第四十三話 教えない、という選択
43話です。
朝、畑に立った先生は、何も言わなかった。
板も出さない。
配置も告げない。
合図もしない。
ただ、
そこにいるだけだ。
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「……今日は?」
誰かが、様子をうかがう。
先生は答えない。
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作業は、自然に始まる。
昨日までの配置。
昨日までのやり方。
問題はない。
――ように見える。
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午前。
水路のそばで、
二人が立ち止まる。
「……ここ、
どうする?」
「昨日は、
先生が……」
言葉が途切れる。
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「……あ」
気づく。
今日は、教えない日だ。
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ベテランの男が、口を開く。
「……俺が見る」
自信は、ない。
だが、逃げていない。
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子どもが聞く。
「合ってる?」
男は、少し考える。
「……たぶん」
昨日と同じ言葉。
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だが、
誰も止めない。
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昼前。
小さなズレが、
三つ重なる。
水が、少し足りない。
人が、一人余る。
別の場所が、詰まる。
致命的ではない。
だが、
不快だ。
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「……先生」
誰かが、つい呼ぶ。
先生は、
視線を向けるだけ。
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何も言わない。
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昼。
集まりが起きる。
だが、
先生はいない。
少し離れた木陰に、
座っている。
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「……どうする?」
「先生、
今日は来ないぞ」
「じゃあ……」
言葉が、詰まる。
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「決めるしか、
ないよな」
誰かが言う。
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午後。
作業は、続く。
だが、
判断が遅れる。
確認が増える。
責任を押し付け合いそうになる。
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「……それ、
俺が決めていい?」
恐る恐るの声。
「……いいんじゃない?」
同意が、曖昧だ。
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セラが、ついに言う。
「先生がいない前提で、
やろう」
その一言で、
空気が変わる。
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「じゃあ、
水路は私が見る」
「人の配置は、
俺が」
「余った人、
倉行って」
言葉が、
少しずつ出る。
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完璧ではない。
だが、
止まらない。
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夕方。
畑は、
昨日より遅い。
だが、
誰も文句を言わない。
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集まりが、開かれる。
先生は、
まだ来ない。
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「……正直さ」
若い男が言う。
「先生、
いないと困る」
誰も否定しない。
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「でも」
一拍置く。
「……いないと、
自分で考えるな」
それも、事実だった。
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そこに、
先生が来る。
何も言わない。
ただ、
輪の端に立つ。
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誰かが、聞く。
「……今日の評価は?」
先生は、首を振る。
「しません」
ざわめき。
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「良かったか」
「悪かったか」
「それを決めるのは、
あなたたちです」
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沈黙。
だが、
逃げない。
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ベテランの男が言う。
「……遅かった」
「無駄もあった」
「でも……」
言葉を探す。
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「自分で決めた」
それだけで、
十分だった。
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先生は、最後に一言だけ言った。
「教えない日は、
必要です」
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板が、久しぶりに出る。
一行だけ。
教育
→ 教える
→ 考えさせる
→ 手を離す
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翌朝。
畑は、
昨日より早い。
配置は、
自分たちで決めている。
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子どもが、言う。
「……今日は、
聞かなくても、
動いてるね」
誰かが、笑う。
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先生は、
それを見ている。
教えない。
だが、
去っていない。
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農村は、
一つ、大人になった。
先生がいなくても、
壊れない。
だが――
先生がいないと、
何が起きるかを
初めて想像できるようになった。
誤字脱字はお許しください。




