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第三章 指輪とペンダント

 学校で、亜矢はやる気なくもそもそと弁当を食べていた。

 公園でヒメカと接触した日から数日たっても、頭の痛みは相変わらず。おまけに体までダルくなってきた。レイと本格的に仕事を初めてから、どうにもこうにも体の具合が悪い。夏カゼでもひくのかも知れない。それに、学校があるせいでどうしてもレンタゴーストの活動は夜になる。寝不足の影響もあるだろう。 

 ヒメカから頼まれた仕事も、あまりはかどっているとは言えなかった。ヒメカの周りにいる人物を調べたけれど、今のところ怪しい奴は見つからっていない。


 彼女の恋人は浦澤光俊うらさわみつとしという名前らしい。浦澤の身辺調査をこっそりして来たレイ曰 (いわ)く、『なんかチャらそうな奴』で『女に人気がある』だそうだ。

『でも、根は真面目みたいだな。何日か後をつけて見たけれど、基本学校と家の往復だけ。浮気をしているようすはなかった。一度大型の本屋によって、文房具買っただけだ。暗記用のペンとかノートとか。あ、あとなぜか百均で化粧用のスプレーを買ってたな。ほら、あるだろ、旅行用の、手の平に入るぐらいのサイズの奴が』

 レイは親指と人差し指を広げて大きさを再現して見せた。

『化粧用のスプレー? なんだってそんなモン』

『さあ。あと、教室でユリとかいう女の子によく話かけられてたな。なんかいい感じだった』

『ちょっとちょっと。それ大ニュースじゃん。そっちの方を先に言いなさいよ』

 亜矢の頭の中で、ちょっと迷惑そうにしながらもまんざらでもない浦澤の肩に、ユリちゃんとやらがしなだれかかるようすが浮かんだ。

『そのユリが嫉妬してヒメカに嫌がらせしているのかも知れないじゃない』

『後、気になる事といえば、最近、ヒメカに冷たくなったらしい』

『ほんとに?』

『ああ。浦澤の友達から、そういう内容のメールを送られてたのを見たんだ。なんだか最近ヒメカちゃんに話しかけられた時よそよそしいぞって。浦澤はそんな事ないって返してたけどな』

『やっぱり、浦澤の方が別れたがってるんじゃないの? そのユリちゃんとやらの方が好きになっちゃってさ。影でユリちゃんに迫られてたりして。「いつになったらヒメカと別れてくれるのよ!」とかなんとか』

『なにその優柔不断男と浮気相手の女との会話。お前、中年になったら昼ドラとかにはまりそうだな』

 レイは苦笑した。

『数日見ただけだからハッキリ言えないけど、浦澤はそんな事する奴には思えないけどなぁ。それに、クソ寒い中ずっとヒメカについてたんだろ?』

 レイの甘い意見を、亜矢は鼻で笑った。

『昔はそうでも、今は違うかも知れないでしょ。人間なんて簡単に裏切るんだから』

 現に、お父さんは私を裏切った。

 白い布を顔にかけ、横たわる父親の体。忘れたくても忘れられない記憶。父さんは、逃げ出したのだ。私と母さんを裏切って。そして、その父さんは親友に裏切られた。

 人間なんてそんなもんでしょ?

『こっちを信じている人間を、そうそう裏切ったりできないもんさ。きっと何か理由があるんだよ』

 にっこりと笑ったレイに、亜矢は呆れたようなため息をついた。

『とりあえず、あんたがお人好しだってのはわかったわ』


 と、分かったのはそれぐらいで、嫌がらせをしている犯人を見つけ出す手がかりにもなりそうにない。もし犯人がこの学校の奴等だったら、脅して嫌がらせをやめさせるのも簡単なのだが、外部犯なら厄介だ。

 ちなみにレイは今、その外部犯にそなえ、ヒメカにつきまとう奴がいないかどうか校庭や通りを調べに行っている。

「どうしたの? なんか元気ないよ、亜矢」

 一緒にお昼を食べていた友達の一人、美恵ミエが、ハムサンドを食べる手を止めて言った。

「ここしばらく、すごくご機嫌だったじゃない?」

「そう?」

 人差し指にした指輪をなぞる。最近変わった事があるとしたらレイと会ったぐらいだけど、そんなにご機嫌に見えたのだろうか?

「ちょっと寝不足なのよ。頭痛い。あと、恋愛関係についても少々悩んでてね」

 一応、『別れろ』というメールが問題なのだから、恋愛関係といっても間違いではないだろう。

 『恋愛関係』という単語を出した瞬間、美恵は手のサンドイッチを落としかけた。

「何よ。その反応は」

「いえ、だって、亜矢が恋の悩みなんて」

「私が恋愛しちゃいけないってか」

「だって、亜矢って恋人を面接で選びそうな気がするもの」

「面接って。お見合いですらないのか」

 じっとりと美恵をにらみつける。

「そーそー。亜矢って見た目かわいいクセに性格シビアだからさ。男をルックスと財力と愛の量でふるいにかけそうな気がするのよね」

「う……」

 確かにその三つは大切だと思っている。

「『私と結婚したら何をしたいですか?』とか小論文書かせてそう。制限時間三十分で。で、不合格者の原稿用紙は目の前で火にかける」

 正美がビシっと言い切る。

「どんだけ悪魔だ、私は」

 亜矢はぢゅ~とやる気なく紙パックのウーロン茶をすすった。

「あの……」

 その時、ちょっとおずおずした声が後からかかった。クラスメイトの莉子りこだった。オカルト、というかスピリチュアル好きで有名な子だ。

「びっくりした。何?」

「ちょっといいですかぁ」

 莉子は、亜矢の手首を握ると部屋の隅に連れて行った。

「あの、あの、ちょっと言いにくいんだけどぉ。最近、頭が痛いとか、だるいとかない?」

 (なんだなんだ。新しい健康食品でも売りつけるつもりか?)

