第七話 噂は夜より速い(そして大抵、正確ではない)
第七話です。
噂は、朝に完成する。
畑に出る前、井戸端に人が集まっていた。
水より先に回るのは、昨夜の話だ。
「聞いた?」
「何を」
「選考、あったらしいよ」
「点数つくやつ?」
「違う。余力」
余力、という言葉だけが独り歩きしている。
「余力って何?」
「……余る力?」
「夜の?」
「たぶん」
笑いが漏れる。
だが、目は真剣だ。
噂は冗談の顔をして、序列を作る。
先生が来ると、空気が一瞬で整った。
「今日は何を測るんです?」
誰かがわざとらしく聞く。
「噂です」
「え?」
先生は板を立て、炭で大きく書いた。
事実/推測/願望
「分けます」
「……噂を?」
「はい」
ざわめき。
だが、興味が勝つ。
「昨夜、三人だった」
「事実です」
「静かだった」
「推測です」
「楽しそうだった」
「願望です」
爆笑。
「先生、それ失礼!」
「分類です」
セラが腕を組む。
「便利だけど、嫌な板だね」
⸻
昼前、畑で事件が起きた。
男が叫ぶ。
「俺、選ばれてないのに“夜担当”って言われた!」
周囲が見る。
評価の目。
「誰に?」
「……皆に」
先生は板を運ばせ、当人の前に立てた。
「事実は?」
「……半日」
「推測は?」
「……夜もいける」
「願望は?」
「……全部」
周囲、噴き出す。
「願望は畑に出ません」
「厳しい!」
「現実的です」
⸻
昼休み。
女たちが木陰で笑っている。
噂は、もう再加工されていた。
「先生って、選ばれない日もあるらしいよ」
「え、あるの?」
「断る権利、使ったって」
真偽不明だが、良い噂だ。
「完璧じゃないの、助かる」
「分かる」
そこへ先生が来る。
「補足します」
女たちが一斉に見る。
「断る権利は、誰にでもあります」
「先生にも?」
「はい」
「理由は?」
「眠いから」
間。
次の瞬間、笑いが弾けた。
「人間だ!」
「そりゃ眠いよね!」
「昨日、長かったし!」
先生は否定しない。
噂の半分は、肯定すると収まる。
⸻
夜。
今日は、話し合いが短い。
理由は簡単だ。
噂が先に仕事をした。
「今日は静かに」
「同意」
「明日、都市の商人来るし」
布が敷かれる。
距離は近いが、慌ただしくない。
「先生」
囁き声。
「噂、どう思う?」
「便利です」
「え」
「本音が混ざります」
「じゃあ、今夜の噂は?」
「……“早めに終わった”でしょう」
小さな笑い。
灯りが落ちる。
触れ合いはある。
体温が移り、呼吸が揃う。
だが、今日は短い。
翌朝のためだ。
⸻
翌朝。
畑は、妙に静かだった。
噂が一巡した後の、凪。
都市からの荷車が見える。
外の目だ。
セラが言う。
「先生、噂ってさ」
「はい」
「外に出ると、化けるよね」
「はい」
「どうする?」
先生は板を裏返し、こう書いた。
書いて残す
「噂は、文字に弱い」
セラは笑った。
「嫌な対策」
遠くで、港の少年がそれを見ている。
噂の流れ。
板の使い方。
火消しの速さ。
少年は、頷いた。
――夜より速いものがある。
――それを、遅くする方法も。
先生は、板を片付けた。
噂は消えない。
だが、管理できる。
教育は、
人を正しくしない。
ただ、
騒ぎの音量を下げる。
それだけで、
村は今日も回る。
誤字脱字はお許しください。




