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第二章 レンタゴースト営業中。

 町が寝静まった頃。闇に沈む道を一人の男が歩いていた。走っているわけでもないのに、呼吸が荒い。街灯の明かりを避け、時々辺りをうかがっていて、明らかに挙動不審。

  男は、小さいアパートの前で立ち止まった。低いブロック塀を乗り越え、猫のように身を屈め、ある窓の下へ辿り着く。ちょうど男の頭上にはためいているの は、女性物の下着。しかもピンクでレースがたっぷり付いている物だ。男はそっと手を伸ばし……た所で自分の隣に『何か』がいる事に気がついた。まるで見え ない巨大な手で頭をねじられたように、勢いよく右をむく。

 男の視線の先に、白い人影が立っていた。周りの闇に負けない、淡く輝く白い影が。

 耳が痛む程の音量で悲鳴をあげ、男は逃げていく。煙のような影は、しばらくその後をゆっくりと追い、姿を消した。


「いやあ、よく映ってるわ。さすが私が撮っただけはあるってもんだわ」

 亜矢はムービーを終わらせると、ハンディカムのスイッチを切った。

 記念すべき初めての仕事は、しつこく出没する下着泥棒を脅かしてこらしめて欲しいという物だった。まあ、最初にぴったりの簡単な仕事だろう。

 作戦は簡単。亜矢は、依頼人の住所を聞き、下着泥棒の出没場所にこっそり指輪を置いておいた。で、ビデオ片手に隠れ、泥棒が現われるのをひたすら待つ。いよいよとなったらレイが現われて脅かす。以上。

 証拠映像の通り、レイは犯人を思い切り脅したようだし、もう依頼人に近付くことはないだろう。指輪は回収したし、あとはこの映像を依頼人に送り、報酬をもらえばいい。

 亜矢とレイしかいない静かな家で、亜矢はご機嫌に晩ご飯を食べようとしていた。

「あんたと会ってから数日でさっそく仕事を完了させるなんて、私ビジネスの才能あるんじゃないの?」

 亜矢は黒い名刺を取り出してひらひらしてみせた。そこに白抜きの文字で印刷されているのは『幽霊貸します! 復讐代行。絶対にばれない素行調査』という宣伝文句とすぐに捨てられるメールアドレス。

  亜矢は、駅のベンチや、今でも細々と生き残っている公衆電話、近所のデパートに置いてあるイス等に数枚まいていた。そして何通か送られて来たメールから、 いたずらやら 『お化け屋敷にアルバイトが数名ほしい』という勘違いの物を避けてくわしい内容を聞く、というのが亜矢の考えたレンタゴーストの仕組みだ。

「よく映ってるじゃねえよ。全然俺映ってないじゃねえか!」

 着物の袖に両手を入れ、体重が無いクセに壁に寄りかかったレイの口は、不満そうにへの字になっていた。

 どうやら、レイはカメラやビデオの類には映らないらしい。レイ自身も、その事を初めて知ったようだ。

「目立ちたがるんじゃないわよ。あんたも幽霊なんだから、大人しくホームビデオの窓だか鏡だかの角っこに映るぐらいで満足しなさい」

「その後『分からなかった人のためにもう一度』って何回かリプレイされるんだろ、どうせ。しまいにゃ円で囲まれて。何だよ、もう。せっかく迫真の演技だったのに、ただの煙にしか映らないってどうよ」

 伝説の口裂け女のように、レイの唇がぐいっと歪んで耳まで裂ける。目から二筋、血の涙が流れ落ちた。赤い雫は床につく前に蒸発したように消えてしまった。さすが幽霊だけあって、着ている服や顔はある程度変える事ができるようだ。

