第五十二話 夜が、制度を壊す
52話です。
朝、畑は静かだった。
水は回る。
人も動く。
板も立っている。
――全部、正しい。
それなのに、
空気が薄い。
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「……昨日さ」
誰かが言いかけて、
口を閉じる。
夜の話は、
昼に持ち込まない。
それが、
暗黙の了解だった。
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午前。
判断は、淡々と出る。
「水、ここ維持」
「人、二人移動」
「倉、触らない」
理由もある。
数字も合う。
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だが、
一人の男が、動かない。
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「……どうした?」
ロウが聞く。
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「……昨日、
夜に聞いた」
一瞬、空気が止まる。
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「……何を?」
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「水、
多いって」
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ミラの視線が、
一瞬だけ動く。
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「……誰から?」
男は、答えない。
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ロウが、
静かに言う。
「それは、
夜の話だ」
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「でも」
男は続ける。
「……夜の方が、
本音だろ」
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沈黙。
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午前の作業が、
少し遅れる。
誰も責めない。
だが、
判断が割れ始める。
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「昼は正しい」
「夜は本音」
「じゃあ、
どっちが上?」
誰も、答えられない。
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昼前。
集まりが、
予定より早く開かれる。
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「……線、
引かないと」
セラが言う。
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「昼と夜」
「制度と本音」
言葉にすると、
急に重くなる。
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ミラが、
小さく言う。
「……昨日、
謝った」
視線が集まる。
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「夜に」
正直な声。
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「昼の判断、
正しかった」
「でも……」
「人の顔が、
残った」
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誰も否定しない。
だが、
ロウが言う。
「……それを
昼に持ち込むと」
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「判断が、
揺れる」
事実だ。
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午後。
一つ、
明確な越境が起きる。
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水を減らす判断が、
出る。
理由は、
昼の数字。
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だが、
夜に聞いた声が、
残る。
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「……少しだけ、
残せない?」
誰かが言う。
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ミラが、
答えに詰まる。
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正しいのは、
減らすこと。
だが、
夜に聞いた「怖い」が、
頭から離れない。
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「……」
一拍。
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「例外」
ミラが言う。
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その瞬間、
空気が変わる。
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「例外?」
「どこまで?」
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「……今日だけ」
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午後の作業は、
回る。
だが、
歯切れが悪い。
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「……あれ、
特別扱いじゃない?」
囁きが走る。
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夕方。
畑は終わる。
昨日より、
少し遅い。
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集まりが開かれる。
今度は、
重い。
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ロウが、
はっきり言う。
「夜が、
昼に入った」
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沈黙。
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「一回なら、
いい」
誰かが言う。
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「でも」
ロウは続ける。
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「二回目から、
制度じゃなくなる」
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セラが、
深く息を吸う。
「……じゃあ、
夜は、
切り捨てる?」
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誰も、
即答できない。
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子どもが、
ぽつりと言う。
「……先生なら、
どうした?」
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誰も、答えない。
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夜。
人は集まる。
だが、
昨日より静かだ。
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「……昼に、
言われた」
「……夜の話、
出たって」
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本音が、
本音を呼ぶ。
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だが、
その流れが、
昼を壊しかけていることを
全員が、うっすら感じている。
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翌朝。
板には、
いつも通り、役割が書かれる。
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だが、
その下に、
誰かが書き足している。
小さな字。
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例外
→ 優しさ
→ 積むと
→ 崩れる
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農村は、
分かった。
夜は、
人を守る。
だが――
昼に混ぜると、
制度を溶かす。
ここから先は、
選択だ。
夜を切るか。
昼を壊すか。
あるいは――
第三の線を引くか。
チョークシリーズは、他の先生の物語もありますので、よろしければご覧ください。




