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撫子の桜  作者: 新庄けい
3/4

いざ、桜

撫子はため息をついた。

朝起きてから現在午前9時までで、さっきのを数えると12回。

撫子は家の縁側にいた。昔のご先祖様が造った無駄に広い庭を、朝からずっと眺めている。

庭は一面細かい白い砂利で埋め尽くされており、その所々にポツポツと小さな池や盆栽がある。借りぐらしの小人がいれば、隠れ家としてすごく喜んでくれるあろう落ち着いた静かな場所だ。

撫子は何かあるといつも縁側からその静かな庭を眺め心を落ち着かせていた。

しかし今回ばかりは朝ごはんも食べずにずっと眺めていても心さんは落ち着いてくれない。

理由は、父。

最近若者の着物離れのせいで不況だとかなんだとかで、その救世主は撫子だと父は言う。いや、救世主にしたてあげた、と言った方が正しいかもしれない。

しかし、その救世主撫子は、父の思い通りに動くことは出来なかった。

だって。

夜のことを思い出すとまた嫌な汗が出てくる。危険を知らせるように心臓が高鳴る。

最近は普通に寝るのすらろくに出来ていない。父が私に丸投げしてくるどこの誰とも知らない男がまた夜這いでもしてくるのではないかと考えると、安心して寝られるはずがなかった。

父の苦しんでいる姿を見て胸が痛いのも、なんとかしてやりたいというのも嘘ではない。しかし、無理なものは無理なのだ。でも、父も多少は罪の意識があるのか…何かしら理由をつけるか、強行突破か、素直に謝罪して逃げてくる撫子に、呆れることはあっても怒ることはしなかった。

今日までは。

昨晩断ったあのナルシスト男は金持ち中の金持ちだったらしく、大きな魚を逃がし、さらに有名な財閥の息子のプライドをズタズタにしたとして、一気にこの世界での活動範囲が狭まったという。

そんなにすごい人だったとはつゆ知らず、撫子はいつものように逃げたのだが、今回ばかりは父の逆鱗に触れてしまった、という。

そして、また今度も近いうちに新しい男性が撫子の元へやってくるだろう。もう今度は断れない。父の様子から見て、恐らくそんな気がする。今度こそ腹を括らなければ私の命が危ないかもしれない。

撫子の母親がそうだったように。

「…どうしたらいいんだろう」

途方に暮れても、反論できる切り札など撫子にはありやしない。こんなとき、好きなモノや、目指しているものが一つでもあれば、「わたしは男を探している場合ではない」と堂々と言えるかもしれない。

しかし、物心ついた時から家の存続のための切り札として教育され、さらに無駄な知識がつかないようにと外の学校にさえ行かせてもらえず、ずっとこの18年間屋敷の中で暮らしてきた撫子に、好きなモノや目標なんていくら考えても思いつくはずがなかった。

でも、嫌なものは嫌なのだ。

自分と全く違う体を自慢げに私に晒し、気持ち悪い目つきでこちらの体を隅々まで見、そして私の体に満足した後、向こうだけ気分が高まったのか、興奮状態で勢いよく押し倒してくる。初めて出会った男から昨晩の男まで全てがほぼ同じような行動をしていたのだった。

そして、どの男も、ろくに話をしていない内面や性格もわからない女でも容姿が良ければ抱けるという共通点があった。性格がいいと思った男も、お世辞が上手い男も、緊張ぎみな男も、内弁慶な男も、大人しい男も、皆。

さて、次の男はどんな輩だろうか。

もう、ため息すら出なくなった。かわりに出てくるのは涙。なにか外に出さなければ落ち着かないのかと、自分の体にツッコミを入れ、撫子から乾いた笑いが漏れた。

そんなとき、縁側に座っていた撫子の後ろから声がした。

「大丈夫?君、泣いてるのか?」

この屋敷では聞きなれない声だった。しかし、男の声と分かるや否や、撫子は裸足だということも忘れ庭に飛び出た。

「誰ですか!!?」

男に対して女は死ぬまで敬語を使えと小さい頃から教えられていた自分の人生が憎い。こんなときまで大嫌いな男に敬語なんて。

「や、ちょ、裸足…」

「気にしないでください!それより貴方なぜこの屋敷へ勝手に入ってきているのですか!不法侵入で訴えますよ!?」

「えっ、いや、不法侵入じゃないよ、俺はただ…」

「こっ、来ないでください!!!」

ふらっと近寄ってきそうになった男に、間髪入れず指摘する。こっちにくるな、と。

震えた声で、自分でもカッコ悪いと思ったが、言わないよりマシだった。

すると目の前の男は、撫子のヒステリックな声に何かを察したように動きをピタリと止め、それから全く動かず、全く何も喋らなくなった。

「…え?」

その行動はまぬけな声をだした撫子には意外なものだった。今までの男は撫子がこういう焦った行動をとると向こうもパニックになるか、怒鳴るか、逆ギレするかだったのに。この男は、ただ、何もしない。

