第二章 ― 2― 6 ※2032文字
○セーブ先
・頭:能力に目覚めた日の朝。四月第二週の火曜日。
・左肘:能力に目覚めた日の夕方。四月第二週の火曜日。霧島が上野で殺人事件を起こした事を、テレビで知った直後に保存。
・左膝:平石行方不明ルート。放課後より前。四月第三週の火曜日。田中に平石がどうして来ていないのか聞くために、D組の前で保存。
・右つま先:一回目の高校卒業式後に保存。
・左つま先:能力に目覚めた日の朝。四月第二週の火曜日昼休み。コンビニには行かず、寝て学校に来て直哉に平石を知っていると答えた後で保存。
・右肘:平石行方不明ルート。四月第三週の木曜日の朝。平石が車に乗って帰ったのを直哉が見た日。この日以降、平石は学校に来ていない。
・右膝:平石行方不明ルート。四月第三週の木曜日の放課後。校舎の屋上。平石に質問をする直前。
※基本的に何月何週は便宜上つけているだけで、作中では触れていない。
今回、この携帯電話を平石母のバックの中にいれ、回収するまでが一連の行動の目的だった。すでに察している向きもあると思うが、あえて説明すると、ボイスレコーダーとして平石の母親のバックの中に忍ばせていたのだ。東雲弁護士との間で交わされた会話を確認したかったがために。
もちろん、途中で気付かれる可能性も、音が正確に録音できない可能性もあったが、駄目でもともと、しくじってもこちらとしては何も痛くないので試して見ることにしたわけだ。正直、上手くいく可能性は低いと思っていたのだが、こうして携帯が戻ってきたので、期待せずにはいられない。結果を確認するのを夜まで待たなければいけないのがもどかしかった。さすがに、学校でこれを再生するのはまずいと思ったからだ。
放課後、報道部に入り、家に帰ってきてからの直哉からの電話も済まして、俺は待ちに待った再生を始めた。
まず弁護士事務所に入るところから、音声は始まる。懸念していた音も思ったよりは鮮明に取れていた。しばらくしてから東雲は一旦部屋の外へと出て行く。平石の母親は、手持ちぶたさなのか、あれこれ、いじっているような音がしていた。この携帯に気付いたのか、何かしらと言いつつこれを手に取る音が聞こえる。ここまできてばれたのかと残念に思いながら聞いていると、丁度、東雲が戻ってきて、結局、平石母は携帯をその場に置いたのか、録音が止められることは無かった。
「申しわけありません。杉山ですが、どうしても間に合わないということなので、私のほうで先に説明をさせていただこうと思います」
そうですかと答える、平石母。
「ご依頼頂いた債務整理の件ですが、芳しくありませんでした」
「えっ?」
明らかに狼狽したような声を出した後、一昨日の話では上手くまとまったと聞いていると、平石母は抗議をしだした。
「落ち着いてください」
東雲がお茶を出したのか、湯のみを滑らす音がする。しばし会話が途絶えた後、机の上にコトンと物が置かれる音がした。平石母がそれを受け取って飲んだのだろう。
「ご主人様の借金のほとんどを笹蒲組というたちの悪い暴力団がおさえてしまいまして、ひどい取立てをするところで有名なところなのですが、大丈夫でしょうか?」
「そんなことは……」
と言いよどむ平石の母親。間髪いれずに東雲は話し続ける。
「間違え電話や、勧誘電話や、いたずら電話や、無言電話や、催促電話などはございませんか? もしくは不要なビラとか郵便受けに入っていたりしませんか?」
ちょっと待てと、俺は録音機に誰も聞いていないのに突っ込みを入れる。
たちの悪い取立てとこの意味の無い言葉の羅列がどう繋がる? 不要なチラシだって少なからず郵便受けに入ってくることだってあるだろう。話がでたらめもいいところだ。
しかし、これで、不自然に思わない人物がいる。他ならぬ平石の母親だ。
「顔色が優れないようですが、何か思い当たる節でも?」
「そういえば、最近、勧誘電話を受けました」
「それはまずいですね」
何がまずいんだと、俺は呆然とする。これはもう感情を操作されたと考える他は無い。何時の間にと俺が考える余裕も無く話は続いていく。
「ご心労お察しいたします。夜などなかなか寝付けないのでは?」
「そういえば、最近、どうも体調も良くない気がします」
「これから、もっと取立ては厳しくなっていきます。お気を確かにがんばってください」
「あの、これからどうしたらいいのでしょう。話を伺っていたら、不安でどうしようもなくなってきました」
「ご心配には及びません。そういう依頼主様も多いので夜逃げ用のサービスも行っております」
その後、幼稚園児が考えそうな夜逃げ屋組織の話をした後、ご家族にも説明したいということで、明日の夜にでも平石家へ伺うというような話の流れになり、最後には大事なことなので、明日の夜までは家族にも話さないようにと念までを押される。
その後、弁護士事務所を出て俺にぶつかるところまで録音されていた。
俺は、内容を聞いて怖いを通り越して呆れる以外なかった。霊感商法も真っ青なほどの話で、感情を操作するだけで、こんな馬鹿話を相手に信じ込ませられるのかと、単純に驚ろかされもした。
しかし、ただ驚いているわけにも行かず、何度も録音を再生する。この十数分のやり取りの中に、感情を操作する何かの契機があるのではないかと思ったからだ。なぜなら、俺も能力を使う時に基本『セーブ』とか『ロード』とか口に出さなければならない。だから、東雲の能力にもそういったことがあるのではないかと思えたからだ。
七度目かの再生だった。東雲が落ち着いてくださいといった後に、微かに平石母の「あっ」という小さな叫びと、それから謝り、東雲もこちらこそという返事が聞こえた。想像するに、東雲が湯飲みを差し出す手に、平石母の手が触れたのだろう。これだと、俺はそれらしきものを掴んだ気がした。俺は思い出していた。東雲に最初に会ったあの時、強引に俺は握手をさせられていたことに。