第四十一話 間違えた教師
41話です。
朝、畑の空気が、少し重い。
理由は単純だった。
新しい教師が立っている。
先生の横。
ほんの半歩後ろ。
ベテランの男だ。
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「……じゃあ、始めるぞ」
声は低い。
だが、震えていない。
子どもたちが集まる。
大人も、少し離れて見る。
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「昨日の続きだ」
「水路の話」
板はない。
地面に線を引く。
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説明は、悪くない。
順序も、言葉も、
今までと大きく変わらない。
だが――
一箇所、ズレている。
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子どもが、手を挙げる。
「……そこ、昨日と違う」
男の動きが、止まる。
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「違うか?」
「……先生は、
こっちって言ってた」
周囲が、ざわつく。
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男は、考える。
一拍。
二拍。
「……今日は、こっちでいい」
その瞬間、
先生の視線が動く。
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空気が、張る。
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「……理由は?」
小さな声。
言ったのは、
別の大人だった。
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男は、答える。
「……こっちの方が、
早い気がする」
気がする。
その言葉が、
静かに落ちる。
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子どもが、口を開く。
「……でも、
数、合わなくなる」
男の顔が、強張る。
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「……今日は、
いいだろ」
声が、少し硬くなる。
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先生は、まだ動かない。
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昼前。
実際に、水を回す。
一見、問題ない。
だが――
端が、溢れる。
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「……あ」
誰かが声を出す。
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「止めろ!」
男が叫ぶ。
だが、
一歩遅い。
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大事にはならない。
だが、
確実に、無駄が出た。
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沈黙。
誰も、すぐに言葉を出さない。
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「……失敗だな」
誰かが、呟く。
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男は、顔を上げない。
拳が、強く握られている。
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先生が、前に出る。
「止めます」
短く。
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全員が集まる。
先生は、板を出す。
久しぶりだ。
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事実
・水が溢れた
・理由は誤判断
次
・修正
それだけだ。
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「責任は?」
誰かが、聞く。
空気が、鋭くなる。
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先生は、即答する。
「全員です」
ざわめき。
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「教えたのは?」
「彼だろ?」
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先生は、首を振る。
「確認しなかった人も、
責任者です」
静まり返る。
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「……じゃあ、
俺は?」
男が、声を絞り出す。
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先生は、はっきり言う。
「続けてください」
男が、顔を上げる。
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「間違えた教師は」
先生は続ける。
「辞めさせません」
「……なんで?」
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「辞めさせると、
誰も立たなくなります」
その言葉が、
全員に刺さる。
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午後。
修正作業が始まる。
先生は、横に立つだけ。
指示しない。
だが、
見ている。
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子どもが、言う。
「……次は、
数、先に見よう」
男は、頷く。
「……そうだな」
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夕方。
集まりが、開かれる。
いつもより、
静かだ。
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男が、口を開く。
「……すまなかった」
誰に向けたか、
分からない。
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セラが言う。
「……失敗、
初めてじゃないでしょ」
男は、苦笑する。
「……教師としては、
初めてだ」
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先生が、最後に言う。
「失敗した教師を
守れない村は、
教育を持てません」
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翌朝。
畑は、回っている。
水路は、
昨日より静かだ。
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子どもが、言う。
「……今日は、
ちゃんと合ってる」
男は、短く笑った。
「……確認した」
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板の端に、
一行が残る。
教師
→ 間違える
→ 守られる
→ 続けられる
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農村は、
一つ、越えた。
教育が
「正しさ」だけでなく、
継続の仕組みになった瞬間だ。
誤字脱字はお許しください。




