第四話 契約は、夜に結ばれる
第四話です
夜は、静かに始まった。
食後、火が落とされ、家々の戸が閉じられる。
それは休息の合図であり、話し合いの合図でもある。
セラの家に、人が集まった。
女ばかりだ。年齢も体格もばらばら。
共通しているのは、明日の畑に出るか、出ないかが決まっていないこと。
「先生」
最初に口を開いたのは、年上の女だった。
「今夜は、どうする?」
直球だった。
遠回しは、損をする。
先生は、座ったまま答える。
「何を、でしょう」
「順番」
笑いが起きる。
だが、軽くはない。
「昨日はセラだった」
「一昨日は?」
「いない」
「なら、偏ってる」
女たちは互いに視線を投げ合う。
牽制だ。
嫉妬ではなく、配分の話。
「拒否は?」
誰かが聞いた。
「あります」
先生は即答した。
「ただし、代替案が必要です」
沈黙。
代替案とは、
•翌日の労働
•休みの割り当て
•食料の配分
に影響する。
「……じゃあ」
若い女が一歩出た。
「今夜は、三人」
空気が変わる。
セラが息を吐く。
「狭いよ」
「知ってる」
「順番は?」
「決めない」
決めない、という決断。
先生は首を縦に振った。
「了承します」
灯りが落とされた。
布が敷かれ、
身体が寄る。
触れ合いは、確認から始まる。
誰が先か、誰が後かを決めないための、曖昧な触れ方だ。
汗の匂い。
肌の温度。
呼吸が重なり、
誰かの膝が先生の腿に乗る。
「……静かに」
誰かが言う。
「壁、薄い」
声は抑えられる。
だが、動きは抑えられない。
布がずれ、
体重がかかり、
短い吐息が繰り返される。
先生は、数を数えなかった。
今夜は、測らないと決めていた。
途中、誰かが身を起こす。
水を飲み、
また戻る。
「順番、決めないって言ったでしょ」
「分かってる」
「……じゃあ、私が下」
言葉が、体位を決める。
合意は短く、実務的だ。
夜は、長くなった。
だが、無秩序ではなかった。
明け方、動きが止まる。
布の下で、身体が離れ、
それぞれが呼吸を整える。
「……これで、文句ない?」
誰かが言う。
「ない」
「じゃあ、明日」
「私は休む」
「私は出る」
「私は半日」
決まった。
翌朝。
畑に出る人数は、昨日と違った。
休む者、出る者、半日だけの者。
夜の結果が、そのまま配置になる。
誰も文句を言わない。
合意は、夜に済んでいる。
セラが先生の隣に立つ。
目の下に、薄い影。
だが、声は落ち着いている。
「先生」
「はい」
「これ……続く?」
「続けるかどうかは、皆さん次第です」
セラは苦笑した。
「責任、押し付け上手」
「管理です」
昼、噂はもう整理されていた。
誰がどうだったか。
どれくらいだったか。
話題は数ではなく、配分だ。
遠くで、港の少年がそれを見ている。
畑の配置。
休む人間。
夜の後の、静けさ。
少年は、気づいた。
――夜は、自由じゃない。
――だから、昼が回る。
先生は、何も言わなかった。
この村では、
性は契約で、
契約は労働で、
労働は生存だった。
それを隠さないだけで、
秩序は生まれる。
ただし――
笑いは、少し減る。
教育は、
そういう副作用を持っている。
誤字脱字はお許しください。




