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撫子の桜  作者: 新庄けい
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出会いの桜

またもや娘がやらかした。

「あそこは大本命だったのに…っ!なんということだ!」

ばんっ、と、後の痛みも考えずパーに開いた両手を机へと振り下ろすこの男は、有栖寿一。一人、自分の書斎で昼間っから閉じこもっていた。案の定手のひらがジンジンしたが、今はそれどころじゃない。それどころじゃないんだ!

我が有栖家は代々莫大な富と地位を得て優雅な暮らしを送ってきた。それもこれも、江戸時代くらいに偉い人に手先の器用さを見込まれた着物屋だったご先祖様のおかげである。今も着物といえば必ず有栖の名が出るほど、有栖家は日本の着物屋の第一人者として先導をきっていたのだ。

そう。だった。

今や着物なんて着る人口も減り、最近では海外のやつらが興味を示しているらしいが、そんなの昔の売り上げに比べたら、全然足りない。

日本人の着物離れによって、我が有栖家は一気に低落し、さらにひいじいちゃんのギャンブル好きも重なり、今では借金まみれとなったのだ。

あぁ、今思い出しても腹が立つあのひぃじじいめ。

寿一はわなわなと震え、今でも多いシワをまだ増やすのかというくらい顔をくしゃっと歪ませた。

しかし。

そんなとき、寿一に救いの手を出したのが、我が娘である撫子である。

撫子は生まれたときから美人で、髪もサラサラ、肌はつやつや、まつげも長くて、おまけにくりりっとした大きな目。寿一とその嫁、たえ子はお世辞にも容姿で褒められるようなものは持ってなかった。なのに、その間に突然変異のように生まれた美人な娘。

寿一はその娘を見て、確信した。

この娘こそ、我が有栖家の女神だと!

顔がよければ得をするという話を聞いたことがある。ならば、美貌に恵まれた娘を使って、他の地位ある家と合併し、この不況を立ちなおそう。そう考えのだ。

撫子は成長する事により美人に育ってくれた。これならどこの家の息子も気に入ってくれるだろう。

その予想は安易に的中した。どの家に娘の写真を見せにいっても首を横に振る者など、一人もいなかった。その話をどこから聞きつけたのか、向こうから話を持ち掛けてくる者もいたくらいだ。

寿一は飛び上がって喜んだ。これで広い屋敷とも離れなくて済む!貧乏生活しなくちゃなんて心配しなくて済む!寿一は他家の脛を齧りまくって過ごせると疑わなかった。

なのに。

あぁまた手を思い切り机に振り下ろしたくなる。

なのに娘ときたら。初めて男と寝ると決まった日、二人きりの部屋から泣きながら飛び出し、家のメイドに助けを求めた。案の定、合併の話なんて引き続きできるわけもなく、ご破綻。

その後も、ご破綻、ご破綻。ご破綻。

それだけでもショックなのに、その上周りの家からは、ただ娘の美貌を見せびらかしたいだけなんじゃないかという噂が出始めてしまったのだ。

そして、今回もご破綻。

「このままでは有栖家は潰れてしまう…」

普通の暮らしなんてやってたまるか。俺は下の者にせっせと働かせてその上でのうのうと生きていきたいのだ。小さい頃から金持ちだった寿一にとって、普通のサラリーマンくらいの年収で生きていくなんて、考えるだけでも吐き気がした。

もうそんなにウチと取り合ってくれる家など無いだろう。今、是非ウチと合併の話を、と息子を差し出してきてくれるウチより財力のある家は残り1つ…。

ならばその一つは、寿一にとって決して逃したくはない魚である。

逃さないためには、どうしたらいいのだろう。

寿一は、本に囲まれた書斎をぐるぐると歩き始めた。

撫子には、なんの話もしないまま男と交わりを強要され、今や男性恐怖症に近いものになりつつある。それは俺が悪いと認めよう。うん。しかし、今はそれを克服するためのものを考えるのだ。反省するより前を向かねば有栖家の未来は危うい。

しかし書斎を3周くらいゆっくりと回っても答えは出てこなかった。

そのとき。

ピンポーン。玄関のチャイムがなった。

む、誰か来た。どうせ宅配便だろう。

メイドが出てくれると思い、そのまま寿一は回り続ける。

ピンポーン。

何をやっているのだメイドは。早く出ろやかましい。

寿一はイライラしながらなおも回り続ける。

ピンポーン。

「っく!」

ついにガマンの限界がきて寿一は回り続けるのをやめた。それから書斎を勢いよく出てドスドスとわざと音を立てて階段を下り、そこでやっと気づく。昨日撫子が男から逃げてメイドのところへ逃げないようにメイドたちには休暇を出していたのだった。

仕方なく寿一がドアを開ける。思いっきり不機嫌な顔で。

すると、目の前にいたのは、不思議な雰囲気を持つ青年だった。

「あっ、すいません、何度も。いつもこの時間帯には出てきてくれるので今日もいるのかな、と」

右手で茶色い髪をポリポリ掻きながら苦笑する青年。歳は撫子と同じくらいだろうか。宅配の緑色の服と帽子を若さと爽やかさで着こなしている。はにかむ笑顔がなんとも素直で清々しい。

いや、それよりも。

「君、男の子かい?」

寿一は目の前にいる、茶髪の青年に問う。

なぜそのような質問をしたのか。

なぜなら寿一の目の前にいるその青年はとても華奢で、男ではなかなかいないくらいの色白だった。肩幅は広くて声も低いっちゃ低いのだが、青年は一瞬女の子かな?と思うくらい綺麗な容姿をしていたのだ。

聞いてから失礼だったと思い直したが、青年はケロッとした様子でカラカラと笑い、こう答えた。

「一応男だけど、女、かな?」

一瞬何を言っているのか分からなかった。

「どういうことだ?」

寿一は聞かずにはいられない。いや、この場合誰だってそう聞き返すだろう。

さらに青年は言う。

「自分の事を男だと思って生まれたけど、体の方は間違えて女の子に生まれてしまった、という感じでしょうか。戸籍上女性ですが、脳科学的には男なんです、僕。でも、貴方が女というのなら女でも構いません。理解できない人は沢山いるので。ちなみに僕は自分の事男と思っていますけれどね」

そういって、またカラカラと陽気に笑う青年。立ち振る舞いも清々しい。

「男なのに…女…」

寿一は親指を顎につけて考えるポーズのまま、青年を見た。頭から足のつま先まで、それはもうゆっくりじっくりと。

そして、さっきの言葉をぶつぶつ繰り返し、ふと何かをひらめいたようにパッと笑った。

「あ、あの?」

さすがの青年も意味不明とばかりにオロオロしている。

「あぁ、すまんすまん。あ、荷物だったな」

思い出したように荷物を受け取る寿一はその間ずっと笑顔だった。

そして青年にこういったのだ。

「明日の午前10時にまたここへきなさい。必ずだ。いいね」

ドアが閉じられる前、青年が何かを言いかけたようだったが、寿一は全く気づいていなかった。

しかし、その青年を寿一は一度で気に入った。


なぜなら、書斎で5周半回っても得られなかったアイデアを、彼を出迎えたことで思いついたのだから。

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