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第五章 不法侵入罪適応不可

 浦澤に詳しく聞いて見たところ、ストラップはヒメカの母親が、骨董品屋で絵を買った時におまけでもらったものらしい。ネットで検索して見たら、その骨董 品屋『クリオ』は全国展開しているようだ。アンティークインテリアのコーディネートもやっているらしく、頼めば自分の部屋と予算にぴったりとあった品を見 繕ってくれるとかなんとか。

 そのマークに見覚えがあるという事は、レイが生前住んでいた家の傍にも店があったのかもしれない。けれど全国に何店舗もあるうちのどの店なのかを見つけるのは難しそうだ。幸い、亜矢の家から三駅離れた所に一番近い店があったので、とりあえずそこに行ってみることにする。

 印刷してきた地図を片手に、亜矢は店に続く通りを歩いていた。

「でも、マークに見覚えあるってだけで具体的な記憶はないんでしょ? ただ単にここで買物したことがあるとか、そんなオチじゃないの?」

「おお、いいねえ。ひょっとしたら生前金持ちだったのかな」

「じゃなかったら他に考えられるのは……」

 亜矢はピッと指を立てて見せた。

「一、この会社で働いてた」

「悪くないな、なんかアンティークってかっこいいし」

「二、実はラーメン屋でバイトしてて、この店にちょくちょく出前に行ってた」

「ま、実際はそんなトコかもな」

「三、実は印刷のバイトしてて、このダイレクトメールを延々刷り続けていた。

「う~ん、まあ、あるかも」

「四、なんかもう前世そのダイレクトメールだった」

「人間ですらねえじゃねえか」

「いいじゃない。今でも人間じゃないんだから」

 目当ての店を見つけて、亜矢は足を止めた。

「あった。ここだ」

 クリオは、骨董店のイメージと違って近代的だった。白い壁に、花びらのような波のような、灰色の石でできた看板がいかにもおしゃれな感じ。

 ガラスの扉を開けると、ぬるい空気が体を包んだ。まるで美術館のように掛け軸や燭台などがガラスケースに納まっている。「いらっしゃいませ」

 学生が来るなんて珍しいのだろう。女性の店員は一瞬驚いた顔をしたあと、やさしい笑顔になった。もっとも、心の中では「金にならないわ」と舌打ちでもしているのかも知れないけれど。

「ええと、おばあちゃんに誕生日プレゼントあげようと思って……」

 売っている物の値段はピンキリで、小さな香炉なら千円以下の物もあり、亜矢でも買える。

 商品に気を取られているふりをしながら、亜矢はそっと指輪を指先で叩いた。それを合図に、レイがするりと指輪を抜け出した。 

 亜矢が店員の気をそらせている間に、レイが店を調べて何か手がかりを探し出す。それが二人の作戦だった。

 お客さんがそんなちょっとした犯罪計画を持っているなんて知らない店員さんは、営業スマイルを浮かべる。

「まあ、えらいですわね」

「えへへ。でも買うかどうか分かりませんよ」

 というか、ごめん、買うわけない。心の中で亜矢はぺろっと舌を出した。

「あの、これって……」

 あとは、どれだけ時間を引き伸ばせるか。亜矢は心の中で気合いを入れた。そして、香炉のウンチクを語る店員さんの言葉を熱心に聞くふりを始めた。


 レイは亜矢達の隣を通り過ぎ、スタッフオンリーの扉を擦り抜けた。広い廊下が続き、その両脇に扉がいくつか並んでいる。とりあえず忍び込んだ者の礼儀として、抜き足さし足でレイは進んでいった。

「さて、どこから調べるべきか……」

 といってもレイ自身にも具体的に何を探せばいいのか分からなかった。記憶がよみがえるきっかけになる何か。ここで働いていたのだとしたら履歴書、でなければ顧客情報……もっとも、資料があったとしても、この体では書類をめくれないだろうけれど。

