第1話『異世界』
「ゴブリンの右耳7枚なので、銅貨35枚です。……はい。次の方」
ショウヤは冒険者ギルドの受付嬢から銅貨35枚を受け取り、カウンターから離れる。
硬貨を入れた革袋はかさ張るが、バッグ等は持ってないので無理やりズボンのポケットに入れた。
(銅貨1枚で安いパンが1個買えるから、100円として日給3500円? 命掛けでこれじゃあ、日本なら労働基準法違反だろ)
溜息を吐き、ショウヤはこの異世界漂流の7日前を思う。
日本で暢気な大学生をしていたが、図書館で寝てしまったのが運の尽きだった。
起きれば中世ヨーロッパを思わせる街の路地。
携帯や財布等の小物類は一切無く、着の身着の儘この異世界に放り出された形だ。
混乱と不安から夢だと願ったが、激しい空腹により現実だと思い知らされた。
(しかも、あのパン小さい上に硬いんだよな。いつか歯が欠けるかも……。柔らかいパンは銅貨5枚するから勿体なくて買えないし。…………そもそも、魔法があるファンタジーな世界なら、何でテンプレ通りに街のお手伝い依頼が無いんだよ! 冒険者の依頼全てが討伐じゃねえか!! お蔭で金がねぇ……)
ショウヤは金欠具合にイライラしながら冒険者ギルドを出て、石畳の大通りを進む。
露店から時折匂う肉の香りに誘われそうになるが、無い袖は触れない。購入する客を恨めしそうに睨みたくなるのを我慢して、黙々と歩く。
今日、ショウヤが買い取って貰ったのはゴブリンの討伐証明部位である右耳7枚。
この街を含む領地を統治している貴族が、領内の魔物を間引く為に冒険者ギルドへ委託している依頼がある。その中で、最も弱い魔物がゴブリンだ。
強い魔物が出ると貴族の領軍が討伐にいくが、数多くいる主な魔物までは手に負えず冒険者に任せていると、寝床として使っている酒場でショウヤは常連客のオッサンから聞いていた。
ゴブリンは弱い。そう言うが、日本の現代っ子であるショウヤにとっては命掛けだ。
しかも人間に似ている生き物を殺すというのも最初は戸惑った。
しかし、この世界では倫理観など腹の足しにもならないと、ここに迷い込んだ最初の3日間でショウヤは身をもって知っていた。
1日目に突然の異世界に混乱しながらも空腹を覚え、魚を獲ろうと街を出て川に行くが、初めてゴブリンと遭遇。そして襲われるまま街まで逃げ帰り、腹を空かせたまま初日を終える。
2日目は冒険者ギルドを発見するも、討伐依頼しか無く。街の外は命懸けだと初日に知ったので、とりあえず情報収集だけを行い、死に掛けるのは嫌だとその日も空腹で終わる。
そして3日目。そうなってくると街で見かける獣の顔と毛皮を持った獣人が、ショウヤには肉に見えてくるのだ。
犬や狼の獣人を見ると『時代小説で赤犬は美味いってセリフがあったな』と思い出し、猫や兎の獣人を見ると『昔の三味線って猫の皮を使ってるんだよな、なら剥いだ後の肉は食ってたんだろ? 兎は普通に食えそうだ』と生唾を飲み込む。
牛の獣人であるミノタウロスは筋骨隆々な大きい体躯で、殴り合えば簡単にショウヤは倒されそうだが、そんな事には思考が回らずステーキにしか見えなかった。
このままでは衛兵に捕まるような事をしでかしてしまうと、ショウヤは街を出る。初日に考えた川で魚を獲る事にチャレンジしようとするも、またゴブリンに出くわした。
全部で3体おり、手には棍棒。身長は60センチ位の緑色の体で、顔は醜く声も汚い。そんなゴブリンの威嚇する姿は、平和な土地の住人なら恐怖の対象だろう。
だが情報収集の際、ゴブリンの右耳1つで安いパンが5個買えると知っていたショウヤには、ゴブリンの右耳がパンに見えた。
そこから先の記憶はショウヤには無いが、我に返ると痣やひっかき傷が多数付いた姿で、ゴブリン3体を引きずったまま街の城門前に居たのだ。
それから城門を守る衛兵に剣を借りて右耳を剥ぎ取り、やっと食事にありつけた過去がある。それからは、自分が生きる為の殺生なら戸惑いを持たなくなった。
