第五十八話 孤独を、制度にする
58話です。
朝、畑は回っていた。
水も合っている。
倉も遅れていない。
逃がす場所も、使われている。
――だが、ロウの周りだけが空いている。
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「……昨日さ」
誰かが言いかけて、止まる。
言えば、
誰の話か分かるからだ。
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午前。
ロウは、淡々と判断を出す。
短く。
正確に。
感情を挟まない。
――完璧だ。
それが、
余計に距離を作る。
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セラが、作業の合間に言う。
「……このままだと」
ロウは、続きを待つ。
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「ロウが、
“先生の代わり”になる」
ロウは、否定しない。
「……なりかけてる」
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昼前。
集まりが、
少し早く開かれる。
ロウが、珍しく先に口を開いた。
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「……一人で嫌われるの、
やめる」
ざわつく。
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「……やめる?」
「線、引かない?」
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ロウは、首を振る。
「線は引く」
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「じゃあ……」
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ロウは、板を出す。
新しい板だ。
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線を引く役
・毎日変わる
・理由は必ず書く
・一人で決めない
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「……交代制?」
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「孤独も、
交代制」
その言葉で、
空気が変わる。
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「……嫌われ役を、
回す?」
誰かが、
半分冗談で言う。
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ロウは、
即答する。
「回す」
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「理由は?」
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「一人にすると、
人格になる」
沈黙。
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「人格になると」
ロウは続ける。
「制度じゃなくなる」
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午後。
最初の交代が、
即日で行われる。
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線を引く役:ミラ
理由:昨日の兆候対応
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ミラが、
板の前に立つ。
少し、緊張している。
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「……今日は、
逃がす場所、
短めで」
理由を添える。
「溜まりすぎてる」
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誰かが、
反発しかける。
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「……ミラ?」
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ミラは、
一瞬だけロウを見る。
ロウは、
何も言わない。
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ミラは、
自分で続ける。
「今日は、
私の役」
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その言葉で、
空気が落ち着く。
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夕方。
畑は、
いつも通り終わる。
だが、
ミラの周りが、
少し空く。
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ミラが、
小さく言う。
「……これ、
きついね」
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ロウは、
頷く。
「だから、
回す」
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夜。
逃がす場所に、
ロウがいる。
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今日は、
誰かが来る。
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「……今日、
私だった」
ミラが、
腰を下ろす。
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「……どうだった?」
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「嫌だった」
即答だった。
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ロウは、
少し笑う。
「……明日、
俺じゃない」
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翌朝。
板に、
新しい項目が増える。
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線を引く役
・交代
・理由を共有
・終わったら、逃がす
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子どもが、
それを読む。
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「……嫌われるの、
休めるんだ」
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セラが、
頷く。
「休めない役は、
続かない」
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畑は回る。
判断は出る。
線も引かれる。
だが、
誰も一人で背負わない。
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板の下に、
最後の一文が書かれる。
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孤独
→ 個人に背負わせる ×
孤独
→ 役として回す ○
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農村は、
また一つ、
冷たい知恵を手に入れた。
人を守らない。
感情も守らない。
――壊れない形だけを守る。
誤字脱字はお許しください。




