第五十七話 線を引く者が、嫌われる
57話です。
朝、畑は回っていた。
水も合っている。
倉も遅れていない。
逃がす場所も、静かだ。
――静かすぎる。
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逃がす場所の板。
昨日、立てられたもの。
逃がす場所
・使っていい
・居続けない
・仕事を終えてから
誰も、触らない。
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「……あれさ」
誰かが、ぽつりと言う。
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「急に、
冷たくなったな」
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午前。
倉の前。
昨日まで逃がす場所にいた男が、
黙って作業している。
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「……戻ってきたな」
誰かが言う。
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男は、
何も答えない。
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「……板、
見た?」
小さな声。
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「見た」
短い返事。
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空気が、
少しだけ、
硬い。
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昼前。
逃がす場所に、
誰もいない。
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「……使われてない」
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「……効いてる、
ってこと?」
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「それとも……」
言葉が続かない。
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集まりが、
自然に起きる。
だが、
輪が歪だ。
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「……あの線」
誰かが言う。
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「正しいよな」
「必要だ」
即答が続く。
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「でも」
一拍置く。
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「誰が、
決めた?」
空気が、
一段、冷える。
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視線が、
一箇所に集まる。
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ロウ。
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ロウは、
否定しない。
「俺だ」
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「……やっぱりな」
小さな声。
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「逃がす場所、
居心地悪くなった」
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「……使う側の
気持ち、
考えた?」
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ロウは、
少しだけ間を置く。
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「考えた」
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「それでも?」
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「それでも」
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沈黙。
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セラが、
横から言う。
「……線、
引かなかったら」
「逃がす場所が、
住処になる」
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誰も、
否定しない。
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だが。
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「……じゃあ、
ロウが
悪者?」
冗談のような声。
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ロウは、
首を振る。
「役だ」
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「役?」
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「俺が
嫌われる役」
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空気が、
ざわつく。
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「……それ、
また一人で?」
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ロウは、
答えない。
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午後。
作業は続く。
だが、
ロウの周りが、
少し空く。
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話しかける声が、
減る。
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セラが、
小声で言う。
「……これ、
前と同じ」
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ロウは、
苦笑する。
「分かってて、
やってる」
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夕方。
集まりが、
短く開かれる。
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「……線、
変える?」
誰かが、
試すように聞く。
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ロウは、
首を振る。
「今は、
変えない」
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「理由は?」
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「まだ、
壊れてない」
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その言葉で、
誰も続けられなくなる。
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夜。
逃がす場所に、
ロウが一人で座っている。
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誰も、
来ない。
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板の文字が、
月明かりで見える。
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居続けない
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ロウが、
小さく笑う。
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「……皮肉だな」
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翌朝。
畑は回る。
逃がす場所も、
使われる。
だが、
短く。
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板の下に、
誰かが書き足す。
小さな字。
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線
→ 正しい
→ 必要
→ 嫌われる
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農村は、
また一つ学んだ。
制度を守る線は、
人を守らない。
守られるのは、
全体だけだ。
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だから――
線を引く役は、
いつも
孤独になる。
誤字脱字はお許しください。




