第四十二話 責めない、という暴力
42話です。
朝、畑は回っていた。
水は溢れない。
配置も乱れない。
昨日の失敗は、修正されている。
――完璧に近い。
それが、逆に不気味だった。
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「……おはよう」
挨拶は返る。
だが、
声が揃いすぎている。
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新しい教師――
あのベテランの男は、
いつもより早く来ていた。
板も、水も、確認済み。
「……大丈夫だ」
自分に言い聞かせる声。
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午前。
授業は、滞りなく進む。
質問が出る。
修正も入る。
だが、
誰も指摘しない。
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子どもが、数字を見る。
「……あ」
小さな声。
だが、
言わない。
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セラが気づく。
「……言わないの?」
子どもは、視線を逸らす。
「……昨日、
先生、守られたから」
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セラの胸が、少し痛む。
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昼前。
水路の端。
実は、
ほんの少しだけ、
ズレている。
致命的ではない。
だが、
昨日なら指摘されていた程度だ。
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誰も言わない。
言えない。
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「……大丈夫?」
セラが、男に声をかける。
「大丈夫だ」
即答。
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だが、
手が止まる。
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「……先生」
セラが、先生の横に立つ。
「これ……
昨日の反対じゃない?」
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先生は、すぐ答えない。
畑を見る。
水路を見る。
人を見る。
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「兆候です」
短く。
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午後。
集まりが、自然にできる。
だが、
話題が、出ない。
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「……昨日の件さ」
誰かが、言いかける。
だが、
続かない。
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沈黙が、長い。
その沈黙が、
誰かを守り、
誰かを縛っている。
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男が、口を開く。
「……何か、
言いたいことあるなら、
言え」
声は、低い。
だが、
強い。
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誰も答えない。
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「……俺、
昨日、
守られた」
一拍置く。
「……ありがたい」
さらに一拍。
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「でも」
全員が、顔を上げる。
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「それ、
俺を
正しくしてくれるわけじゃない」
空気が、張る。
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「間違えたら、
直せ」
「遠慮するな」
「俺を、
教師扱いするな」
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言葉が、
一つずつ落ちる。
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先生が、静かに言う。
「それを言えるのは、
強いです」
男は、首を振る。
「……怖いんだ」
本音だった。
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「責められないのが」
「期待されてる気がして」
沈黙。
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先生は、板を出す。
短く書く。
守る
→ 失敗を許す
だが
→ 間違いを黙らせる
→ ×
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「守ることと、
黙らせることは、
違います」
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子どもが、手を挙げる。
「……言っていい?」
全員が、見る。
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「ここ」
水路を指す。
「ちょっと、ズレてる」
男が、深く息を吸う。
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「……ありがとう」
それだけで、
空気が、少し緩む。
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修正が入る。
大きな作業ではない。
だが、
皆が動いた。
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夕方。
集まりは、短い。
だが、
言葉がある。
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「……守るってさ」
誰かが言う。
「黙ることじゃないんだな」
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先生は、最後に言った。
「責めないとは、
声を奪わないことです」
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翌朝。
畑は、昨日より賑やかだ。
声が出る。
指摘が出る。
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子どもが、言う。
「……ズレてたら、
言っていい?」
男が、頷く。
「……言え」
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板の端に、
最後の一文が残る。
守る
→ 声を残す
黙らせる
→ 壊す
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農村は、
もう一段、深くなった。
優しさは、
形を間違えると
暴力になる。
それを、
知ってしまった。
誤字脱字はお許しください。