すると、撫子もどうやら落ち着いてきたようだった。

「あ、あの…」

人形のように動かない目の前の男に、撫子は自分の方から喋りかけた。なんとなく、自分の言葉を待っているような気がしたから。

すると、怪しい笑みでもなく、やらしい笑みでもなく、本当に無邪気な笑顔をこちらに向けてきた。下心なんて、まるでないかのような表情だった。

「よかった。落ち着いたみたいだね」

そう言いながらも体の方はまだ人形のように動かない。それに気づいた撫子は、慌てて男に言った。

「あ、ごめんなさい!あ、あの、もう動いていいですよ」

「あっ、ほんと?ふわぁーよかった」

もう少ししてたら筋肉痛になりそうだったよ。と言いながら体を緩めた。

そして男はそのまましゃべり出した。

「紹介が遅れてごめん。俺、緒雪桜っていいます。おゆき、で切って、名前がさくらね」

桜。男にしては珍しい名前だと、まだほんの少し警戒しながら思った。桜は続けた。

「この家のおじいさん…いや、まだおじいさんの言うのは早い感じだったかな…。やけに貫禄のあるどっしり構えたシワの多い男の人に、昨日言われてここに来たんだ。朝10時に来いって言ってたんだけど、インターホン鳴らしたらメイドさんみたいな人が出てい、中に入ってお待ちくださいって言われて…で、長い廊下をウロウロしてたら今に至る」

要件を伝えて早めに誤解を解こうと思ったのだろう。桜は微妙に早口になりながら、今までの経過を話した。

「そのとおり」

いきなり低い声が参加してきた。

声がした廊下の突き当たりを二人が見ると、そこには満足そうに何度も頷く寿一の姿が。

「父は感動している。過去男を前にしてこれまで撫子の言葉のキャッチボールが続いたことはあっただろうか」

「お父さん?これは…」

「あっ、貴方は昨日の!探しましたよ…ってお父さん!?」

撫子は、父の意味有りげな微笑みに引っかかることがあったが、桜はどうやら、撫子がこのシワだらけの男の娘というところに引っかかったようだ。

「娘さんは間違いなく母親似だな」

失礼極まりない言葉を真顔で呟く桜。おいおい父を怒らせると怖いんだぞ、と撫子が口を挟もうとしたら、

「はっはっは!残念だがどちらにも似ていないよ。この子は突然変異で生まれた女神のような子でね」

「!?」

撫子は目にも止まらぬ早さで今度は父の方を見た。父は怒るどころか、笑っている。その上聞いてもいないのに、こんな娘が生まれた経緯を自らペラペラと。

最近は特にピリピリしていて、新人メイドが父の嫌いなオカズを入れただけでも、家は嵐のようにめちゃくちゃになったのに。

何か、嫌な予感がする。

撫子の綺麗なピンク色の頬に一筋の汗がたらり。

そして、父は娘の嫌な予感を現実のものにする。

「桜といったね」

桜の前に一歩、寿一は歩み出た。桜は鈍感なのかなんの予感も感じませぬ、と言った感じで呑気な口調で「はい」と答えた。

次に撫子をちらりと見たあと、「娘の名前は有栖撫子」と、撫子がパニックを起こしてできなかった自己紹介を済まし、桜もそれに答えまたまた呑気に「よろしく」と返事した。

寿一は機嫌よく桜の受け答えにうんうんと頷きながら、なおも続ける。

「桜には、ある仕事をしてもらいたいんだ。君にしか頼めない仕事でね」

そして最後に、寿一はこう言った。

「撫子の男性恐怖症克服の為に、今度お見合いする有名財閥の息子と会うまでの期間、桜で免疫をつけてもらう」

……

………

「「えっっ!?」」

撫子と桜はしばしの沈黙のあと、見事にハモった。

そんな二人を見て、寿一が再び満足そうに頷いたのは、言うまでもない。

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