第四十五話 戻らないと、決める
45話です。
朝、畑は静かだった。
昨日と同じ配置。
昨日と同じ手順。
先生はいない。
だが、
混乱もない。
それが、少し怖かった。
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「……今日も、来ないね」
誰かが言う。
誰も返さない。
返事をしないのは、
期待を置かないためだった。
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午前。
作業は進む。
水路は回る。
人は動く。
子どもも数を数える。
問題はない。
――ように見える。
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「……先生がいないと」
若い男が言う。
「間違えてるかどうか、
分からなくならない?」
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セラが答える。
「分からない前提で、
確認するようになった」
沈黙。
それは、
事実だった。
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昼前。
集まりが開かれる。
先生はいない。
だが、
全員が来ている。
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「……待つ?」
最初に出た言葉。
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「探す?」
「呼び戻す?」
声は小さい。
だが、
本気だ。
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「……戻ってきてほしい」
誰かが言う。
否定は出ない。
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だが、
別の声が続く。
「でも」
一拍置く。
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「戻ってきたら」
「また、頼る」
その言葉で、
空気が固まる。
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ベテランの男が、口を開く。
「……先生はさ」
全員が見る。
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「俺たちが
頼らない状態を
作ってから、
消えた」
誰も否定しない。
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「偶然じゃない」
「計画だ」
言葉が、
ゆっくり共有される。
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「じゃあ……」
若い女が言う。
「探すの、
やめる?」
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沈黙。
長い。
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セラが、深く息を吸う。
「……探さない」
声は、震えていない。
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「必要になったら」
「その時に、探す」
それが、
最大の譲歩だった。
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午後。
作業は続く。
だが、
一つだけ変わる。
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先生が立っていた場所に、
誰も立たない。
自然と、空ける。
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「……そこ、
使わないの?」
子どもが聞く。
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「使わない」
セラが答える。
「あそこは、
判断しない場所だった」
子どもは、少し考えて、頷く。
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夕方。
集まりが、もう一度開かれる。
今度は、
短い。
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「決めよう」
ベテランの男が言う。
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「先生は、
戻らない前提で進む」
「教育は、
続ける」
「間違えたら、
直す」
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誰も反対しない。
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「……でもさ」
誰かが言う。
「先生が、
戻らないって決めたら」
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セラが答える。
「それでも、
やる」
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夜。
畑に、風が通る。
先生の声は、ない。
だが、
先生のやり方が残っている。
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子どもが、板を見る。
あの一枚だけ、
残された板。
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いない日が続く
→ 自分で決める
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「……先生」
小さな声。
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翌朝。
畑は回る。
昨日より、少し早い。
誰かが言う。
「……慣れてきたな」
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誰も、笑わない。
だが、
誰も否定しない。
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農村は、
一つ、決めた。
先生を
“待たない”と。
それは、
裏切りでも、
忘却でもない。
引き継ぎだった。
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