第二章 ― 2― 1 ※1638文字
○セーブ先
・頭:能力に目覚めた日の朝。四月第二週の火曜日。
・左肘:能力に目覚めた日の夕方。四月第二週の火曜日。霧島が上野で殺人事件を起こした事を、テレビで知った直後に保存。
・左膝:平石行方不明ルート。放課後より前。四月第三週の火曜日。田中に平石がどうして来ていないのか聞くために、D組の前で保存。
・右つま先:一回目の高校卒業式後に保存。
・左つま先:能力に目覚めた日の朝。四月第二週の火曜日昼休み。コンビニには行かず、寝て学校に来て直哉に平石を知っていると答えた後で保存。
・右肘:平石行方不明ルート。四月第三週の木曜日の朝。平石が車に乗って帰ったのを直哉が見た日。この日以降、平石は学校に来ていない。
・右膝:平石行方不明ルート。四月第三週の木曜日の放課後。校舎の屋上。平石に質問をする直前。
※基本的に何月何週は便宜上つけているだけで、作中では触れていない。
俺は、体育館の前で時間をつぶしていた。中ではようやく練習が終わり始めた。部活に入ったことが無い俺には分からないが、報道部が終った後もまだ練習をしているのは、自主錬とかになるのか、はたまた運動部の終る時間だけが特殊なのか、文化部が終るのが早いだけなのか分からないが、この奇妙な時間差に俺は辟易としながら、周囲が暗くなっていくのを眺めつつ待った。
何故、俺がこんなことをしているかはちゃんと理由がある。平石が車に向かう時間が分からなかったからだ。平石を校舎内から探し出すという手もあったが、会った時の気まずさを考えると流石にそれは選びたくなかった。そこで思い出したのが、直哉の話だ。奴によると部活が終った後帰ろうとして見かけたということだったので、体育館前でその時間を待っていたというわけだ。中で挨拶が済み片付けが始まる音を確認してから、俺は下駄箱に向かった。
靴箱の前で、平石を見つけたときは少し驚いた。もちろん彼女を待っていたのだから、会えることは当然なのだが、ここではなく校門を出た辺りを想定していたからだ。体育館に行く前に靴箱を確認し、中の靴がなくなっていたで、靴箱の前に彼女が来ることはないと想定していたのだ。だが、彼女は、薄暗いこの玄関で、何かを懐かしむようにゆっくりと周りを見回していた。声をかけたほうが良いかとも思ったが、逃げられると面倒なことになりそうだと思い物影に隠れる。
しばらくして彼女は校門に歩き出した。俺も急いで靴を履き替えると後を追う。校門を出て曲がったところで、俺は彼女に追いついた。まっすぐ前の方に例の車が見える。
「よう、平石。偶然だな」
平石の振り返る姿もこれで見納めかと思いつつ、彼女が喋りだすのを待った。
「来ると思った」
今回は全く驚かないで、溜息もつかないで、淡々と言った。
「なんだ、ばれてたか。一人で行くのはさびしいだろうと思ってな、そこまで送るぞ」
「余計なお世話よ。まぁ、折角ここまで来たんだからそこまで付き合ってもらおうかしら」
その無表情振りが、演技なのか本心なのかは俺には見ぬけないうちに、車の前にたどり着いた。黒塗りの車の運転席側のドアが開き、スーツ姿の女性が出てきた。胸元にバッチが光っている。
「お疲れ様でした、平石さん。こちらは?」
彼女は俺を見つつ平石に聞いた。
「同級生の狭間君です」
「このことを話したのですか?」
「はい。でも大丈夫です。連絡先はいってないですから」
そうですかと答えながら、俺のほうを向いて話しかけてきた。
「私は杉山弁護士事務所所属の弁護士、東雲操と申します」
職業柄なのか、礼儀正しくお辞儀をした後右手を差し出してきた。美人だと思った。映画なんかでみる人を拒むような類の美人だった。それで、思わず俺は手を出すのをためらった。その手を強引に掴むと彼女は言った。
「狭間さん。聞きたいこと、別れがたい気持ちなど色々とあると思います。しかし、この場に長くとどまることはできません。説明することもできません。できれば、このことは忘れてください」
手を離してまた深くお辞儀をする。俺は、さっきまで考えていた疑問を問い正すつもりでいたのだが、急速にその気持ちが萎えていった。それと同時に、これ以上、平石をこの場にいさせたらまずいと不安になり、わかりましたと返事をする。
「このことは他言無用でお願いします。それでは」
平石と東雲弁護士は、そういい残すと急いで車に乗りこんだ。
「それじゃ、さようなら」
車の窓越しに平石が手を差し出してきた。
「元気でな」
軽く握手を交わした後、車はいずこと無く走り去っていった。もう、平石の事を追うこともないだろうとその車を見送る。
車が完全に見えなくなったのを確認し、俺は左つま先に触れようとした。その時、右手の紙切れに気付く。握手の時に握らされていたのだろう。何だろうと見ると携帯の番号だった。平石の携帯の番号だろう。もう不要なものだとポケットに押し込み、左つま先に触れて『ロード』と呟いた。