プロローグ
プロローグ
「いやっ!」
どんっ。
不意打ちの顔面グーパンチをよけられるはずもなく無様に後ろへ転んでしまう男。
…しまった。
目の前で、うぼぉぉ、と顔を押さえて呻く男を見て、撫子は心の中でそう呟いた。
ほら、みるみるうちに両手で押さえていた顔が真っ赤になっていく。擬音語で例えるならカンカン。
「きっ…君はなんてことをしてくれたんだ!!!」
ついにキレた男は、撫子の前で仁王立ちし、そう叫んだ。
「経済力もあって顔もイケメンで性格も完璧な僕の何が気に入らなかったんだ!?え?言ってみろ!」
びしぃっと指をさされ、アンサーを求められた撫子は気づかれない程度にため息のような息を吐いた。
プライドを傷つけられこんな風になった男性は、もう手がつけられないということを撫子は知っていたから。だから、何を言っても正解じゃない。いや、一つだけ正解がある。
これから行う行為を撫子が受け入れたなら、それで男は答えを言わなくとも許してくれるのだろう。
しかし。と、撫子は二人の間にある白い布団を見る。
四角形に綺麗にはめ込まれた畳の上にいるのは撫子とこの男と布団だけ。さらに周りは障子で1ミリの隙間もなく閉じられていて、この空間を照らしてくれるのは淡いオレンジ色の炎が灯るロウソクのみ。
そんな場所で血の繋がらない男女がする事と言えば、一つしかない。18歳になる撫子も、この歳になればそりゃ知っている。そして、実際にこの男は撫子とそういう関係になろうと、ここにやってきたのだ。証拠に、白い着物をきているが、その下は何も着ていない。そして、撫子も同じ服装であった。
でも。
撫子は男の体が見えないように俯き、右の手で左の腕をぎゅっと掴んだ。撫子の体は震えていた。
この男は、自分ことを僕なんて呼んで、見るからに好青年を気取っているが、中にある野獣が化けの皮をはがさんとばかり見え隠れしているのだ。さっきから撫子の白く滑らかな肌や、胸を舐めるようにガン見し、谷間から目が動かない。
男は頭に血がのぼりつつも興奮していたのだ。
「…めんなさい…」
もう限界だった。
「ごめんなさい…貴方とは契を交わすことはできません」
体の震えを我慢し、必死に平静を装いながら撫子は言った。丁寧に布団の上で土下座までして。
どうやら冷静に断られ頭に登った血がすーっと降りたのだろう。男はもう何も言わず、乱れた髪と服を直し障子を開けて静かにこう言った。
「お前の父に言っておくんだな。僕の家の遺産分与の話は二度とお前の家には持ち掛けない、と」
踵を返し去っていった座敷に、撫子は一人取り残された。
そして、僅かに開いた障子の外から、月明かりが差し込む。細いくて弱い光だった。
そんな光を見つめながら撫子は今日も思うのだ。
あぁ、また同じ答えしか出せなかった、と。




