第五十話 嫌われ役を、増やす
50話です。
朝、畑はいつも通り回っていた。
水も足りている。
人も余っている。
――それでも、
空気は軽くない。
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板に書かれた名前を見る。
判断役:ロウ
誰も、声を出さない。
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「……今日も?」
誰かが、ぽつりと言う。
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ロウは、板を消した。
白く、何も残らない。
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「今日は」
ロウが言う。
「俺じゃない」
ざわめき。
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「じゃあ、誰?」
「決まってない?」
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ロウは、板に三つ書く。
判断
・水
・人
・倉
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「分ける」
短い言葉。
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「水は、ミラ」
「人は、セラ」
「倉は、俺」
視線が動く。
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「……それ、
ズルくない?」
冗談めいた声。
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ロウは、否定しない。
「楽になる」
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午前。
判断が、分散する。
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「水、ここ増やす」
ミラが言う。
理由も短い。
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「人、二人外す」
セラが言う。
説明は、簡潔。
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「倉、今日は触らない」
ロウが言う。
それだけ。
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視線は、散る。
昨日までのように、
一箇所に集まらない。
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昼前。
不満は、出る。
だが――
向きが違う。
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「……水、多くない?」
「ミラの判断か」
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「……休み多くない?」
「セラだな」
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誰も、
一人に集中させない。
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「……倉、
仕事少なすぎ」
「ロウだな」
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誰かが、苦笑する。
「……分散すると、
文句も分散するな」
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昼。
集まりが、自然に起きる。
板の前に、三人が立つ。
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「……どうだった?」
セラが聞く。
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ミラが言う。
「楽じゃない」
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ロウが言う。
「でも、昨日より
軽い」
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誰かが言う。
「……誰が悪いか、
分からない」
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セラが答える。
「それでいい」
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午後。
一つ、判断が衝突する。
水を増やした結果、
倉の乾きが遅れる。
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「……水、
やりすぎ?」
ミラが言う。
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ロウが答える。
「倉、
今日は我慢する」
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「……文句、
来るよ?」
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ロウは、肩をすくめる。
「来たら、
分担」
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夕方。
畑は、
予定通り終わる。
昨日より、
少し遅い。
だが――
誰も孤立していない。
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集まりが開かれる。
誰かが、言う。
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「……嫌われ役、
増やしたら」
一拍置く。
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「嫌われにくくなった」
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笑いが、
小さく起きる。
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ロウが言う。
「……先生、
これ、
やってなかったよな」
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セラは、首を振る。
「一人で
背負ってた」
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「だから、
消えた」
沈黙。
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板に、
新しい一文が書かれる。
嫌われ役
→ 一人
→ 壊れる
嫌われ役
→ 分担
→ 続く
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夜。
子どもが、聞く。
「……先生、
これ見たら、
怒る?」
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セラは、少し考えて答える。
「笑う」
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翌朝。
板には、
三つの名前が並ぶ。
水:ミラ
人:セラ
倉:ロウ
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農村は、
また一つ、賢くなった。
正しさを、
人から剥がした。
その代わり――
制度が冷たくなった。
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だが、
冷たい制度は、
人を長く守る。
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