第四十七話 先生が残した、穴
47話です。
朝、畑は回っていた。
昨日より、少し早い。
無駄も少ない。
誰も声高に褒めない。
だが、
手応えはある。
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「……問題、ないね」
誰かが言う。
その言葉に、
微妙な沈黙が挟まる。
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「問題がない、
ってことが……」
続きが、出てこない。
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午前。
板には、
昨日の記録が残っている。
水:一部増
人数:変化なし
余り:微
数字は、正直だ。
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子どもが、板を見て言う。
「……先生がいた頃と、
あんまり変わらないね」
その一言が、
静かに刺さる。
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「……そうだな」
誰かが答える。
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「じゃあさ」
別の声。
「先生、
必要だった?」
空気が、止まる。
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誰も怒らない。
だが、
誰も軽く流せない。
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セラが、ゆっくり言う。
「……必要だった」
即答だった。
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「でも」
一拍置く。
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「今、
いない方が
回ってる」
事実だった。
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昼前。
集まりが開かれる。
今回は、
全員が自然に来る。
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「……これ、
偶然じゃないよな」
ベテランの男が言う。
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「先生はさ」
「教えない日を作った」
「いなくなる日も作った」
言葉が、
一つずつ並ぶ。
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「最初から、
ここまで
想定してたんじゃないか」
誰も、否定しない。
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「……だったら」
若い女が言う。
「なんで、
消えたの?」
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沈黙。
答えは、
まだない。
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午後。
作業をしながら、
皆が考えている。
先生は、
何を見ていたのか。
どこで、
限界を見たのか。
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「……先生さ」
誰かが言う。
「最後に、
何か言ってた?」
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セラが思い出す。
「……
“教えない日は必要”
って」
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「それだけ?」
「……それだけ」
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夕方。
子どもが、
倉の奥から何かを見つける。
「……これ」
古い布に包まれた、
一枚の板。
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文字は、薄い。
だが、
読める。
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教育が回り始めたら
私は、邪魔になる
判断が私に集まったら
村は止まる
沈黙。
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「……書いてたんだ」
誰かが、呟く。
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板の裏に、
さらに文字がある。
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だから
私は、消える
これは、放棄ではない
引き継ぎだ
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誰も、すぐに声を出せない。
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セラが、ようやく言う。
「……先生、
自分のこと、
道具だと思ってたんだ」
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ベテランの男が、
歯を食いしばる。
「……勝手だな」
だが、
怒りは弱い。
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夜。
集まりは、静かだ。
だが、
誰も帰らない。
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「……先生が残した穴ってさ」
若い男が言う。
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「知識じゃない」
「手順でもない」
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「判断を、
引き受ける場所だ」
その言葉に、
全員が頷く。
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「今は、
分散してる」
「だから、
回ってる」
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「でも……」
誰かが、続ける。
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「詰まった時、
誰が引き受ける?」
沈黙。
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先生がいた場所。
誰も立たなかった場所。
そこが、
“穴”だった。
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翌朝。
畑は回る。
昨日より、
少しだけ遅い。
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誰かが言う。
「……考えすぎか?」
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セラは、首を振る。
「考えないと、
詰まる」
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板の下に、
新しい一文が書かれる。
判断は
集めすぎると止まり
分散しすぎると迷う
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農村は、
次の問題に直面した。
先生が消えた理由は、
理解した。
だが――
**先生がいない“最後の役割”**だけは、
まだ埋まっていない。
チョークには別の先生が織りなす他のシリーズもあります。よろしければご覧ください。




