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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革農村編〜』  作者: くろめがね


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7/9

第七話 噂は夜より速い(そして大抵、正確ではない)

第七話です。

噂は、朝に完成する。


畑に出る前、井戸端に人が集まっていた。

水より先に回るのは、昨夜の話だ。


「聞いた?」

「何を」

「選考、あったらしいよ」

「点数つくやつ?」

「違う。余力」


余力、という言葉だけが独り歩きしている。


「余力って何?」

「……余る力?」

「夜の?」

「たぶん」


笑いが漏れる。

だが、目は真剣だ。

噂は冗談の顔をして、序列を作る。


先生が来ると、空気が一瞬で整った。


「今日は何を測るんです?」

誰かがわざとらしく聞く。

「噂です」

「え?」


先生は板を立て、炭で大きく書いた。


事実/推測/願望


「分けます」

「……噂を?」

「はい」


ざわめき。

だが、興味が勝つ。


「昨夜、三人だった」

「事実です」

「静かだった」

「推測です」

「楽しそうだった」

「願望です」


爆笑。


「先生、それ失礼!」

「分類です」


セラが腕を組む。

「便利だけど、嫌な板だね」



昼前、畑で事件が起きた。


男が叫ぶ。

「俺、選ばれてないのに“夜担当”って言われた!」


周囲が見る。

評価の目。


「誰に?」

「……皆に」


先生は板を運ばせ、当人の前に立てた。


「事実は?」

「……半日」

「推測は?」

「……夜もいける」

「願望は?」

「……全部」


周囲、噴き出す。


「願望は畑に出ません」

「厳しい!」

「現実的です」



昼休み。


女たちが木陰で笑っている。

噂は、もう再加工されていた。


「先生って、選ばれない日もあるらしいよ」

「え、あるの?」

「断る権利、使ったって」


真偽不明だが、良い噂だ。


「完璧じゃないの、助かる」

「分かる」


そこへ先生が来る。


「補足します」

女たちが一斉に見る。


「断る権利は、誰にでもあります」

「先生にも?」

「はい」


「理由は?」

「眠いから」


間。


次の瞬間、笑いが弾けた。


「人間だ!」

「そりゃ眠いよね!」

「昨日、長かったし!」


先生は否定しない。

噂の半分は、肯定すると収まる。



夜。


今日は、話し合いが短い。

理由は簡単だ。

噂が先に仕事をした。


「今日は静かに」

「同意」

「明日、都市の商人来るし」


布が敷かれる。

距離は近いが、慌ただしくない。


「先生」

囁き声。

「噂、どう思う?」


「便利です」

「え」

「本音が混ざります」


「じゃあ、今夜の噂は?」

「……“早めに終わった”でしょう」


小さな笑い。

灯りが落ちる。


触れ合いはある。

体温が移り、呼吸が揃う。

だが、今日は短い。


翌朝のためだ。



翌朝。


畑は、妙に静かだった。

噂が一巡した後の、凪。


都市からの荷車が見える。

外の目だ。


セラが言う。

「先生、噂ってさ」

「はい」

「外に出ると、化けるよね」


「はい」

「どうする?」


先生は板を裏返し、こう書いた。


書いて残す


「噂は、文字に弱い」


セラは笑った。

「嫌な対策」


遠くで、港の少年がそれを見ている。

噂の流れ。

板の使い方。

火消しの速さ。


少年は、頷いた。


――夜より速いものがある。

――それを、遅くする方法も。


先生は、板を片付けた。


噂は消えない。

だが、管理できる。


教育は、

人を正しくしない。


ただ、

騒ぎの音量を下げる。


それだけで、

村は今日も回る。


誤字脱字はお許しください。

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