第二章 ― 3― 1 ※1503文字
○セーブ先
・頭:能力に目覚めた日の朝。四月第二週の火曜日。
・左肘:能力に目覚めた日の夕方。四月第二週の火曜日。霧島が上野で殺人事件を起こした事を、テレビで知った直後に保存。
・左膝:平石行方不明ルート。放課後より前。四月第三週の火曜日。田中に平石がどうして来ていないのか聞くために、D組の前で保存。
・右つま先:一回目の高校卒業式後に保存。
・左つま先:能力に目覚めた日の朝。四月第二週の火曜日昼休み。コンビニには行かず、寝て学校に来て直哉に平石を知っていると答えた後で保存。
・右肘:平石行方不明ルート。四月第三週の木曜日の朝。平石が車に乗って帰ったのを直哉が見た日。この日以降、平石は学校に来ていない。
・右膝:平石行方不明ルート。四月第三週の木曜日の放課後。校舎の屋上。平石に質問をする直前。
※基本的に何月何週は便宜上つけているだけで、作中では触れていない。
煙の匂いがする。そう思ったと途端、急に目の前が煙だらけである事を認識する。
視界がくすみ、ぼやけ、涙が出てくる。すぐに、夢だなと思った。
白い影が充満した周囲で、切れ切れながらも、壁やら、机やらが微かに覗く。その断片だけでも、ここが俺の部屋ではないことは分かった。なんだ、ここはと声を出そうとしたが、俺の口は言葉を紡がなった。夢の中で、人形劇の人形のように動く自分と、夢だと自覚している内面の自分が混在しているようだった。
「くそっ」
人形の俺が叫んだ。そして咳き込む。
何が俺を憤らせているのか、内面の俺には分からなかったが、人形の俺は口元を押さえかがむ。床の辺りはまだ煙がまだ薄く、なんとか呼吸を元に戻すことができた。
「これのせいか」
絨毯の上に転がっていたグラスを見つけると、悔しくなってくる。何故そうなのかは思い出すことができないが、もう一人の俺が無念そうに呟いた。
「何で、睡眠薬なんか……」
どうやら、睡眠薬を飲まされたようだ。それが分かると、急に俺は頭痛を認識した。頭の内部を蛇がのた打ち回っているような、鈍い痛みがジンジンと響いている。
その痛みにもめげず、這ったまま俺は前に進んでいく。逃げるのだと思っていたが、そうでもないようだ。なぜなら、煙が薄くなるどころか、どんどんと黒い濃い部分が増していき、床には赤いものが見えて来たからだ。
炎だと恐怖を覚えると、途端に体を焦がす熱気を俺は覚えた。
何で火元に向かっているんだ、馬鹿、引き返せ!
俺は、当然、自分に言い聞かせるが、その声は人形の俺には届いていないようだった。馬鹿の一つ覚えのように、ただただ、這って前へ進んでいく。本当に、こいつは俺なのかと、俺は殴ってやりたい衝動に駆られる。
「……けて」
何かが聞こえた。と、それを認識したと同時に、今度は部屋中が燃え上がっている轟音が俺の脳裏を焦がす。
今まで聞いたどんな火の音よりもけたたましく燃え上がる炎の音で、俺は怯えざるを得なかったが、体の方はそうでもなく、声の聞こえた方に進んでいく。そうだ、さっきのは声だ。それも女性の声に違いなかった。
そうか、俺は、人形の俺は、この声の主を探していたのだと、俺は思い当たった。
「……けて、たす……けて」
それは、確かに救いを求める声だった。その言葉を認識したとき、何故か、どうしても俺は彼女を助けたくて仕方が無くなった。人形の俺も、こういう心境だったのだろうと、俺はもう一人の自分に共感した。
黒い煙の中、伸びた女性の腕を俺は見つけた。俺はも右腕を伸ばし、その手を掴む。
「……行来……?」
「……俺以外、誰が、こんな所にいる……」
最後まで喋れず、俺はむせる。
「逃げ……」
「…………駄目……。私は、ここで死ぬしかない……」
「……助けてって……」
頭上であらゆるものを燃やし尽くしたような、炎が弾ける音がし、俺の言葉がかき消された。
「……いつか、貴方を助けるから、私を助けて……」
煙を撒き散らす風が起き、首を振りながらそういう彼女の顔が露になった。
意味不明な言葉だった。
理解しようとした瞬間、頭に衝撃を感じた。
はっと、俺は目が覚めた。何のことは無い、いつもの俺の部屋だ。いや、最初から夢だって分かっていたから、夢落ちに文句を言うわけではないが、それにしても、よくもまぁ、こんな夢を見たものだと、脂汗を拭う。
確かに、今日、彼女と会うから自意識過剰になっているのではあろうが、何故こんな訳の分からない設定の夢を見て、なおかつ、その最後が東雲操なのだろうと自嘲する。
本当に現実だったかのようなリアルさが、わずかながら俺に頭を触らせる動機となり、再度苦笑を引き起こさせながら、俺は立ち上がった。