘れ、あの女の子とイチャコラしてる方がいいんだが……

しぶしぶ俺はカーテンをくぐった。


 中はかなり薄暗く、どこまで続いているかも分からないような通路だった。距離感は分からないが行く先の方に左右から薄暗い光が滲んでいる。

俺は暗闇で光を求める蟲のように無心で歩いていた。


「電車の窓みたいだな……」


その窓の様なものから見える風景は明度の高いオレンジと深いグレーが入り乱れる夕焼けの様だった。

歩くたび窓の風景も次々と変わっていく。紅い提灯が並び、文字がはっきり読み取れない看板。ぼやけて凝視出来ない木造建築物。

というかこれホントにアーケードにあった店舗の中なのか!? 直線でかなり歩いてるはずなのに一向に先が見えない。

それに窓から見えているものが実際の外の景色なら、こんな雰囲気の場所を今まで見たことがない。

俺は振り返っちゃいけないような気がしてポケットに入れた紙を握りしめながら歩いた。



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