第五十六話 無駄を、狙う人間
56話です。
朝、畑は回っていた。
水も合っている。
人も足りている。
判断も軽い。
逃がす場所は、
うまく機能している。
――ように見えた。
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「……あれ?」
倉の前で、
ロウが足を止める。
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「……人、
少なくない?」
数を数える。
一人、
足りない。
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「……逃がす場所?」
誰かが言う。
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ロウは、
即答しない。
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午前。
逃がす場所に、
人が集まっている。
昨日より、
明らかに多い。
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「……今日は、
賑やかだな」
誰かが言う。
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笑い声。
寝転ぶ者。
話し込む者。
悪くない。
――だが。
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「……あの人、
今日も来てない?」
誰かが、
小声で言う。
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視線が、
一人に集まる。
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若い男。
ここ数日、
必ずいる。
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「……仕事、
どうした?」
声がかかる。
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男は、
軽く肩をすくめる。
「……今日は、
ここ」
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空気が、
少しだけ、
変わる。
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昼前。
倉の作業が、
遅れる。
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「……あの人、
担当だったよな」
誰かが言う。
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ロウが、
頷く。
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「……昨日も、
来てなかった」
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集まりが、
小さく起きる。
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「……サボり?」
「いや……
制度内だろ」
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「逃がす場所、
禁止じゃない」
事実だ。
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「……でも」
言葉が詰まる。
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午後。
逃がす場所。
男は、
相変わらず座っている。
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「……楽?」
誰かが、
冗談めかして聞く。
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男は、
笑う。
「楽」
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笑いが、
一瞬、止まる。
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セラが、
ゆっくり近づく。
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「……昼の仕事は?」
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男は、
即答する。
「やってない」
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「理由は?」
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「ここが、
許されてる場所だから」
言い切り。
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沈黙。
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夕方。
畑は終わる。
だが、
倉が遅れた分、
疲れが残る。
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「……不公平じゃない?」
誰かが言う。
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ロウは、
否定しない。
「不公平だ」
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「じゃあ、
止める?」
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ロウは、
首を振る。
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「止めたら、
逃げ道じゃなくなる」
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夜。
集まりが、
開かれる。
今回は、
逃がす場所で。
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男も、
そこにいる。
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ロウが、
静かに言う。
「……ここは、
逃げる場所だ」
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「住む場所じゃない」
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男は、
笑う。
「線、
引いてなかった」
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セラが、
言葉を継ぐ。
「……引く」
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板が、
初めて、
逃がす場所に立つ。
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逃がす場所
・使っていい
・居続けない
・仕事を終えてから
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「……条件?」
男が言う。
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「境界」
ロウが答える。
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「越えたら?」
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「昼に戻す」
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沈黙。
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男は、
しばらく考え、
立ち上がる。
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「……じゃあ、
明日は、
働く」
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誰も、
拍手しない。
だが、
否定もしない。
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翌朝。
倉は回る。
逃がす場所は、
空いている。
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「……減ったな」
誰かが言う。
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「逃げる場所は、
狙われる」
ロウが言う。
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板の下に、
新しい一文が書かれる。
無駄
→ 逃げ道
→ 狙われる
→ 線が要る
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農村は、
理解した。
善意で作った制度は、
必ず、
悪意ではない利用を受ける。
それは、
失敗ではない。
次の設計条件だ。
誤字脱字はお許しください。




