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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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砕けたキーホルダー  ~カバンについた最後の思い出~

作者: EternalSnow
掲載日:2026/04/10

 始まりというものは、いつも静かに訪れる。

 大抵の場合、それは終わりの形をしている。


 ニュースの音量を下げた瞬間、画面の端に“未成年の事故”という文字が見えた。

 暴走トラックの事故。

 うわぁ、規模大きいじゃん。

 軽症の女性と、意識不明の男性。

 両方10代かー……。こっわ。

 ドコの車……あれ? ナンバープレートがぼやけてる?

 ニュース映像の音声が、わずかに遅れ……映像がズレたような気がした。

 編集のミス?

 いや、Liveなのに、どうして??

 

「えっ……?」

 他人事だと思おうとしたのに、映ったカバンのキーホルダーだけが、脳に焼き付いた。


 ――あれは、彼のものに似ている。


 胸の奥で、小さく何かがひび割れた。

 違う、違うはずだと自分に言い聞かせたのに、言い訳の言葉は息より先に消えていく。


 子どもの頃、彼に渡したあの魔法少女のキャラクターのガチャポン。

 

 もう恥ずかしいと笑う年になっても、彼は鞄につけ続けていた。

 

「ガチャポンって面白いよなー。

 ありゃ、これかー。あ、でもこれ持ってるからあげる。

 僕もつけとくから、親友の証ってことで!」

 そう言った何気ない私の言葉。

「うん、親友の証だ!」

 これを、彼はずっとカバンに付けていた。

 たぶん、私よりもずっと大切にしていた。


 ――いや、似ているだけだ。あれは誰か別の子のものだ。

 ――子どもなら、ああいうキーホルダーを付けることだってある。

 ――だけど……あれ、もうガチャポンにはなかったはず。


 そのはずなのに、靴も履き替えず家を飛び出していた。

 冬の空気が刺すように冷たい。

 そのせいで、心臓と手が震えてるだけ。

 呼吸が乱れ、何かを祈るように名前を何度もつぶやいてしまう。


 “どうか、違っていて。どうか、そこにいないで。”


 願いは、走るたびに遠ざかっていく気がした。


 走った。

 息が荒れ、髪を振り乱れても構わなかった。


 彼の家に着く。

 ピンポーン、とインターホンを押しても、応答はない。

 静かすぎる玄関。嫌な予感が脳裏をかすめた。


 その瞬間、リィン――とスマホに付けた鈴が鳴った。

 震える指でスマホを取り出し、今日の緊急受け入れを調べる。

 近い病院だった。


 脇目も振らず、私はまた走る。


 ――これで何もなかったら、久しぶりに話そう。

 ――ずっと昔からの気持ちを伝えてもいい。

 ――だから、お願い。


 病院に入る。

 入ると同時に、大きく体が重くなる。

 息が強く切れる……走りすぎた?

 結構な人が居て、ざわついていた。

 

「ねぇ、さっき運ばれた子……高校生ぐらいの男の子だったらしいわよ」

「トラックは“誰も見てない”とか言ってて、何それって感じ」

「警察も来てたけど、すぐに帰ったって。

 引かれたのなら、事件なのにどうしてかしら?」

 

 でも、そんなの気にしてはいられない。

 あの噂話は彼の事?

 確認しないと……。

 息を整えながら、人をかき分けて、案内板を確認する。

 ――あっちね。


 病院で走るわけにはいかず、速足で緊急外来に向かう。

 

 自分の足音だけが、やけに響いた。


 そのとき、誰一人すれ違うことはなかった。

 あれだけ、人が居たはずなのに、誰も、いない?

 さっきまでは、人であふれていたのに――。

 いや、そんなことより、緊急外来のロビーに向かわないと。

 

 

 

 

 

 緊急外来のロビーは暗く、受付だけにぽつりと光が灯っていた。

 

 その光の中心に、受付の女性が立っていた。

 妙に大きく、くっきりと。

 空気が、さっきより張りつめたような気がした。

 糸をピンっと張ったように。

 

 私は構わず駆け寄り、声が震えるのも気にせず言った。


「すみません……界翔かいとくんは、ここに……いませんか。

 幼馴染なんです……!」


 返事がない。

 表情すら、変わらない。

 ――おかしい。

 

「輪音は、こっちに来ちゃダメだ」

 子どものころから何度も聞いた声だった。

 振り返っても、誰も、いない。

 

 金属をひっかいたようなキィンという音が鳴る。

 同時にズキンっと頭に鈍い痛みが走った。

 

 明滅する光に包まれ、目の前が一瞬、ぐにゃりと歪んだ。

「な、なに?」

 

 ほんの一瞬、世界が息を止めたみたいだった。

 空気が“入れ替わる”音がした気がした。

 

 

「今日はどのようなご用件でしょうか?

