第2話『友引』
スキルやステータス等を知った翌朝、ショウヤはいつも通りにゴブリン狩りに出ていた。
《身体強化》や《剣術》は鍛えれば強くなり易いスキルだが、ショウヤの赤貧度合いは緊迫している。鍛錬に時間を割いてメシ代稼ぎを後回しにするのは、遠回しな自殺と変わらない。
「せっかくスキルって使えそうな物が判明したのに、なんだこの負のループ。生きる為にも鍛える為にも金、金、金、とは嫌になるな。それに《身体強化》は筋トレで良いとして、《剣術》は自力では無理ときた」
ショウヤはオットーから貰った剣を竹刀等とイメージして無造作に振るう。色々と模索して振るも、素人に毛が生えた程度と自覚していた。
(そもそも剣道なんて小学生の頃にしてただけだし、ケンカで物を使ったことも無いに等しい……自己練の仕方がわからん)
ショウヤが行う普段のゴブリン狩りは落とし穴や、草を結ぶといった手軽な罠で足止めした際に石と棒で仕留める。しかし今回は小細工無しの一対一を行っていた。
今までの経験で1体なら命の危険は無いと判断したからだ。
もっとも数体の集団で行動するゴブリンを罠に掛け、残りの3体は死体として転がっているが。
「オマエ、コロス。ミンナ、シンダ」
「今まで威嚇の叫び声か断末魔しか聞いてなかったから、まともな言葉を聞いたのは何気に初めてだな。しっかし《威圧》は発動してるのか? 怯えた様子は全く無いけど」
「シネ!」
ゴブリンが錆びたナイフを棒に括り付けただけの簡易な槍を突き出し、ショウヤへ突進してくる。
それをショウヤは油断無く対処する。
剣で穂先を巻き上げ、ゴブリンの体勢を崩して、上げだ剣をそのままゴブリンの首筋に叩き付けた。
ゴブリンの恐ろしさは集団の暴力だ。20体前後のゴブリンが一つの農村を滅ぼしたとショウヤは聞いた事がある。
しかし、固体として見れば刃物を持った子供程度だ。
同じく刃物を持ち、体格では勝り、小細工や悪知恵では負けるつもりはないショウヤに危機感は湧かない。
それにゴブリンは男を殺し、女は連れ去って繁栄の種床にする。人間、亜人、獣人に問わず人類の敵と言える。
「欲望の塊すぎるだろ、お前等。うらやま……けしからん! 正義の名の下なんて胡散臭い事は言わねぇから、剣の練習相手兼メシ代として右耳置いて死んどけ」
首筋から剣を抜いて、腹を蹴り上げる。
蹴られたゴブリンは真後ろに倒れ、動かなくなった。
《身体強化》は寝る前に筋トレをする事で鍛錬とするつもりだが、ショウヤの《剣術》に関する知識は幼い頃に齧った程度で無いに等しい。
自己鍛錬の仕方も、教えてくれそうな剣士も知らない。
もし、習うとしても雇う金などショウヤには無い。そして冒険者ギルドというブラックな組織が初心者育成等のボランティアをするはずが無い。
「ならばどうするか。俺の命は一つだけだから、少年マンガの主人公のように強敵相手の実戦で鍛えるなんて事はしない。安全を確保したザコ相手の実戦で鍛える。これしかない」
ショウヤは胸を張って言い切る。
当然、周りに人影が無いのは確認済みだ。
ショウヤ自身、情けないと思ってはいるが、これしか思い付く手が無い以上、やるしかない。
堂々と宣言する事で、情けなさを紛らわす心積もりだった。
ひとしきり大見得を切って満足したのか、ショウヤはゴブリンの死体から右耳を剥ぎ取る。
この4体を含めて8個の耳を今持っている。
剣という決定打が無い時は、足止めした際に石や棒でチマチマと攻撃して逃げるのヒット&アウェイを繰り返したり、足止めの罠を大量に作ったりと時間が掛かっていた。
「剣があれば楽だな。一撃さえ急所に当たれば終わりなんだから。似非バーバリアンスタイルの効率の悪さを実感した。今は昼ぐらいか、……腹が減ったな。パンとエールは持って来たけど、エンダルに帰って食うか。最低限必要な額は稼いだし」
そういえば昼のエンダルを堪能するのは初めてか、とショウヤは思う。
最初の3日は空腹で錯乱していたと言えるし、それからは夕方までゴブリン狩りを繰り返す日々だ。
エンダルといえば夜の歓楽街をイメージするショウヤだが、昼なら違う顔を見ることが出来るだろう。