「生水はヤバイらしいから度数の低いエールを1日3本として銅貨15枚、朝昼にパンを4個ずつ食うから8枚、晩メシには少しでも肉が食いたいからベーコンサンドで8枚。計銅貨31枚で今日の貯蓄は4枚か、…………この世界の治安の悪さが理解出来るな。俺も染まるべきか?」
「なに物騒なこと呟いてやがる。まあ、もしそうなっても俺がふん縛ってやるから安心しな」
ショウヤが最後の一線を越えるべきか悩んでいると、背後から声を掛けられる。
聞かれた内容が内容なのでバツの悪さを感じながら振り返ると、そこには酒場の常連客であるオッサンが苦笑いをしながらショウヤを見ていた。
「なんだオッサンか、驚かさないでくれよ」
「だから俺はオッサンじゃない、オットー・サンドルだ。それより衛兵達の中でお前は話題の一つになっているらしいから、冗談でも厄介の種を撒かない方がいいぞ」
もしかしたら衛兵に聞かれたんじゃないかと冷汗を流したショウヤだが、相手がオットーだと分かると安心して軽口を叩く。
サンドルと苗字を名乗っているが貴族ではなく、元冒険者の商人だ。苗字は箔の為に金を払って名乗っていると、ショウヤは聞いていた。
実際、ショウヤが利用している酒場は場末の店で、そこの常連をしているオットーは大身では無いのだろうとも思う。
ショウヤが『苗字の為に使う金があるのなら、もっと良い店で飲めるだろ?』と聞いたことがあるが、『騒がしい店は性に合わなくてな』と枯れた返事を返したことがあるので、行こうと思えば良い店を使える小金は持っているかもしれないが。
「俺が話題ってなんだよ。まだ何もしてないぞ」
「話題と言ってもマークされてるとかじゃ無い。笑い話しの方だ。数日前、素手でゴブリンを殺して、傷だらけの姿のまま死体を引きずって帰って来ただろ? しかも刃物を持って無いときた。街に蛮族の子供が住んでるって噂だ」
(子供って顔じゃ無いんだが、日本人は童顔に見えるって話しは本当なんだな。それに、悪目立ちするのも都合が悪い)
異世界人だと公言するつもりの無いショウヤは、悪目立ちするのを嫌に思った。
「ははは、そんな顔するな。剣を貸したっていう衛兵も盛って話してるから、黒髪で顔に刺青をした毛皮の服のガキって内容だ。お前を見てそうだとは誰も思わんよ」
「じゃあ何でオッサンは分かったんだ?」
「元冒険者だから顔見知りが多くてな、今日その衛兵と話す機会があった。俺はお前を知っていたからピンと来たんだよ。初めて酒場で見かけた時に、痣や傷があったのを覚えているからな。……あぁ、言っておくが顔見知りが多いからといって、仕事や誰かを紹介したりはしないぞ。一度やるとキリが無いしな」
さも可笑しそうに笑うオットーを見てショウヤは『この野朗』と思うも、気にかけて話しかけてくれる優しさはあるが区別すべき所は区別する姿に、『俺みたいな奴が多いんだな』と、この世界の貧困の辛さを感じた。
予定を聞くと思った通りの答えだったので、ショウヤはオットーと共に酒場への道を歩く。
この街はラザルス王国のスペルビア伯爵領にある街の一つで、エンダルという。
治めるのは代官だが、小城を中心に広がる街を城壁が囲み、二万人が暮らす大きな街だ。南北にある城門から大通りが伸び、その街を縦断している。
ショウヤが目指しているのは北の大通りにある歓楽街だ。
といっても目指す酒場は表に面した高級な店ではなく、小道が入り組んだ路地の先にあるボロい店だが。
夕刻を迎えたこの時間に歓楽街の表通りに来ると、ショウヤは異世界という実感を強く感じる。
喧騒は日本のそれと似ているが、この世界の法律は緩いらしく、一山当てたらしい冒険者のグループが店先で酒樽の風呂に浸かって騒いでいたり、太った商人風の男が鎖に繋いだ奴隷男を引き連れて高級娼館に入っていったり、きわどい格好の人間の娼婦がサービス溢れる半本番な客引きをライオンの獣人にしかけていたりと、日本にいた頃には目に出来ない景色が広がっている。
特に二番目の商人がやるだろうプレイ内容はショウヤには想像も出来ない。
(ホモなら娼館には行かないで自宅でするだろうし、何をやるんだ? 娼婦を買うとしても2対1より1対2の方が良いだろ。奴隷を何に使うんだ?)