「やめてよ、気持ち悪い!」

 亜矢が顔をしかめると、レイはクックッと笑いながら顔をモトに戻した。

「まったく。これからがんばらなくちゃならないのに、ふざけないでよね」

 亜矢はそこで大きくアクビをした。下着泥棒を捕まえたり、色々レンタゴーストの準備をしたりしたせいで最近寝不足だ。なんだか頭まで痛い気がする。

 それはレイも同じのようで、亜矢につられて彼もあくびをした。

「やれやれ。昨日夜遅かったから眠いや。幽霊でも眠くなるんだな」

「そういう事はあなたも知らないのね。自分のプロフィールも忘れているし。一般常識とかは覚えてるのにね」

 仕事をする前に色々実験をしてみて、分かった事は他にもある。

 一つは、レイの姿の事。レイは、基本取り憑いた指輪を持つ亜矢以外見えないらしい。ただ、レイ自身が姿を見せようと思えば誰にでも見られるようになる。

 もう一つは、指輪の事。レイは軽い物なら動かす事はできるけど、この指輪を動かすことはどうやってもできない。

 最後に距離。最初に本人が言っていた通り、どうやらレイは指輪からあまり離れる事はできないらしい。彼いわく、『引き戻されてしまう』らしい。

「それにしても、浮けないのは残念ね。幽霊なんだから、空ぐらい飛べると思ったわ。そうすれば仕事の幅が広がるのに」

「いやん、エッチ。そんな事したらパンツ見えちゃう!」

 レイは蒼い炎のガラが描かれた着物の裾を押さえる。

「……世界広しと言えど、幽霊に殺意を抱いたのは私ぐらいでしょうね。まあ、まずは色々分かってよかったじゃないの。あとはこの録画データを依頼主に送ればお仕事完了! あとは報酬を待つばかり~」

 あまりのウキウキぶりに、亜矢の言葉は後半歌になってきた。

「何買おうかな~ ピアス、バッグ、お洋服。この辺りでうまく行ったら~ 全国展開するのもいいかも~」

「しかし、大丈夫かよこのまま続けて。何か、めんどうくさい事に巻き込まれたりしないか?」

 レイは形のいい眉をしかめた。

「心配性ね。大丈夫よ。あんなチラシ見ても大抵の人はいたずらだと思うだけ。それに依頼者にはきちんと余計な事を言わないように釘刺しておくわ。下手なことしたらあなたを二十四時間年中無休のコンビニエンス並みに憑きまとわせるってね」

 何せ、レイはやろうと思えば自分の姿を見せられる幽霊だ。説得力の強さは並みではない。

「ちょっと待て。それ相手がおっさんだったら俺にとってもバツゲームじゃねえか!」

「美女に当たったらご褒美じゃないの。それに、ちょっとやらかしたとして、警察にあなたを捕まえられる? 幽霊使って悪戯したって証明できる?」

「人を呪い殺しても、科学的に証明できない限り不可能犯罪って奴か」

「そういう事」

 亜矢はにやりと笑うと、コンビニで買ってきた鶏唐弁当を広げた。

「お前さあ、毎日そういうのばっか食ってるの? 体に悪いぞ」

「いいのよ。作るのめんどくさいし」

「面倒って、お前料理できるの?」

 明らかに作ってもらえる事を期待して、キラキラ光る無邪気な目から思わず顔を背ける。

「……マヨネーズさえ入れておけば大抵の物はおいしくなるわよ」

「うん、俺に手料理作るときはレシピ通りグラムまで計ってやってくれ」

「大丈夫よ、そんな日は永久に来ないから。第一あんた、物食べられないじゃない」

 やっぱり、幽霊だけあってレイは食事をしないようだ。

「はい、レイにはこれ」

 仏壇からもってきていたお線香に火をつける。

「気持ちだけ、ありがたくいただいておくよ」

「何よ、せっかく私が火ぃつけてあげたのに。さっき手作りがどうのこうの言ってたじゃない」

「マッチこするのと料理と一緒にするなって」

 レイの不機嫌な顔が面白くて亜矢はついクスクス笑った。そういえば、こんなふうに夜誰かと話ながら食べるのは久しぶりだ。昼ならば友達がいるけれど。

 とはいえ、長年の癖は抜けなくて、亜矢はテレビのリモコンを取った。

 画面の中では、ボクシンググローブをつけた男が二人、リングの端で睨み合っている。

「おお、格闘技。俺、大好き。血沸き肉踊るって奴?!」

 レイは見えない相手にむかってシュッシュッとパンチを繰り出してみせる。

「血も肉もないくせに」

「血も涙もないよりマシだろ」

「何うまいこと言ってるのよ」

 テレビに見入っているレイの後頭部に、亜矢は突っ込み代わりのティッシュ箱を投げつけた。

  ピンクの箱がレイの髪に触れようとしたとき、彼は獣さながらの速さで振り返った。その勢いを殺さないまま、ティッシュの箱を払いのけようと腕を振る。もっとも、箱 は半透明の体を擦り抜けて壁に当たっただけだったが、もしもレイが生身だったら、見事弾き返しただろう。格闘技なんて知らない亜矢でも、すごいと分かる動きだった。

