第四十話 教える側が、足りなくなる
40話です。
朝、畑は賑やかだった。
声がある。
質問が飛ぶ。
指摘も入る。
――だが、
先生の声は少ない。
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「……先生、これどう思う?」
声が重なる。
「ここ、昨日と違いません?」
「この数、合ってる?」
「前の説明と、少しズレてない?」
どれも、正しい聞き方だ。
だが――
同時すぎる。
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先生は、一つずつ答える。
丁寧に。
簡潔に。
だが、
追いつかない。
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午前。
子どもたちが、互いに教え合っている。
「ここは、こう」
「違う。昨日は、こうだった」
小さな議論が起きる。
止める人間が、いない。
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大人たちは、それを見ている。
口を出さない。
だが、
不安そうだ。
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「……これ、
先生いなくても回る?」
誰かが言う。
それは、期待でもあり、
恐怖でもあった。
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先生は、板を立てた。
久しぶりに、
大きく書く。
今
→ 学ぶ人:多い
→ 教える人:少ない
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「問題は、ここです」
空気が、張る。
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「教えられる人が増えると」
「教える人が足りなくなります」
誰も否定しない。
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「先生」
セラが言う。
「それ……
当たり前じゃない?」
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「はい」
先生は、即答する。
「ですが」
「当たり前は、
対策されません」
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昼前。
作業が止まる。
完全に、ではない。
だが、
質問が先に来る。
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「先生、これ」
「先生、あれ」
「先生……」
先生の周りに、
自然と人が集まる。
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子どもが、小さく言う。
「……先生、
増えないの?」
誰も、笑わない。
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「増えません」
先生は答える。
「私が増えたら、
仕組みが育ちません」
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午後。
一人の大人が、
勇気を出して言う。
「……俺、
教えていい?」
空気が、動く。
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「どこまで?」
誰かが聞く。
「……分かるとこまで」
正直だ。
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先生は、即答しなかった。
一拍置いて、言う。
「条件があります」
全員が、息を止める。
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「教える人は」
「質問される側になります」
「……それって」
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「責任が増えます」
沈黙。
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「間違えたら?」
「修正されます」
「誰に?」
「全員に」
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その言葉で、
数人が視線を逸らす。
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「……やっぱ、やめとく」
誰かが、呟く。
誰も責めない。
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夕方。
それでも、
一人だけ前に出る。
ベテランの男だ。
「……やる」
声は低いが、
逃げていない。
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「条件、分かってる?」
セラが聞く。
「分かってる」
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先生は、板に書く。
仮の教師
→ 間違える
→ 指摘される
→ 修正する
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「完璧である必要はありません」
先生は言う。
「続ける覚悟が必要です」
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夜。
集まりがある。
いつもより、
静かだ。
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「……先生」
ベテランの男が言う。
「正直さ」
一拍置く。
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「教える側に立つと」
「怖い」
誰も、笑わない。
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先生は、頷いた。
「それが、正常です」
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翌朝。
畑は、
少し変わっている。
先生の横に、
もう一人立っている。
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子どもが、聞く。
「……どっちに聞けばいい?」
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先生は、はっきり言う。
「両方です」
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板に、最後の一行が足される。
教育
→ 広がる
→ 薄まる
→ だから
→ 支える人が要る
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農村は、
次の欠乏に直面した。
食料でも、
人手でもない。
教育者だ。
ここから先、
村は「学ぶ場所」から
**「教え合う場所」**へ
変わっていく。
誤字脱字はお許しください。