  両方に並ぶドアのうち、マークがついているのはトイレくらいな物で、他にはなんの手がかりもない。とりあえずレイは手近なドアの中に顔を突っ込んだ。暗い 小さな部屋の中、ロッカーが二、三個並んでいる。どうやら女子社員の更衣室らしい。汗止めスプレーの甘い匂いが漂っていた。あいにくと言うか幸いという か、今は誰もいない。

「おおう、外れたような当たりのような」

 がっかりしたようなホッとしたような複雑な気持ちを抱きつつ、次の部屋を覗き込む。そこは物置部屋のようだった。スチールの棚に、木箱やら段ボールやらが並んでいる。

 中にどんなお宝が入っているのか中身をのぞいてみたくて仕方がなかったが、残念ながらそんな暇はない。いつ亜矢と店員の会話が途切れるかわからないのだ。亜矢が店を出れば、レイも強制退場決定なのだから。

「ええ、ええ。ですから……」

 壁から女の声が聞こえて、レイは一瞬飛び上がった。どうやら、隣の部屋から声が漏れているようだ。壁に首を突っ込んで、レイは隣の部屋をのぞき見た。

 そこは店長だか社長だかの部屋らしい。

 濃いブドウ色のじゅうたんに、普通の二倍はありそうなデスク。どこかで犬を飼っているのか、ドッグフードの袋が口を丸められて机の隅に置かれていた。そして壁には海を描いた絵。ドラマから取り出してきたように分かりやすい、大企業の偉い人の部屋だ。

 何か記憶に引っ掛かる物はないかと見回したけれど、ピンと来る物は特になかった。

 レイに背を向けて、紺の着物姿の女性が机の上の電話で話している。商談でもまとまらないのか、ひどくイラついた口調だ。

「もしもし……ええ、あの計画は中止してください」

 受話器のコードを伸ばして、女は壁の絵に歩み寄った。

 描かれた帆船に触れると、カチッと音がして絵がずれた。

(え?! これってもしかして……)

 期待通り、壁に埋め込まれた金庫が現れた。しかも横に暗証番号をいれるボタンまでついている。

(うわー! うわー! 本当にマンガとかドラマの世界だ! おもしれぇ!)

 なんだか人の秘密をこっそり見ていると思うとドキドキする。うっかりすると、のぞき趣味に目覚めそうだ。

 女は相手の声にしばらく耳を傾ける。

「ええ、金が必要? でも失敗したらこちらにまで迷惑がかかるのをお忘れなく」

 女性のほっそりした指が、金庫の横に取り付けられたタッチパネルの上を跳ねる。レイは、その番号を心の中で読み上げた。

『747086』

(ナシナオーヤク……梨、なお焼く)

 と、ナシのタルトでも作っているとしか思えないシチュエーションのゴロ合せを思いついたあたりで、女が振り返った。

(え……!)

 その顔を見た途端、レイの全身に銃で撃たれたような衝撃が走った。

 俺は、こいつを知っている。でもどこで? なぜ? 鼻の奥で、血の匂いをかいだ気がした。この沸き上がる憎しみはなんなんだ? なんで俺はこいつをこんなに殺したい? 

 着物には不似合いな名札には、『宮波 時子』(みやなみ ときこ)と書いてある。

(宮波 時子? 俺は会った事あるのか?)