「おお?!」

 自分で自分の動きに驚いて、レイが声をあげた。

「すごい、あんた、格闘やってたんじゃないの?」

「ああ、どうやらそうみたいだ」

 レイは見ていておもしろいくらい明るい笑顔を浮かべた。

「オレの過去に少し近付いたよ! お前のおかげだ!」

 半透明の腕を広げると亜矢に抱きつく。といっても当然レイに触れられるわけはなく、そよ風のような感覚が亜矢の体を通り抜けただけだ。

「何自分で自分の体を抱き締めてるのよ。気味悪いわね」

「ぐはっ」

 『バカにされて傷つきました』というマネをした所で、レイが浮かべた笑顔はなぜか曇ってしまった。

「どうしたの? あんまり嬉しそうじゃないわね」

「いやいや、嬉しいよ。ただ、よく考えたらあんま意味ないなと思ってさ」

 半透明の手を、レイは見つめた。

「え、どうしてよ」

「だって、この体じゃ誰かを殴れるわけじゃねえしな。例えば、今この瞬間お前が襲われても、俺は指をくわえて見ているしかないわけだ」

(私を守れないからって落ち込んでいたのか)

 亜矢にはなんだかそれがとても意外に思えた。私を守った所でこいつになんの得があるのだろう?  呆れるような、嬉しいような複雑な気分だった。

「そんな事。あのねえ、ドラマじゃないのよ。そうそう誰かが襲われる事なんてそうそうないから」

 その時、テーブルに置いた携帯が小さく震えだした。

「誰だろ。依頼かな? どれどれ」

 亜矢は二つ折りの携帯を開いた。

「『件名、誰かに嫌がらせされています。助けてください』やたっ! 新しい仕事ゲット!」

 メールを読み進めていく。

「嫌がらせの犯人を脅して、二度と依頼人に近付かないようにすればいいみたい。ちょろい仕事よ」

 画面を送る亜矢の親指が急に止まった。

「あれ、このメルアドって……」

 プライベート用の携帯を取り出し、見比べる。

「ええええ! やっぱり、クラスメイトのヒメカだわ」

 ヒメカは、メルアド交換して、話はする物の、一緒にどこか遊びに行ったりはしない、といったくらいの友達だ。

 確かに、名刺を適当にばらまいた以上、同じ学校の奴が拾っても不思議はない。でもどういうわけか、今までそれを考え付かなかった。

「で、この依頼受けるのか? なんか危なくないか? うっかり近い人間にこの商売の事がばれたら問題になると思うんだけど」

「確かにレイの言う事も分からなくないけど」

 そこで亜矢はニヤリと笑みを浮かべた。

「ヒメカの父親は、どこぞの財閥の偉い人なのよ。彼女は学校でもちょっと知られたお金持ち。小学校の時なんか、調理実習のチキンカレーの材料に名古屋コーチンを持ってきたらしいわ」

 それを聞いたレイはヒクッと片頬を引きつらせた。

「あ、なんかお前の企み分かった気がする」

「金持ちに恩を売っておいて損はないってね」

「やっぱりね」

 そう言うと、レイは不満げに低くうめいた。

「何よ。せっかくのおいしい仕事だっていうのにノリが悪いわね」

「なんだか、いやな予感がするんだ。なんでか知らないけれど」

 いつもはうっとうしいくらい明るいレイが顔をしかめると、こっちだっていい気分がしない。

「やめてよ。幽霊に『いやな予感』だなんて言われたらシャレにならないわ。とりあえず全ては詳しい話を聞いてからね。とりあえず、ヒメカと話し合うことにするから」

「話し合うって直接?」

「まさか。さすがの私も同じ学校の人間にレンタゴーストのこと話す勇気はないわよ。たぶん、メールでチャット状態になると思う。放課後がいいかしら。場所は公園」 

「なんか放課後が楽しみになってきたな」

 そんな皮肉をいうと、レイは溜息をついた。

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