冷めた気持ちで観察すると呆れるような光景だが、ショウヤには皆楽しそうに見えた。
地球にも死が身近にある国や地域はあるが、この世界には人間より強大なドラゴンや魔族といった魔物が存在するのだ。
明日死ぬかもしれない人生に身を置く異世界の住人にとって、娯楽とは渋る物ではなく、ハメを外して磨り減った心を慰めるのに重要な要素なのだろう。
もっとも、ショウヤのように金の無い者には無縁の物だが。
そこまで考えるとショウヤは悔しそうな顔をするが、なけなしの矜持を動員して素知らぬ顔を作り胸を張る。
いつかはこの乱痴気騒ぎに加わって、異世界を堪能してやろうと思いながらショウヤは路地に入った。
進むにつれて喧騒が薄れ、すえた臭いが微かに漂う。
これ以上この臭いを嗅ぐと、酒など飲めないと思う頃にあるのが『錆びた剣と釘』と看板に書かれた酒場だ。
日本語では無くショウヤの知らない文字だが、書けずとも読める。
異世界の言語に困らずに済んでいるので、ショウヤはその現象に感謝していた。
年老いたドワーフが店主をしているが、この街で一番陰気なドワーフはコイツだとショウヤは思っている。
1週間の間にショウヤが会った他のドワーフは職人肌をしたイメージ通りの性格だったが、ここの店主は暗い表情で言葉にも元気がない。
理由は知らないが、そのおかげで一晩居座っても何も言わないので、都合が良い事この上ないとショウヤは思っていた。
「しかしお前、何も言われないからって良い根性してるな」
店に入り、ショウヤが軽く店主に挨拶してからイスに座ると、テーブルを挟んで向かいに座ったオットーが皮肉を放つ。どうやらオットーもショウヤと同じ事を考えていたらしい。
「宿に泊まると飯無しで一泊銅貨10枚するんだろ? 体を洗うのなら街を出て川に行けば水浴び出来るし、寝るならここのイスで十分だ。いつまでもこのままは嫌だが、今は仕方が無い」
「バカ。10枚は連れ込み宿の最低額だ、ドアには鍵が無いし湯も出てこない。普通の宿なら安くても30枚が相場だな」
ショウヤは肘をテーブルに付きガクッと項垂れる。
また一つまともな生活から遠のいた気分だった。
「……いや、連れ込み宿でも疲れていたら気にせず眠れる…………わけないか」
「いつまでも金欠生活を送っているが。お前、もしかして自分が持ってるスキルが分かってないのか?」
ショウヤは顔を上げ、オットーの顔を見る。
不思議そうな顔でショウヤを見ていた。
ショウヤが行った情報収集にはスキルという物は無かった。日常で口にしない程に、当たり前な物なのだろう。
(しかしスキルか。ここにきてゲームのような話しだな)
「知らない。どうやって知るんだ?」
「マジか、お前。どんな辺鄙の生まれだ? 蛮族って噂が真実味を帯びてきたな。はははっ!」
「うるさい。言うのなら、さっさと教えろ。わざわざ話したんだ。善意って訳じゃなく、アンタにも何か目的があるんだろ」
「スマン、スマン。そう怒るな。目的があって偽善振るほど悪人になった覚えは無いが、これでも商人の端くれだからな」