 レイの考えを断ち切るように、女の悲鳴が入り口の方から響いた。

「亜矢の声だ!」

 レイは、ほとんどすっ飛ぶようにして亜矢のもとへと戻っていった。

「ちょ、大丈夫ですかお客様!」 

 何があったのか、亜矢は店員に肩を支えられていた。立ってはいる物の、足元がふらふらしているように見える。

「いきなり倒れるなんて。顔色が悪いですよ」

 亜矢が顔をあげた。意識があるのがわかって、レイはホッとした。

「ごめんなさい。ちょっとめまいがしちゃって。貧血かな」

 心配そうな店員さんの声に、亜矢は無理やり笑って見せる。

「そろそろ帰りますね。色々ありがとうございました!」

 よろよろと亜矢は外へ出て行った。背後でドアが閉まったとたん、力なくレイをにらみつけてくる。

「何があったのよ」

「大丈夫か亜矢。そっちこそ何があったんだ」

 寒そうに亜矢は自分の肩を抱いてさすった。

「あんた、自分を殺した奴でも見つけたの? 急にあんたの殺意が伝わって来て、いきなりブン殴られたみたいだったわ」

「俺の殺意が?」

 殺意なんて、自分の一番醜い感情を知られて、レイは一瞬本当にこの世から消えたくなった。

 しかし、亜矢はこっちを軽蔑するでもなく淡々としている。

「どうやらお互いの気持ちというか感情が伝わる見たいね。相当強い感情じゃないと無理見たいだけど」

「うう、どうせ伝わるなら殺意なんて物じゃなくてお前への愛を伝えたかった!」

 軽口を叩いてから、レイは自分の見て来た事を教えた。隠し金庫と見覚えのある女について。

 亜矢は身を乗り出して来た。

「で、何か思い出した? 金庫の中は何だったの?」

「いや、結局何も分からなかった。お前が倒れたのに気づいて、すぐに戻って来ちまったから」

「はあ? 何よそれ! 収穫なし? あんだけ時間を稼ごうとした私の身にもなってよね!」

 返す言葉もなくシュンとしているレイに亜矢はまくしたてた。

「おかげで香炉と風水について詳しくなったわ! よく金運アップには黄色とか言われているけど金をつかさどるのは白だから!」

「あ、そうなんだ。てか、ここの店員ってそういう雑学にも詳しいのか。徹底してるな」

「そもそも、風水ってのは中国の気脈ってのが」

『何だろう、命の危機を感じる。そのうち符かなんかで浄化されそうだ』

 レイはハハハと硬い笑い声をたてた。


 宮波は話を終えると、八つ当たりをするように強く電話を切る。

「やれやれ。困った客だこと。物事にはタイミングがある事を知らないのだから。ターゲットの周りに変な奴がうろついているのに、下手な事できるわけないでしょうが」

 とにかく、計画は見送った方がいいだろう。こういう計画というのは、ほんの少しの事で破綻してしまう物だ。

 ふわり。その時、ふいに空気が揺らぎ、どこからか霧のような物が中空に沸き上がった。その塊は、見えない手に刻まれ引きちぎられるように形を変え、巨大な犬の姿になった。

 半透明の獣は黒い牙をむき出し、唸り声をあげる。苦痛を感じているような、苦しそうな声だった。

 その背中には、大きな縫い針のような物が突き刺さっていた。先端が腹からのぞくほど深く。

 自分の肩の高さにある犬の頭を、宮波は一つなでた。

「お帰りなさい、ノーラ。仕事ご苦労様」

 爪に赤いマニキュアの塗られた指を犬の額にのせる。宮波は何か小さい物を見ているようにスッと目を細めた。

 まるで映画でも見ているように、宮波の脳裏に映像が浮かんだ。

 下に広がる、コンクリートの道。胸のすぐ下をかすめる雑草。背後から追い越して来た自動車のタイヤが遠ざかっていく。

「あんたの記憶をのぞけるのはいいけど、犬の視界というのはいつまでたってもなれないわね」

 流れて行く映像を見ながら、宮波は言った。

 ドアップになって通り過ぎる花。クリオのドアが見えた所で、過去のノーラは立ち止まった。そして今来た道を振り返った。

 視線の先にある角から、中学校の制服を来た、かわいらしい女の子が現れた。その子はノーラに気付かず近付いてくる。

 ついさっき店に来た時の、亜矢の姿だった。

「あら。この子……」

 宮波は眉間に深くシワを刻んだ。亜矢の後に何か薄い人影をみつけて。

「これ、あなたのお友達じゃないの? ねえ、ノーラ」

 ノーラは宮波に応えず、黒い目で虚空を見つめている。

「ふうん。なんだか使えそうな幽霊ね」 

 主人に返事をするように、犬はフンと鼻を鳴らす。

「まあ、せいぜい警戒するとしましょうか」

 宮波は口元を隠す。細い肩が小さな笑いに揺れていた。

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