第六十話 選ばれたい、という声
60話です。
朝、板の前に、
人が並んでいた。
誰も声を出さない。
だが、
視線が同じ方向を向いている。
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線を引く役:未定
空白。
それだけで、
空気が張る。
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「……今日は、
どう決める?」
誰かが言う。
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ミラが答える。
「いつも通り、
交代で」
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「……昨日の人、
良かったけど」
小さな声。
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ロウが、
すぐに言う。
「評価しない」
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「分かってる」
声は返る。
だが、
引っかかりは残る。
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午前。
作業は進む。
だが、
判断が一つ出るたび、
誰が言ったかが
注目される。
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「それ、
誰の判断?」
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「……俺」
若い男の声。
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「……なるほど」
その反応に、
微妙な温度が混じる。
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昼前。
集まりが、
予定より早く開かれる。
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「……正直に言う」
若い女が言う。
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「やりたい」
沈黙。
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「線を引く役」
言葉を、
はっきり言う。
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「……なんで?」
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「見えるから」
即答だった。
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「判断が、
残る」
「名前が、
板に残る」
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空気が、
冷える。
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「……それ、
良くない」
誰かが言う。
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「でも」
女は続ける。
「隠れてやるより、
マシ」
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午後。
その日、
線を引く役は
抽選で決まる。
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理由は一つ。
選ばせないため。
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紙切れ。
名前。
無言。
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選ばれたのは、
別の男。
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「……あ」
小さな落胆。
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判断は、
淡々と出る。
だが、
納得の仕方が違う。
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「……抽選か」
「公平だな」
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「……でも」
小声。
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「上手い人、
使わないの?」
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夜。
逃がす場所。
小さな輪。
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「……今日さ」
「……うん」
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「抽選、
嫌だった?」
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「嫌じゃない」
一拍。
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「……でも、
選ばれたかった」
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その言葉に、
誰も笑わない。
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ロウが、
静かに言う。
「それが、
政治の入口だ」
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「政治?」
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「役を、
欲しがる」
「評価を、
気にする」
「選ばれたいと、
思う」
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「それが、
始まり」
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翌朝。
板の前。
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線を引く役:抽選
と、
小さく書き足されている。
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子どもが、
それを読む。
「……先生なら、
どうした?」
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ロウは、
答えない。
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板の下に、
一文が加わる。
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役
→ 回す
→ 欲が出る
→ 選び始める
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農村は、
はっきりと気づいた。
制度は、
人を平等にする。
だが――
人の心は、
平等を嫌う。
選ばれたい。
認められたい。
それは、
悪ではない。
だが、
放置すると――
列が、派閥になる。
誤字脱字はお許しください。