ショウヤは銅貨が入った革袋とは別の革袋を見る。
ゴブリンの耳が入っている袋だ。
昨日までは一日掛かって7体前後を狩っていたが、今日は朝の間だけで8体。
調子に乗るのは命取りと理解しているが、ショウヤの頬は緩む。
(最低限のメシ代を稼いで昼には街に戻る。まだFランクの銅だが、冒険者が板に付いて来たんじゃねえの。スキルは有効活用出来て無いが、オットーのオッサン様々だな)
金を稼ぐだけなら冒険者にならずとも、鹿や兎等の食用の動物を狩れば良い。
だがゴブリン等の人間を襲う魔物以外の野生動物は、基本的に人間を見れば逃げる。それは異世界も同じだ。逃げないのはゴブリンより凶暴な肉食動物だけ。
ショウヤには逃げる獲物を狩る技術も知識も無い。
だからこそ逃げないゴブリンを狩る冒険者になっただけで、狩人の真似事が出来るのなら態々命懸けの冒険者にはならない。
しかし、成果が現れれば心情が変わってくる。
ニヤニヤした笑顔のまま城門を潜り、エンダルに入る。
昼のエンダルは朝よりも人通りが激しく、夜よりも冒険者の姿が少ない。
活気はあるが、夜の歓楽街に比べると落ち着いた印象を受ける。
一週間気になっていた露天にショウヤは足を向けた。
(朝に銅貨40枚稼げたんだ。残り半日で倍に出来るはず。記念すべき日として、肉串を! 肉汁溢れる肉を!! そうだ、肉ぐらい買って良いはず。大丈夫、今日までのジリ貧生活とは一線を画した)
犬か狼かはショウヤに見分けはつかないが、店主の獣人に声を掛ける。
昨日までは恨めしく思っていたが、笑顔で接することが出来た。
「店主、串を一本くれ。大きいのを選んでくれよ」
「お、おう。アンちゃん、今日は機嫌が良いな。いつもは目付きの悪い顔で歩いているのに」
「見られてたのか、恥ずかしいな。目付きが悪いのは生まれ付きだが、生活の基盤が固まり出したから、機嫌が良いのは当たってるぞ」
ショウヤの後に並ぶ客は居ないので、しばらく店主と談笑する。
当然、肉串は慌てて食べないで、ゆっくりと噛み締めてだ。
この獣人は狼の獣人だったらしく、ショウヤが犬かと聞けば不機嫌そうに否定していた。
「俺らワーウルフは狩りが得意だからな、兄貴と狩りに出て鹿とかを獲ってる。肉や毛皮を商人ギルドに卸すのが兄貴の仕事で、余った肉を売りさばくのが俺の仕事だ」
「狩りが得意なのは羨ましいな。一度、鹿を獲ろうとしたが逃げられた。アイツらマジで足が速いよな。おかげで俺はゴブリン狩りの日々さ」
「人族が鹿に追いつくのは難しいだろう。だが、俺らは追いついて仕留めるんだぜ」
自信満々にワーウルフが言う。
ショウヤはチーターの獣人を見たことは無いので居るかどうか知らないが、ライオンと虎の獣人なら見た事がある。二種族とも毛皮でハッキリとはしないが、筋肉が発達していた。
それに比べ、ワーウルフはシャープな体躯をしている。
生まれながらの走者という奴なのだろう。
「そこに狩りや走りのスキルを持たれちゃ、俺ら人間では適わねぇな」
「その代わりと言っちゃあなんだが、良い肉を手に入れて客に売るのが俺さ。また食いたくなった来てくれよな」
うん、確かに美味かった。と思いながらショウヤは露天から離れる。
毎晩楽しみにしているベーコンサンドは量は多いが、肝心のベーコンが硬いうえに何の肉か分からないシロモノだ。陰気なドワーフにも、ショウヤは聞くのが怖く問うことを戸惑っていた。
(それでも肉が食いたいからな。これからはココを晩飯にしようかな?)
肉串1本で銅貨5枚、値段分の味はある。だが腹を満たすには3本は必要……、と悩みながらショウヤは冒険者ギルドへ向かう。
大通りへ向き返った時、正面から衝撃を受けた。
ショウヤより背丈が少し低い少年がぶつかって来たのだ。
170位ある身長だが、顔が幼く見えるので14、5歳だろうとショウヤは思う。
(さすが外国人。いや異世界だから日本人と比較するのは間違ってるか……)
「俺も不注意だったが、危ないぞ。ゆっくり歩いた方が良い」
「……ゴメンよ」
少年は一言謝ると背を向け、人波に消えていった。
(来た方向に戻るとは、なんだ? ……あっ!)