「いや、あるけど……」

 自分の予想が当たったのが嬉しいのか、莉子はにっこりと微笑んだ。心もち顔を傾けると、日本人形のように長い黒髪がさらりとゆれた。

「あなた、このままだと後数週間で死んじゃいますよぉ」

「はぁ?」

 いきなりの死の宣告に、怒ったり怖がったりするより先に呆れてしまう。 

「何? 私、インチキな占いなんて……」

「憑かれているわよ。一体の幽霊に」

 黒目がちな目が亜矢をジッと見つめる。

 間違いない。この人の能力は本物だ。後頭部をダラダラと汗が流れていくのが分かる。 まさか、こんな近くに本物の霊能力者がいるなんて。

(どうしよう? レイの事を相談してみようか。ひょっとして奴の記憶をよみがえらせてくれるかも)

 考えている間に、莉子の目がどんどんキラキラしてきた。なんだかおもしろい物をみつけたというみたいに。

「最近、心霊スポットとか、殺人現場とかに行きませんでしたぁ? 恨みを持った怨霊に取り憑かれるような……」

 残念。行ったのはリサイクルショップで、とり憑いたのは記憶喪失のお気楽幽霊だ。

「なんでもいいけど、早くなんとかした方がいいですよぉ。憑かれるのは命削れるほど疲れますからぁ」

「そうなの? 確かに最近疲れ気味だけど。そう言えばさっきも死ぬみたいな事言ってたわね」

「死んでもこの世から離れないで動き回っている霊は、どうしてもエネルギーが不足するのぉ」

 困ったもんだよね~と莉子は顔をしかめた。

「死ぬって事はエネルギーがゼロってなる事だから、動き回るためによそから奪い取らないといけないんですぅ。ああ、奪い取るとは違うか。身近な人間のエネルギーが勝手に流れこんじゃうの。カラカラのタオルを水にくっつけたような物なんですぅ」

 莉子の言葉は、なんだか不吉に思えた。嫌な予感がじわじわとわいてくる。

 そこで面白い事を思いついたように、クスクスと莉子は笑った。

「まあ、あれですよぉ。『君のそばにいると元気になる』って奴? 成仏したくてもできない霊が、手当たり次第その辺の生命力を吸って歩いているんだから、いい迷惑よねぇ」

 耳もとで、レイのやわらかな声が響いた気がした。

 『体は冷えて、目の前が真っ暗で。怖くても、震える足さえないんだぜ。ああ、このまま消えちまうんだろうな、って思った』

 会った時、レイはそう言っていた。

『でもさ。お前が指輪を手に取ったとき、なんかフッとあったかくなったんだ』

 それって、死にかけていたときに私の生命力を吸ったから消えなくてすんだという事か? ひょっとして、レイは自分が亜矢の生命力を吸い取っている事を知っているのだろうか? 

 知っていて、黙っているのだろうか。もし知られたら、亜矢が自分を追い出されると思って。

 どういうわけか、力を吸い取られていた事よりもそっちの方が大問題な気がした。

「そんな怖い顔しちゃ駄目ですぅ。これをあげるから」

 はい、と差し出されたのは、ネックレスだった。革紐にチケット大の木札がぶらさがっている。表面にはよくここまで、と関心するぐらい細かい模様が書き込まれている。

「なに、これ」

「強制霊成仏機バイバイ君」

「幽霊ホイホイ? 幽霊ホイホイね?」

「ホイホイなんて生やさしい物じゃないわ、バイバイですぅ、バイバイ」

 キランと莉子の目が光った。

「これを霊に突き付けて、『消えろ!』と念じたらそうなるの。もっとも、成仏も転生もできなくなるケド!」

 つまりは、幽霊を殺す事ができるアイテムらしい。ということは、レイを殺す事ができるアイテムだ。なぜか喉が乾いて、亜矢はツバを飲み込んだ。

「いくらなんでもそれは……」

 断ろうと振り掛けた亜矢の手が止まった。

 もし本当に、レイが自分を利用しているだけだとしたら? テキトーにおだてておけば過去を調べてくれる便利なカモとしか思っていなかったら? レイの笑顔を見ると、確かにそれはないような気がする。

 でも、そうやって人を信じたからこそ、お父さんは借金背負わされたんじゃないの?

 亜矢は、ゆっくりとネックレスに手を伸ばした。

「ありがとう。もらっておくわ」

 『知ってる?』心の中で記憶のレイが微笑んだ。

『自分が思っているより、あんた、いい奴なんだよ』

 買いかぶり、と言ったはずだ。

 ちっぽけな木のネックレスが、ひどくひどく重く感じた。

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