第三十九話 教えられる側の反撃
39話です。
朝、畑に立った瞬間、先生は気づいた。
視線が、正面から来ている。
避けられていない。
向けられている。
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「……おはよう」
返事はある。
だが、昨日までと違い、
間がない。
誰かが、すぐ言った。
「先生、今日も数やる?」
空気が、わずかに張る。
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午前。
作業は始まるが、
子どもたちは、少し離れた場所にいる。
見る。
書く。
数える。
だが――
口も出す。
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「そこ、昨日より多い」
「水、偏ってる」
「今の動き、二回目」
言い方は、丁寧だ。
だが、遠慮がない。
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若い男が、鍬を止める。
「……それ、
全部、正しい?」
子どもが一瞬黙る。
「……たぶん」
「たぶん、だろ」
声は荒くない。
だが、低い。
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「数字ってさ」
男は続ける。
「全部、合ってないと
意味ないんじゃない?」
空気が止まる。
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先生は、まだ口を出さない。
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昼前。
集まりができる。
今回は、
子どもが中央にいる。
それだけで、
場の重心が変わる。
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「聞きたいこと、ある」
言ったのは、
ベテランの男だった。
「教える側はさ」
「はい」
「間違えたら、どうなる?」
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子どもたちが、息を飲む。
先生は、静かに答える。
「修正します」
「誰が?」
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「全員で」
その答えに、
小さなどよめきが起きる。
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「……便利だな」
男が、笑う。
だが、
目は笑っていない。
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「俺たちはさ」
続ける。
「間違えたら、
責任取らされてきた」
「でも、子どもは?」
沈黙。
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「数字で間違えても」
「たぶん、で言っても」
「許される」
言葉が、
少しずつ鋭くなる。
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「それ、不公平じゃない?」
ついに、
誰かが言った。
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先生は、そこで初めて前に出た。
「不公平です」
即答だった。
ざわつく。
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「なぜなら」
先生は続ける。
「責任の重さが違うからです」
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板が出される。
短く、書かれる。
子ども
→ 学ぶ役
大人
→ 守る役
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「学ぶ役は、
間違えないと進めません」
「守る役は、
間違えると壊れます」
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「……じゃあ」
若い女が言う。
「私たちは、
ずっと
守る側?」
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先生は、首を振る。
「入れ替わります」
「いつ?」
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「学んだ時です」
その言葉に、
空気が変わる。
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午後。
作業は続く。
だが、
今度は逆の声が出る。
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「……その計算、
合ってる?」
子どもが聞かれる。
「……えっと」
一瞬、言葉に詰まる。
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「ここ、違う」
大人が、指摘する。
子どもが、顔を上げる。
「……ほんとだ」
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「修正します」
自分で、言う。
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その瞬間、
空気が一段、軽くなる。
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セラが、小声で言う。
「……反撃って、
こういうこと?」
先生は、頷く。
「健全です」
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夕方。
集まりは短い。
だが、
言葉は多い。
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「さっきの計算」
「助かった」
「いや、俺も間違えた」
責める声は、ない。
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ベテランの男が、最後に言う。
「……正直さ」
全員が、そちらを見る。
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「子どもに
突っ込まれるの、
ムカつく」
正直だ。
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「でも」
一拍置く。
「黙ってるより、
マシだ」
誰も、否定しない。
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夜。
集まりは、自然に終わる。
布は敷かれない。
だが、
距離は、昨日より近い。
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先生は、板に最後の一行を書く。
教育
→ 従わせる
→ ×
教育
→ 反論させる
→ ○
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翌朝。
畑は、
昨日より少し賑やかだ。
声が出る。
質問が出る。
修正が入る。
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子どもが、言う。
「……先生」
「はい」
「大人に、
突っ込んでいいんだね」
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先生は、頷いた。
「根拠があれば」
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農村は、
新しい段階に入った。
教える側と、
教えられる側が、
固定されない段階だ。
それは、
揉める。
だが――
止まらない。
誤字脱字はお許しください。




