第五十四話 棚が、溢れる
54話です。
朝、板の端が、埋まっていた。
昨日の兆候。
一昨日の兆候。
その前の兆候。
小さな字が、
隙間なく並ぶ。
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夜の兆候
・水:不安
・休み:助かる
・倉:怖い
・人:足りない気がする
・水:多い気がする
・人:余る気がする
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「……増えたな」
誰かが言う。
誰も否定しない。
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午前。
判断は、いつも通り出る。
水:維持
人:調整
倉:点検
正しい。
揺れない。
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だが、
板の端が、視界に入る。
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「……今日も、
兆候、増えるよな」
冗談めいた声。
笑いは、出ない。
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昼前。
小さな異変が起きる。
倉で、
手が止まる。
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「……大丈夫?」
「……うん」
返事はある。
だが、
間が長い。
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ロウが、
板を見る。
兆候の列。
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「……増えすぎだ」
声は、低い。
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集まりが開かれる。
今回は、
予定外だ。
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「……棚が、
いっぱいだ」
ロウが言う。
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「消す?」
誰かが聞く。
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「消したら、
地下に行く」
即答だった。
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「じゃあ……
使う?」
沈黙。
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「使わないって
決めた」
セラが言う。
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「……でも」
ミラが続ける。
「溜めすぎると、
無視と同じ」
空気が、
少し冷える。
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午後。
兆候が、
判断に“触れる”。
直接ではない。
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「……水、
今日も不安って出てるな」
「でも、
数字は合ってる」
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「じゃあ……
どうする?」
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誰も、
すぐに答えない。
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「……確認、
一つ増やす?」
妥協案が出る。
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夕方。
作業は終わる。
だが、
疲れが残る。
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「……理由、
分かんない疲れ」
誰かが言う。
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夜。
人は集まる。
だが、
話題が同じになる。
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「……今日も、
言われなかった」
「……板に書かれただけ」
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「……それ、
意味ある?」
誰かが、
ぽつりと聞く。
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セラが答える。
「……ある」
だが、
確信は弱い。
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翌朝。
板の端が、
さらに埋まる。
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夜の兆候
・倉:怖い
・人:余る気がする
・判断:重い
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「……判断、
重い?」
誰かが読む。
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ロウが、
視線を上げる。
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「……それ、
初めてだな」
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沈黙。
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「兆候が、
判断そのものに
触れ始めた」
ミラが言う。
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「……棚、
溢れたな」
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誰も、否定しない。
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板の下に、
新しい一文が書かれる。
兆候
→ 溜める
→ 量になる
→ 圧になる
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農村は、
分かった。
感情を棚に置くだけでは、
足りない。
量になった感情は、
制度を押す。
次に必要なのは、
整理ではない。
放出口だ。
チョークシリーズは他の先生の物語もありますのでよろしければご覧ください。