まさかと思いつつもショウヤは服を探るが、無い。
革袋が2つともだ。
瞬間。ショウヤの脳裏にこれまでの苦労が走馬灯のように流れる。
傷だらけの初戦。
罠を苦労してしかけるも、効果がなかった日。
木の棒が折れ、危うくナイフで刺されそうになった日。
3体だと思って気を抜いた時に、背後から2体が襲って来た日。
そして少しずつだが、貯めてきた銅貨。
(ふざけるな!!)
ショウヤは駆け出す。
スリ少年の服装は薄汚れたボロ服の上下、多分ストリートチルドレンだろうが哀れみなど感じ無い。
当たり前だ、ショウヤも似たような者なのだから。
(1発殴らないと気が済まない)
人波に紛れてから走って逃げたのだろう。見つからない。
ショウヤは路地を覗きながら大通りを走る。
自分なら路地に身を隠し、やり過ごす。ショウヤはそう考え、近場に隠れているだろうと山を張る。
居た。
路地に置かれた洋樽の影が不自然に動くのをショウヤは見つけた。
また逃げられると面倒なので、音を立てずに近づく。
上から覗き見て確認すると、あの少年だ。
少年はショウヤを見ると立ち上がり、逃げようとするが、ショウヤは樽を蹴り飛ばし少年に当てる。
木製の樽は空でも重いので、少年は尻餅をついた。
ショウヤはすかさず回り込み、少年の足首を踏みつけ足を封じる。
「ぎゃあ!」
「まずは俺からスッた物を出そうか」
「……りょ……了解っす。だ、出すんで、足を退けて欲しいっす」
「ん? なんだって? 声が小さくて聞こえないなー」
足を退けたら逃げそうなのに、退けるマヌケは居ない。
ショウヤは手を耳にあて聞こえないフリをしながら、前のめりになり体重を掛ける。
「ぎゃあああ!! 痛い! 重い! はい、今出した。出したから!!」
「うん。2つとも中身は無事だな」
ショウヤは返された革袋の紐を解き、中を確認する。
当然、足は退けない。
「あ、あの。少しは軽くなったんすけど、アタシは退けて欲しいと……」
「ん? 女みたいにアタシなんて言うんだな、お前。その年でカマか?」
「カマじゃないっす。間違いなく女っす。」
ショウヤは女だと言うスリ少年の容姿を見る。
本来は濃いカーマイン色なのだろうが、汚れてくすんだ短い赤髪。
冷静そうな切れ長のツリ目を除けば、中性的な顔立ちなので、女だと言われれば男女の区別は付かなくなる相貌。
体付きはブカブカなボロ服を着ているので、判断が付かない。
ショウヤはスリ少年の首を鷲掴む。
「ひっ! ほ、本当っす。嘘なんて言ってないっすよ」
「いや、別にお前が少年だろうが少女だろうが、どうでもいい。喉仏は……たしかに出てないな。で、お前は何でこんなことをした? ……は聞かなくても分かるが。いくら金が無いからってスリは無いな。捕まり易いだろ」
「エンダルに来て3年すけど、たしかに知ってる顔は減ったっす。でも、他に如何しようも無く。村で口減らしにあってからエンダルに来て。ただの村娘だったので戦闘の経験なんて無く、冒険者なんて出来ないっすし。体を売るのは嫌だったので、スリでなんとか飢えを凌ぐしか……」
今までかけた脅しが効き過ぎたのか、スリ少女は命乞いのような表情で身の上話しと御涙頂戴話しを始めたが、ショウヤにとって自分から有り金をスッた相手の身の上など、心に響かなかった。
「じゃあ《ステータス》を出そうか」
「え? なんで《ステータス》を出さないといけないんすか?」
「お前が使えそうなら衛兵には突き出さないし、ダメなら大人しく身綺麗になってこい」
「使うってなんすか! い、嫌っすよ!!」
「腕で胸を隠すな……。誰がお前みたいな、埃まみれのガキに欲情するかよ。クールっぽい外見はホントに詐欺だな……」
長々とした身の上話しに飽きてきたショウヤは、話しを遮って用件を言う。
すると何を勘違いしたのか、初めて女らしい仕草で拒絶の態度を取った少女にショウヤは溜息を吐いた。
もし《剣術》のスキルを少女が持っていたら、合稽古のような形で役に立つと考えたからなのだが、襲われると思ったらしい。
