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第四章 音楽室と楽譜(前)

 昼休み、大抵ヒメカは音楽室にたむろっている。音楽系の部活友達と一緒におしゃべりをしているらしい。食事を終えて音楽室の前まで来た物の、ヒメカとそ れほど仲がいいわけではなく、完全に部外者の亜矢には教室に入る事はできず、こっそりとドアの隙間から中を覗き込んでいた。

 外の見回りを終えて合流したレイが報告を入れた。

「色々とヒメカの友人に張り付いて、噂話を聞いていたんだけど、彼女が猛烈に憎まれているってのはなかったな。もっとも、浦澤がモテるから、嫉妬はされてるだろうけど」

「そ、そうなんだ」

 ペンダントを持っていると思うと、なんとなくレイと顔を合わせづらくて、亜矢は視線をそらせた。

「ん? どうかしたか?」

「う、ううん。別に。しかし、噂話が情報源って、何だかどっかの家政婦みたいね。開いたドアから半分だけ顔をのぞかせてるのを想像したわ」

「『幽霊は見た』ってね」

「なんか、家庭のいざこざよりも心霊スポットに入り込んだ大学生グループの友情にかんするゴタゴタを目撃しそうね。で、ヒメカの方はどうだった?」

「廊下も校庭も調べて見たけれど、怪しい奴はいなかった。残念だけど、直接的嫌がらせの犯人に繋がる情報はなかったし」

 そこでレイは声を低くした。

「それに、公園で見た影の正体もわからなかった」

 悔しそうに唇を噛む。

「ああ、あの白い影。結局、見間違いじゃないの」

「でも、獣の匂いが鼻をついて離れないんだ」

「まあ、考えても仕方ないでしょう」

 亜矢は部屋の中に注意を戻した。

 どこに行っても主役になる女の子というのはいる物で、ヒメカがまさにそういうコだった。ヒメカは今、ピアノを弾いている。その周りに浦澤と、女の友達二人がはべらせている様子は、名前の通り姫のようだった。

 明るくてテンポのいい曲が音楽室をめぐっている。クラシックに詳しくない亜矢にも、弾くのが難しい曲なのが分かる。ピアノの譜面台には一応束になった楽譜が乗っているものの、ヒメカにはほとんど見る必要がないようだった。

「おお、むずかしい曲弾いてるねえ」

 見えないのをいい事に、堂々と部屋の入り口に立って、レイがくすくす笑った。

「そうなの?」

「タイトルは『ラ・カンパネラ』。パガニーニって奴が作って、リストがピアノ用に編曲したんだ」

 亜矢はレイにあきれた視線をむけた。

「ねえ……なんで自分の過去を忘れたのにそんなのを覚えているの?」

 クラシックに詳しいなんて、本当に金持ちだったのかも知れない。もっとも、クラシックが金持ちの趣味、という考え方がもう古いのかも知れないけど。

 ヒメカが奏でる曲をBGMに、三人はおしゃべりを楽しんでいた。

「ねえ、高校、どうするの?」

 赤いフレームの眼鏡をかけた女の子が、けだる気に浦澤に話かける。今までのおしゃべりから察すると、この子は紅子べにこという名前らしい。

 ぽっちゃり型のが、浦澤の方を向いた。こっちはみやびという名前だ。雅はヒメカと、つまり亜矢とも同じクラスだからよく知っている。

「浦澤君はS高に行くんでしょ?」

 当然よね、という雅の口調だった。

 S高は結構難関で有名だ。そこを受けるという事は、浦澤は頭がいいのだろう。

 浦安は、「まあね」と無愛想に応えた。

「あああ、早く終わらないかなあ、受験」

 雅がうんざりしたように小さなバッグを机に放り投げた。ちょっとした財布やハンカチを入れておくバッグには、白い毛玉のキーホルダーが揺れている。

(そいうえば、レイが公園で毛玉みたいな物を見たっていってたっけ)

 まさかこれか? 思ったけれど、確信はない。

「そういえば、ねえ、雅」

 ニヤニヤ笑いながら紅子が友人の肩をつつく。

「最近、勉強がんばってるけど、あんたもS高狙ってるの?」

「やだ、そんなんじゃないって」

 思い切り否定しながらも雅は浦安と目を合わせない。ただ、古くなって擦り切れたジュウタンの穴を爪先で突いていている。今にも背後に『モジモジ』という文字が浮かび上がってきそうだ。

