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なけよホトトギス

作者: もんちゃん

フィクションです。

そして処女作ですがどうぞ宜しくお願いします。


ーーこれからまた戦が始まる。


私の大好きなあの人も、今また出陣を強いられている。

久坂玄瑞の妻・文は不安な面持ちで彼を見送っている最中だ。


久坂玄瑞。世間にはもう名の知れた武士。


元は藩医の家柄だったが、吉田松陰と出会ってからは彼の思想に惚れ、必死に勉学に励んだのちに松下村塾に入門する。

松下村塾では高杉晋作や吉田稔麿、入江九一らと共に松門四天王と呼ばれ、今となってはこの長州における尊王攘夷の中心人物とまで成り上がっていた。



そんな久坂にある日、師である吉田松陰は自分の妹である文との縁談を持ちかけた。


久坂は断る理由も無く、それを受けた。


しかし文は納得など出来なかった。

当時は好きな男がいたのである。


だから彼女、兄の命令と言えどこればかりは受けられない、と頑固にこれを断り続けた。


と、このようなところは全く兄に似ていなかったのだが、結局二人は松陰から問答無用に夫婦にされてしまう。


この時の文の怒り用は測りしれなかったが、しかし今となってはそれはそれで、お互い仕方のなかった運命だと思っている。


それにもはや現在の文など久坂にベタ惚れで、高身長のわりに家にこもって絵を描く姿など、いつしか惹かれるところばかりだということにも気がつかされている。


対し、久坂も文の茶目っ気に癒しを感じ、いつからか周囲からは「おしどり夫婦」と呼ばれるまでになっていた。

文はいつも久坂の健康を考えていたし、久坂も彼なりに文をいたわっていた。




ある年の正月、文は次の戦の準備があるというのに久坂が知り合いの家で餅を三十もたいらげたという噂を耳にした。

家の女が理由を尋ねれば「もうすぐ京へ行く俺は生きて帰らないつもりなんだ」と答えたらしい。



これがもし本当のことなら・・・。


嫌な予感が脳裏をよぎった。



しかし久しぶりに家に帰ってきた久坂に、文はそんなことを聞けなかった。


彼はすぐ戦に出る。それまでの少ない時間、二人で悠々と過ごしたかったからである。



そしてあっという間に京へ向かう日となり、楽しい日々だったにも関わらず文は何も聞けないまま、彼を見送ることとなった。



「・・・またな、文」

彼はきまって同じくそう言って、あっけなく家を出た。


「玄瑞殿・・・・!」


「ーーなんだ」

久坂は脚を止め、驚いたように振り返る。


「・・・帰って来てください。必ず」



すると彼はそっと文に歩み寄ると、六尺にもなる身体を低くして彼女の頭をやんわりと撫でた。


「ーーー文」


「・・・はい。」


「武士には武士の生き様がある。

今日ばかりは、しかとしめやかに送り出してくれ。」

久坂は言葉少なに微笑んだ。


その優しい眼差しの中には、何かを案ずるようなものがある。


「はい・・・。いってらっしゃいませ」


文は例えようのない気持ちで頭を下げ、その彼の遠くなる背中をただひたすらに見送るしかなかったのだった。


心の底の霧は晴れない。だが、また帰ってくることを信じるしかなかった。




ーーーそれから数ヶ月後。


文の元に、久坂玄瑞が京都で自刃したとの知らせが舞い込んで来た。


家の者たちが戸惑う中、文は何を思い立ったのか、即座に家を飛び出した。


意思のないまま、ひたすら駆けた。


そして河原を駆け抜けてちょうどたどり着いたのが、文は久坂とのお気に入りの場所だった。


文が久坂の妻となると誓った場所であり、毎年のように二人月見にやって来ては思い出を残していた場所である。



夕暮れ時だった。

赤く染まった草原一面に生い茂ったススキたちは、真っ白な尾を一斉になびかせている。


文はとっさに、懐に締まっていた一枚の和紙を取り出すと、空へ向かって広げた。


そこには玄瑞が描いた、月とホトトギスの絵が浮かび上がっている。


この絵は、彼が京へ向かった後、書斎から見つかったものだ。


まるで、文へと描かれたもののようだった。



「ーー玄瑞殿」


彼との思い出を思い出せば出すほど、心の底から湧いてくるものが、雫となって文の頬を伝う。


彼はもう戻っては来ない。


しかし、だからこそこの絵が、彼の生きていた証拠となる。右隅にはしっかりと己の生きた印が残されていた。


ホトトギス

血に鳴く声は有明の

月より他に知る人ぞなき




「ーーーホトトギスは貴方。月は私なのでしょうか。」



文は、血を吐いて地に倒れる久坂の姿を思い浮かべた。


痛々しかったが、最後の最後まで、彼は私のことを想ってくれていたのだろう。



『ーーー月より他に知る人ぞなき。


文よ・・・・約束を果たせず、すまなかった。』


そんな声が、今にもススキの間から聞こえるような気がしてならなかった。



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