オットーは意味深な事を言った後、スキルやそれに関する事について説明した。
まずスキルというのは、例えば《剣術》ならば剣を学ぶ際に上達が早まり、《火魔法》なら火に関した魔法の習得が早まる。目に見える才能という位置付けだと言う。
しかし、先天的な物で、本来ならば後天的に習得することは出来ない。人間なら0個から多くて3個で。例え生涯を通して剣に生きた無双の剣士がいたとしても、生まれ付きスキルを持っていなければ自力では所持できないままだ。だが、スキルが無くても技術や身体力を鍛えることで強くなれるので、優位ではあるが絶対的な格差ではない。
次に魔法。魔法は『術』なので基本的には学問としてコツコツと修める物であり簡単に使える物では無いし、修めたからといってスキルには成らない。だが例外的には、スキルとして生まれ付き持っている者もいる。
学術として修めた魔法と違いスキルで使う魔法は、術式を組む等のロスタイムを省略して撃てる。
魔法のスキルを生まれ付き所持しているのは、人間の中では極少数。だが亜人種であるエルフの殆どは強弱あれど持って産まれるし、持っていなくても魔法の習得を補佐するスキルは必ず持って産まれるようだ。
そして強い魔物は、息をするように魔法を駆使する。実際にオットーは魔物が魔法を連発する姿を現役時代に見たと、ショウヤに言う。
最後にスキル石という存在。
中級以上の魔物は体内に魔石という石を宿していて、上級以上になると極稀に魔石の代わりにスキル石が出てくる。
上級以上の魔物が死ぬと、魔物が持っていたスキルの内一つが魔石に封印されスキル石になるというのが通説らしい。
そしてスキル石を噛み砕くことで封印されたスキルを得ることが出来る。冒険者の夢の一つが、そのスキル石だとオットーは言う。
「攻撃魔法が楽に使えるだけで人生変わるからな。誰もが夢見る」
「そんな事、ギルドに登録した時に教えて貰えなかったぞ。名前言って銅貨5枚払って終わりだ」
ショウヤは不満気に言い、首から提げていた大きめのドックタグをテーブルに放る。
音を立てて転がったのは銅のタグプレートで『冒険者ギルド Fランク ショウヤ』と書かれていた。
「あぁ、最下級の銅はやっぱり格好悪いな。早く黒鉄のDランクに上がった方が良い。銅と鉄は錆びやすくてな、錆びたプレートを持っていると万年そのランクだと陰口を言われる。それに登録時に言われないのは知っているのが常識だからだ。それでも一から説明する親切な受付嬢なんて滅多にいねぇよ。」
「まったくもって夢が無い。しかも錆びやすいってイジメだろ」
「鬱憤が溜まり易い中堅冒険者の為の処置だろうな。初心者に吐き出す事で、ギルド自体に対する反感が減れば儲け物と考えているんだろ。そんな事より、今までスキルを知らなかったんだ。聞きたい事があるんじゃないのか?」
ショウヤは不審な顔をする。
スキル等の有用な常識を教えて貰えるのは有り難いが、地球だろうが異世界だろうがタダより怖い物がないのは、どの世界も共通だ。
