自分の意志と、桜
経緯はこうだ。
昨日、父が撫子の男性恐怖症ことで、あーでもないこーでもないと頭を悩ませていたとき、救世主のように現れたのが、緒雪桜だという。
なぜ他の男ではなく、桜なのか。
それを聞いた撫子に対し、ずっと興奮状態の父が言った。
「それは、この桜君は、女の子だからだ!あ、中身は男なんだが」
どうだ、びっくりしたか、という顔で撫子を見つめながら桜の肩を横からがしっと掴んで大笑いしている。
撫子は、びっくりというより、唖然としていた。
「この人…女性なのですか?」
人のことを食い入るように見るなんてこと、あまりしてはいけないのだが、撫子は思わず桜の体を下から上までまじまじと見てしまっていた。
そんな視線に気づいたのか、自分の事を自分の許可なしでカミングアウトされたことに、桜は渋い顔をしてみせた。
「ちょっと親父さん…娘さんびっくりしているじゃないですか。こーゆーことは簡単に言うもんじゃなですよ」
「あぁそうなのか?いや失敬。ワシには簡単に言うもんだから良いのかと」
全く反省していないようにカラカラと笑う父。
いや、ていうか、そんなことよりも。
「経緯は納得いかない部分も多いですが、大体分かりました。でも、私のことをこの人に任せるって…一体どういうことなんですか?」
そう。そこが分からない。この人が外見は丸っきり男だが、体を女性だということは理解した。しかし、なぜ桜を起用し、その男なんだが女性である桜でなければいけなかったのか。
「お前は男が怖いんだろうが、今度会う財閥の息子との商談が破棄されれば、ウチは本当に終わりだ。その他にはもう有栖家と取引してくれる家がないのだ。だからワシは、それに全てを掛けたい。その為には完全な克服とまでいかなくとも、向こうが嫌にならない程度にまではなってほしいんだ」
父の言い分を黙ってきいている撫子。なるほど、だんだん分かってきた。
「それで、女性でありながら見た目が男性である桜…さんを私の傍におき、免疫をつけてもらう、ということでしょうか」
「さすがワシの娘、理解が早くて助かるわい」
むふふと言いながら桜の肩に置いていた手をにぎにぎと楽しそうに動かす父。そしてそのまま桜に話しかける。
「桜君はこれまでで分からないことはあるかね?」
「い、いえ…」
明らかに困っている反応を返す桜。そりゃそうだ。いきなり家に呼び出され、他人の家の問題に巻き込まれ、利用されるとなれば誰だってそうなる。
撫子も、女性だからと言われても見た目のせいでそれをなかなか脳が理解しないとあって、傍においても今までと同じことの繰り返しではないかと思った。
脳が桜を男性と判断しているならば、免疫どころか逆効果だ。ずっと傍にいられては、私のグーパンチがいつ発動されるかわからない。
それに、中身は男だと言っていた。だとすれば、今まで会ってきた男共とどうせ同じ行動を起こすだろうし…
撫子の中に、どんどん気乗りしない波が押し寄せてきていた。
家の存続の為に、少しでもいいアイデアを思いついたつもりかもしれないが、私のことなんてなにも考えいない。昔からそんな人だったが、今回ばかりはそれが表に出過ぎていて、家の存続に必死な父に賛成したくなかった。
しかし、やりたいこともなければ、ここで住まわせてもらってる立場の撫子にとって、反論なんて出来るはずもないのだ。
そのときだった。
「待ってください」
凛とした声が聞こえたのは、桜の方からだった。
「どうやらこの家の存続が危ないというのは、なんとなく把握しました。でも、それを娘さんに任せるのはどうかと思います」
なんと桜は、今まで撫子が言えなかったことをすらすらと父に言っているではないか。これには父もびっくりしている。そして、次第に顔が怒りで赤くなっていく。
「なっ、何様だお前!このワシが誰だか知っているのか!!」
「有栖、という表札と敷地の広さを見たところ、どうやら有名着物屋の13代目らしいですかね」
「おおそうだ!そんなワシに口答えするとは、どうなるかわかっていっているのだろうな!」
家でも仕事場でも、自分の思い通りに事を進めていた父だ。こんな若造に自分のアイデアを否定されては、そりゃ怒るに決まっている。
しかし桜は、そんな父にも全く動じず会話を続けた。
「お言葉ですが、今窮地に立たされているのはどちらでしょう。間違いなく、僕が去って娘さんの今の状態をどうにかする者がいなくなって困るのは貴方ではいでしょうか」
「うっ、それは」
「話は、ことによってはお受けします」
「え?」
桜の言葉に驚いたのは、父ではなく撫子だった。撫子の声に気づき、桜は今度は撫子に喋りかけた。
優しく笑って、こう言った。
「君が変わりたいなら、僕は受ける」
今度の驚きは、言葉がでなかった。
自分の意見をいっていいのか。
撫子には初めてのことだった。