「路地の陰に居るからって安心して騒いでると衛兵が来るぞ。そうなったら困るだろ? もし衛兵に対して俺に乱暴されたとか言う魂胆なら、今ここで楽にしてやるが? 運良く人影が無いしな」
ギャーギャーと煩かったのでショウヤが優しく問いかけると、大人しく少女はステータスを表示した。
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名前:ジル
種族:人間
信仰:豊穣神アシュテレ
加護:
身体力:2
スキル:《槍術》
―――――――――――――――
「ジル、歳は?」
「……17っす」
「2こ下かよ。まぁ、良く考えれば、こっちでも女でその背丈は長身の部類だわな。ガキでは無いか」
「ガ、ガキじゃ無かったら……」
「安心しろ。明らかに風呂に入ってないだろう臭いを放つ女に欲情はしない」
「ぐっ、今のは女として傷ついたっす。でも、それなら良いっす」
さて、とショウヤは考える。
ジルのスキルは《剣術》では無いが《槍術》だ。
居ないよりマシだろう。
それに上手くいけば、より稼げるかもしれない。
後はジルが今の生活に満足してなければ、誘導できる。
「《槍術》があるのに冒険者にならないのは、身体力が2では重い槍を持って長時間戦えないからで。慣れない戦闘よりスリの方が手軽だが、カモを見つけるのに時間が掛かりスキルや身体力を鍛える時間が無い。で合ってるか? ついでに言うと、俺からスッたのは能天気な顔で肉を頬張っていたから、トロいカモだと思ったんだろ」
「《槍術》なんてスキルがあったせいで、口減らしの候補になったんす。冒険者として生きていけるだろう、なんて無責任なこと言われて。それからの悪循環はその通りっす。兄さんからスッた理由も、その通りぃいい痛だだだぁ!! 怒るなら自分から言わないで欲しいっす!」
「はぁ、なんか疲れるな……。次の話しだ、ジル。お前はこの生活から抜け出したくないか? 例え手を汚すにしろスリなんて上がりの少ない仕事は飽きただろ?」
ショウヤは銅貨の入った革袋を逆さにし、銅貨を地面に落とす。
チャラチャラと落ちる銅貨は19枚だけだ。
「お前はたった19枚の銅貨程度の理由で、俺に踏まれてるんだ。嫌になるだろ? 俺はお前と同じような貧乏人だが、今の生活はもう沢山だ。俺の手助けをするなら、身体力と《槍術》を鍛えてやる。手を貸さないか?」
「……アタシを奴隷商に売るのが手助けだ。とかじゃ無く?」
「とかじゃ無く」
「じゃあ、何をすれば?」
「まずは俺の《剣術》とジルの《槍術》を鍛える為に合稽古だな。俺も詳しくは知らないが、剣術は武芸百般に通ずって言葉があるくらいだ。剣道の足運びや体運び程度なら覚えてるし、多分《槍術》にも代用出来るだろう。それに続ける事で身体力も上がるしな」
「アタシを鍛えて冒険者のパーティーに入れるんすか?」
ショウヤが首に提げているプレートを見て、冒険者だと分かったらしいが、ジルは疑わしい目でショウヤを見る。
疑って当然だ。
ジルにとっては今までの悪循環が消え鍛える事が出来るが、スリをしないのなら収入が無くなる。
ショウヤにとっても、仕事の時間が減り、収入が減る。
貧乏な二人がますます貧乏になるだけだ。
しかも、二人の間に信頼関係など無い。
「信頼なんて無くてかまわん」
「へ?」
「永遠に組む必要なんて無いし、やるのは命懸けの討伐依頼でもない。ゴブリンなんぞ集団行動が怖いだけのザコだ。命が懸かってないのに信頼なんて無くて良い。金の付き合いだけで十分だ」
「それはそれで夢が無いっす」
「激しく俺も同意するが、夢は金でしか買えんらしいぞ。少なくとも歓楽街で豪遊するには金がいる。だが、二人いればゴブリン狩り以上の依頼もいつかは出来るだろうし、金の為なら俺からスッたふてぇ野郎でも有効利用するぞ、俺は!」
「最低な発言を叫ばないで欲しいっす……」
ジルはスッたふてぇ野郎という件は聞き流して、俗欲に浸かったショウヤをジト目で見る。
元から切れ長ツリ目なので迫力ある顔になるがショウヤは怯まない。
「ハンッ、こんなクソッタレな世界に居るんだ。快楽を求めないで正気を保てるか」