しかし、毒を食わばと聞くことにする。失う物は何も無いのだ、無理難題を吹かれたらトンズラこけばいい。
「生まれ付き攻撃魔法をスキルで使える奴は、初めから多彩な魔法が使えるのか?」
「いやいや、そんなわけ無い。例えば《ファイヤーボール》一つがスキルだ。もし《上級魔法全て》なんてスキルを持った子供が産まれたら、真面目に研究している魔術師全員が発狂するだろ」
「たしかに、そんな事になったら研究なんてするのがバカらしく思えるな。……スキルを知るには?」
「それこそ簡単だ。《ステータス》と念じればいい。心配せずとも《表示》と念じなければ他人には見えねぇよ」
ショウヤは言われたまま《ステータス》と念じる。
すると目の前に半透明な板が浮いて現れた。
―――――――――――――――
名前:ショウヤ
種族:人間
信仰:
加護:
身体力:3
スキル:《身体強化》《剣術》《威圧》
―――――――――――――――
(まるでゲームだな)
「見えただろう?」
「あぁ、それで聞きたいんだが」
「わかってる――」
オットーは一度言葉を区切り周りを見渡す。
それに釣られてショウヤも辺りを見る。店主はカウンターの奥でイスに座り船を漕いでいるし、客の爺さんは酔い潰れていて、熊の獣人の二人組みは出来上がっていて熱弁を語り合っている。
誰もショウヤ達の話しなど気にしてはいない。
それを確認したかったのかオットーは話しの続きを言った。
「――《身体強化》について知りたいんだろ?」
「なっ……!」
「おちつけ。説明してやるから」
言ってはいないのに自身のスキルを言い当てられ、ショウヤはイスから腰を浮かせ、後腰に佩いていたナイフに手をやり警戒態勢になろうとした。
もっともそのナイフは、ゴブリンが持っていた錆びたナイフを石で研いだだけのお粗末なナイフだが、ゴブリンの耳をなんとか削ぐ程度の切れ味はある。
しかし、オットーが平然とイスに座り落ち着いているので、ショウヤは気勢が殺がれ警戒はしたままに再び腰を下ろした。
「まず公平に俺のスキルを一つ言ってやろう。これは俺を知る奴なら大抵は知っているが、《鑑定》ってのを俺は持っている。物に対しては名前と種類、高価な魔道具以外なら大雑把な性能が分かる。人なら名前とスキルの数、俺より身体力が低い奴なら先頭にあるスキルの名前も分かる。つまり、お前の残り二つは俺には分からない」
「その話しを鵜呑みにする程、俺は何も知らない蛮族のガキではないぞ」
「まあ、その方が利口だ」
歳が倍近く離れているので手玉に取られ易いのは理解できるが、自分が慌てたのに対し平然としたまま話すオットーが気に食わなく、ショウヤは軽口で返すが受け流される。
「……で、《身体強化》って何だ?」
「《剣術》と同じだ。体を鍛えれば身体力が上がり易い。オーガ……は種族差別語だったな、鬼人っていう亜人が特に持って産まれ易いスキルだ」
(コイツ、残りの二つも実は見えてるんじゃないのか?)