 なるほど、確かに彼はモテるようだ。ということは、やっぱりユリの他に雅もヒメカに嫉妬していておかしくないという事か。

「それで、ヒメカは音大付属?」

 演奏しているヒメカに聞こえるように、紅子が少し声を大きくして言った。

「ううん、やめとく」

 鍵盤に走らせる手も止めず、ヒメカはあっさりと答えた。

「えええええ!」

 紅子が大げさに声をあげた。彼女だけでなく、雅もバッとヒメカの方をむいた。

「そんな驚かなくても」

 ヒメカは苦笑する。

「だって、散々『ピアニストになる』って言ってたじゃない。そんなに上手なのに」

「私よりうまい人なんてたくさんいるわよ。それに、ピアニストになれる人なんてほんの一握りだし」

 なんだか、開き直ったようにあっけらかんとした口調だった。

「結局はただの夢……」

 まるで彼女にその先を言わせまいとするように、突然悲鳴が響き渡った。

 ピタリと演奏が止まる。

「何?」

 ヒメカが怯えた声を出した。

「準備室の方だ!」

 浦澤が叫んだ。それを合図に雅が体型に似合わない速さでかけて行く。他の三人も、もちろん亜矢も廊下を走り出した。

「お、おい待てって! 行くなって!」

 何やら背後でレイがどなっていたが、かまっている暇はない。

 音楽準備室は音楽室と続き部屋になっていて、廊下側にも戸が付いている。亜矢が廊下側のドアを開けた時には、ヒメカ達は音楽室の扉から飛び込んで来た所だった。

 フタがされ、上に教科書の束を乗せられたティンパニ、ケースに入ったアコーディオン、幅を取っている譜面台。

 その隅から、悲鳴は鳴り響いている。

「まったく」

 一番遅れて入って来た浦澤の声に、皆は振り返った。

 浦澤はスタスタと部屋の隅に歩み寄る。

「CDプレーヤー。目覚ましタイマー作動中、だとよ」

 叩きつけるようにボタンを押してレコーダーを黙らせた。

「ふざけてるわ!」

 雅がプレーヤーを蹴り壊しかねない勢いで叫んだ。

「誰かのいたずら……よね」

 自分に対しての嫌がらせだと分かっている分怖いのだろう。ヒメカはキュッと唇を噛み締めた。

「あれ? あなたは?」

 紅子が亜矢を見つけて、いぶかしげな視線を向けた。

「へ?」

「ほら見ろ。この状況じゃあ部外者が疑われて当然だろ。だから行くなって言ったのに」

 他人には見えないモードで現れたレイが、ちょっと怒ったように言った。

(うう、ごもっとも)

「一体、ここで何してるの? あなたがここで悲鳴を流したのね?!」

 雅に睨み付けられて、亜矢は走って逃げ出したくなった。でも、そんな事をしたらそれこそ犯人決定だ。

「携帯無くしたのよ! ひょっとしたら移動教室の時に落としたのかと思ったの! で、探しにきたら悲鳴が聞こえて、様子を見にきたのよ!」

 我ながらいい言い訳だと思ったけど、それでごまかせるほど彼女達は単純ではなかったようだ。むけられている視線は相変わらず微妙に冷たい。

「でもさ、あいつがここに来て再生ボタンを押したのなら、タイマー使う意味がないだろ」

 浦澤がナイスな援護射撃をしてくれた。結構、いい奴だ。

「とにかく、こんなほこりっぽい所にいたくねえよ。戻ろうぜ」

 自信ありげなしゃべり方のせいか、ヒメカ達だけでなく亜矢までもなんとなく浦澤の言葉にしたがった。

 ピアノの前が自分の特等席、と決めているらしい。ヒメカはさっきのようにピアノのイスに座ろうとした、その時。

「きゃああああ!」

 まるでカセットから流れた悲鳴を再現しようとしているように、彼女は悲鳴をあげた。そして楽譜を思い切り払いのけた。ひらひらと五線譜が舞う。その時に肘でも当たったのか、勢いよくフタがしまり、ヒメカの指を挟みそうになった。危ない所で浦澤がそれを押さえた。

「どうしたんだヒメカ?」

「あ、あれ……」

 浦澤の言葉に、ヒメカは震える指で床に落ちた楽譜を指差した。

「なによこれ」

 気持ち悪そうに雅が太い爪先で楽譜をめくる。

 今までヒメカが弾いていた楽譜が一枚、いつの間にかマーカーで全体を赤く塗りつぶされていた。そして、真ん中に白抜きで『浦澤と別れろ』の文字。

「いつの間に!」

 紅子がメガネをクイッとかけなおし、楽譜を観察する。

 雅が、亜矢の襟首をつかんだ。結構容赦なく。

「あんたでしょ!」

「ち、違うわよ!」

「じゃあ、誰がやったって言うのよ!」

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