「まあ、良いっす。アタシには関係ない事なんで。でも、アタシに実戦させるとか無理があると思うんすよ。」
今までに戦闘を経験したことが無いからだろう、ジルは怯えた表情で自信無く言う。
だが、ショウヤは一笑に付した。
「だったら昼メシを食ってから、訓練だと思ってゴブリン狩りに付いて来い。初めてでビビるのは分かるが、案外何とかなるぞ」
「い、嫌だと言ったら?」
「死体を引きずって衛兵の詰め所に行ったら俺が捕まるが、この世界じゃ腕一本ぐらいなら緊急逮捕の許容範囲だろな」
「ちょ、怖っ! 何言ってんすか!」
「冗談、冗談。この剣は手に入れたばかりで、切れ味も中々だから骨を斬って鈍らすには惜しいよ。……肉を削ぐ位なら鈍らないけどな」
「うぅ~、了解っす。本当に《槍術》や身体力が向上するなら道が開けそうな気がするんで、今は大人しく従うっす」
「じゃあ、メシを食う前に槍か棍を買いに行くか。オッサンの店にも一度行ってみたかったしな」
ショウヤはジルを連れて大通りに戻り、南に進む。
オットーの店の場所は昨日聞いていたので、迷いなく歩く。
エンダルの城壁は一重だけだが、街内には区画がある。
中央にある代官の小城を中心に貴族や高官、富豪が住む中央区画。
街の北側は冒険者ギルドや歓楽街、そして食堂や宿が多くあり人の出入が激しい北区画。
南側は商人ギルドや商店街、倉庫街、領軍の駐屯地があり治安が良い南区画。
西側と東側は大通りに面しては無いうえ、衛兵の詰め所が少なく治安が最も悪い。ショウヤが寝泊りしている『錆びた剣と釘』も西区画北と呼ばれる場所にある。
オットーが経営する『サンドル武器店』は南区画にあるので、一度中央区画の傍を通らなければならない。
「中央区画の周りを円状の道が通っているから、お高くとまってる御貴族様方の屋敷前を通らずに済むが、胸糞悪ぃな。何かされたって訳じゃ無いが、大金を持ってる奴は敵に見える」
「完全に僻みっすね。アタシなんか叩けば埃が出る身分なんで、辺りを巡回してる衛兵が怖くて仕方がないっすよ」
「今まで顔バレはしてないんだろ? なら大丈夫だ」
「ハッキリと顔を見られたのは兄さんが初めてっす。だけど、兄さんのような目立つ格好をした人の横を歩いてるとコッチまで目立って、アタシを見る視線まで多いっすよ……」
「ショウヤだ。臭い妹を持った覚えは無い、ショウヤと呼べ。それより目立つか? 俺の格好」
ショウヤは自身の服装を見る。
カジュアルシャツにチノパン、ハーフブーツといった日本にいた頃の普段着だ。
「臭いのは服を洗っていないショウヤさんも同じっす。後、その服装の印象は冒険者の真似事をしてるボンボンっすね。見かけない服だし、造りが細かいんで金が掛かってるんじゃ? …………目付きが悪く、洗ってない服を着てるボンボンなんて居ないのに。なんでアタシは手を出したのか……結局、銅貨19枚って」
「川で水浴びするついでに服も洗ってるぞ。多分、乾くのを待たないで着てるのが原因だな。それと、ゴブリンの耳が8枚あるから合計で銅貨59枚だ」
ショウヤは自身の服装が、金掛かってるように見えるのかと改めて見る。
(詐欺っぽいが、当面の資金に出来るかもな……)
「ジル、俺の服はどれだけ臭う? 眉をしかめる程じゃ無いだろ?」
「そりゃ貴族じゃ無い限り、まったく臭わない服なんて着ないでしょうし。戦闘職の冒険者なら、その程度普通なんじゃ」
「よし。目的の武器屋に行く前に寄り道するぞ」
ショウヤはニヤニヤと笑い、ジルに話しかける。
対するジルは不気味な笑顔のショウヤに引いてしまい、不安げに冷汗を流した。
お読みいただき、ありがとうございます。
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異世界の言語に対する設定を変更しました。
『日本語では無くショウヤの知らない文字だが、書けずとも読める。異世界の言語に困らずに済んでいるので、ショウヤはその現象に感謝していた。』
という文章を1話の中程に加筆致しました。
混乱を招く事をして、申し訳ありません。