「身体力ってのは大よその値という事でいいんだよな。例えば俺とアンタが3同士として、二人で腕相撲をしたら決着がつかないなんて事はない」
「常識だな」
「信仰や加護は文字通りで、崇めている神の名前が信仰に載り、神に選ばれた人には加護が貰えるで合ってるよな?」
「言い方は不敬だが、それは知っていたか。神様は気分屋であられるらしく、誰が加護を授かるかは高位の神官殿でも分からないらしいぞ」
「気分屋って事は信仰してなくても、気に入られたら貰える事もあるのか?」
「そこまでは知らないが、偉人の中には複数の加護を持つ御仁も居るから、ありえるのかな? それに加護ってのは珍しくはあるが、街を歩けば一人とは必ず擦れ違う程度だ」
「……《威圧》ってのは?」
出来る限り何も知らないと悟られないように、勘で話しを合わせながら確認するが、スキルの残り一つの効果が正確には分からない。
ショウヤは手札を晒すのを躊躇ったが、結局聞くことにした。
分からないまま過ごすより、早めに知って生活基準を向上させたいと判断したのだ。
それに、とショウヤは思う。
最終的に誰かに聞くとしても、自分の手札を知っている人間は少ない方が良い。
「それが残り2つの内の1つか、今回は聞いて正解だな。《威圧》は知られて困るようなスキルでも無いし、有り触れたスキルだ。人間では少ない方だが、獣人なんかは持ってる奴が多い。効果としては凄んだ際に怯えさせ易いだな……だから、そんなに恐い顔するな。俺に利益があるのなら、ベラベラと他で喋ったりしないさ」
「利益って?」
「うすうす分かっているだろ?」
オットーが試すような目つきでショウヤを見る。
元古参の冒険者で現商人のオットーが、文無しの駆け出し冒険者であるショウヤにつるむ。しかも今夜は酒場での無駄話しではなく、ショウヤにとって利益になる話だ。
周りから見れば酔狂な商人が、金に成らない事をしているように見えるだろう。
だが、オットーにとっては酒を飲むついでに、金にも成らない常識を話し、ショウヤに借りを一つ作った形になる。
しかもオットーは、ショウヤがスキルを3つ持っている事を《鑑定》でもって知っている。
「金に成らないウンチクで唾を付けようってか?」
「これでも商人だからな。小さい種だろうが芽が出ると思えば顔ぐらい繋いでおくものさ。しかし、スキルやステータスを知らないとはな。タダで恩が売れた訳だし、俺の商人としての運も捨てた物じゃないな」
「恩を売りたいのなら資金提供とかしてくれれば良いじゃないか。その方が分かり易く恩が売れるぞ」
「はっ、調子に乗った発言だな。大抵がスキルを1つ2つ持ってる中で3つが少し珍しいってだけだ。探せば幾らでも居るしな。金を出すほどの義理はねぇ。……まぁ、心配せずともスキルを3つ持っていたら最低でもDランクには成れるさ。そして、お前は顔見知りで値切れる可能性がある我が『サンドル武器店』に足を運ぶって寸法だ」
「それでアンタは酒を飲むついでに顧客を作った名店主ってか? 値切れる可能性があるってのが本当なら俺にも利益があるから、踊らされてやるが。粗悪品なんて並んでないだろうな?」
「おいおい、俺の《鑑定》を身をもって知っただろ。高級品は無いが、高品質の武器を良心価格で売るのが俺の店だ。Dランクにも成れば予備の装備は必需となるし、ウチで纏めて買えば本当に負けてやる。そうだな……そろそろ替えようと思っていたからコレをお試しとしてやるか。これで2つの恩だな」
そう言うとオットーは腰に佩いていた大小と2本の内の小の剣を鞘ごと抜き、ショウヤに渡した。二本差しといっても刀では無く、西洋の両刃の剣だ。
ショウヤは小剣を受け取ると、まともな武器が手に入ったことに喜ぶべきか、借りが増えたことに悲しむべきか迷うも、座ったままだが頭をテーブルまで下げて礼を言った。
「助かる」
「改まるな気色悪い。お古をやっただけだ。お前がこれから出来るだろう冒険者仲間に俺の店を紹介したら、十分元が取れる。恩に感じたなら、そうしてくれ」
そこで会話が終わったショウヤ達は寝こけている店主を起こし、注文をする。
ショウヤはエールとベーコンサンド、オットーは強い酒と鳥肉料理だ。
ショウヤはチビチビとゆっくりエールを飲みながら、酒を一気に飲み干したオットーを見て、少しは奢ってくれないかなと淡い期待を抱いた。
もっとも、オットーの財布の紐は堅いとショウヤは知っているので期待薄だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
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異世界の言語に対する設定を変更しました。
『日本語では無くショウヤの知らない文字だが、書けずとも読める。異世界の言語に困らずに済んでいるので、ショウヤはその現象に感謝していた。』
という文章を1話の中程に加筆致しました。
混乱を招く事をして、申し訳ありません。