 問診表をご記入いただけますか?」


 突然の声。

 心配そうな受付の女性の表情と、明かりが灯っている?

 まばたきをした一間、昼の病院の明るさが広がっていた。

 ついさっきの暗いロビーが夢だったみたいに、

 全部が白くて明るかった。

 

 やけに、まぶしくも感じた。

 

 人も少ないながら居て、先ほどとは全く違って見えた。

 まるで、空間を切り取ったようなその時間を不思議に思いつつも、

 もう一度同じ言葉を出した。


「すみません……界翔かいとくんは、ここにいませんか。

 私は、金堂輪音こんどうりんね

 彼の幼馴染なんです……!」

「……ああ、彼の。ちょっと待っててもらえますか?」

 眉を下げた表情で、心臓がドクンっと大きくなった。

「……はい」

 言葉はか細くしか出せなかった。


 そわそわし続けている。

 落ち着く感じがしない。

 その様子を心配しているのか、誰かしらが私を見続けているように感じる。

 天井からすら見られているように感じるとか、笑えない。


「……ご家族様の確認が取れました。では、こちらに」


 ぐっとさらに重くなる。

 家族に、確認。

 本人では、なかった。


 ――どうか、生きていて。



 でも、現実はそんな優しくはなかった。

 案内された時の記憶は、あんまり覚えてない。

 顔の上に白い布がかけられていて、

 私は、言葉が出なかった。


 彼は、もう居ない。

 そう思うと、自然と涙が零れた。

 転んだ私に手を差し伸べてくれたあの手。

 その手は、傷だらけだ。


「……界翔、どうして?」

「あの子は、道路で……トラックに」


 音を立てて、すべてが崩れていく音が、聞こえた気がした。



 『後悔は後で悔いるモノである』

 突然、頭に浮かんだ言葉。

 なるほど、言い得て妙にしっくりくる。

 

 でも、彼いなくなってから、気づいてしまう。

 彼を好きだったのは、子供のころの話。

 いつの間にか、彼を“昔のままじゃない”理由で遠ざけていた。

 でも、本当は気付いていた。

 ずっと、私は彼のことが好きなままだった。

 

 それに、私は目を逸らしてた。

 本当は好きなのに、“違うよ”って誤魔化して。

 恥ずかしがって。

 

 最初に意地を張って、笑えずに拒絶したあの瞬間――

 

 もし、『また、遊ぼう?』と言えていたら……。

 

 もし、友達の目なんて気にしなかったら……。

 

 もし、《《先に》》想いを伝えていたら、きっと何かが違ったかもしれない。

 一緒に帰っていれば、変わったかもしれない。


 ……彼を、守れていたのかもしれない。


 今にして思えば、おかしい。

 誰かに、彼は導かれるように。

 最初から“記録に残すつもりがなかった”みたいだった。

 まるで、嘲笑われているかのよう。

 


 トラックは見つからない。

 ニュースも、肝心の“トラック”には一度も触れない。

 まるで最初から無かったみたいに。

 警察が動いてくれているのかもしれない。

 だからなのか、映像にはトラックが映っていない。

 まるで私だけが、何か大事なものを見えないようにされているみたい。

 

 でも、違和感がぬぐえない。

 なら、どうして、警察は帰っていったのか。

 私にも事情聴取とかするものじゃないのか。

 ……やる気、あるの?

 

 

 

「界翔」

 冷たくなってしまった彼には、もう届かない。

 

 手を頬に当てても、彼の手はもう涙を拭いてはくれない。

 

 ――指先に触れた瞬間、冷たさが爪の奥までしみた。

 その手首には、拭いきれない泥が乾き、白く浮いている。

 

 彼の近くには、キーホルダー。

 魔法少女のキャラの笑顔が砕けて、傷一つない彼の代わりに傷ついたかのように、感じた。

 

 それが、より彼の喪失を際立てた。

 どこか、彼が泣いている気がした。

 手の感触が、まるでその涙を吸い込み、冷え切っているように感じて辛い。

 まるで、彼に拒絶されているような。


 慌てることも、笑顔も、ない。

 白い布をそっとめくられても、綺麗にただ眠りにつき、表情すら歪まない。

 笑顔も、泣き顔も、困った表情も、全部ない。

 

 

 どうして、傍にいてあげられなかったんだろう。

 どうしてあの時、笑って“またね”と言えなかったんだろう。


 伝えられなかった言葉は、今も胸の奥で静かに燻っている。


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