第三十七話 数を数えられる子ども
37話です。
朝、畑に子どもが立っていた。
働く位置ではない。
邪魔にならない場所。
だが、
見ている。
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「……なんで、あそこにいる?」
誰かが言う。
「昨日の授業だろ」
「分かってるけど」
落ち着かない理由は、
はっきりしていた。
見られる側になったからだ。
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作業が始まる。
鍬を振る。
水を回す。
荷を運ぶ。
いつも通り。
だが、
子どもの視線が、
一つ一つを追っている。
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「……あれ、何?」
「ん?」
「今の動き、
二回やってない?」
声は小さい。
だが、
確かだ。
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男が、鍬を止める。
「……同じだった?」
「たぶん」
子どもは、首を傾げる。
「一回で足りると思う」
空気が、止まる。
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先生は、何も言わない。
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午前。
別の場所で、
女が言う。
「水、ここ多くない?」
「え?」
子どもが、地面を指す。
「昨日、数えた」
「ここ、他より湿ってる」
誰も、すぐ否定できない。
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「……測ったの?」
「うん」
「どうやって?」
「歩いた」
「歩いた?」
「歩数」
それだけだ。
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大人たちの顔に、
同じ表情が浮かぶ。
不安だ。
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昼前。
集まりができる。
自然発生だが、
声は低い。
「……子ども、
口出しするようになってない?」
「教育だろ」
「分かってる」
だが、
納得はしていない。
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「先生」
誰かが、耐えきれずに言う。
「これ……
大丈夫?」
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先生は、即答しなかった。
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「子どもが、
数を数えられるようになると」
ゆっくり、言葉を選ぶ。
「大人の仕事は、
説明を求められます」
沈黙。
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「それって……」
「評価されるってこと?」
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「いいえ」
先生は、首を振る。
「比較されます」
空気が、冷える。
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午後。
作業は続く。
だが、
手が慎重になる。
「……それ、
無駄じゃない?」
言われる前に、
考える。
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セラが、小声で言う。
「……先生」
「はい」
「これ、
私たちが
一番嫌なやつだね」
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先生は、否定しない。
「慣れていませんから」
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夕方。
子どもたちは、
今日の数字をまとめている。
「ここ、二回」
「ここ、一回」
「ここ、要らないかも」
無邪気だ。
だが、
容赦がない。
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「……ああいうの、
見せていいの?」
誰かが言う。
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「見せなければ、
続きません」
先生は、静かに答える。
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夜。
大人たちの集まり。
いつもより、
人数が多い。
「……正直に言うとさ」
誰かが言う。
「子どもに、
見られるの、
きつい」
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「失敗、
隠せない」
「無駄、
誤魔化せない」
言葉が、重なる。
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先生は、板を出す。
久しぶりに、
はっきり書く。
教育
→ 子どもが賢くなる
→ 大人が楽になる
×
一行、消す。
教育
→ 子どもが賢くなる
→ 大人が鍛えられる
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「先生」
セラが言う。
「それ……
嫌われるやつ」
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先生は、少しだけ笑った。
「もう慣れました」
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翌朝。
畑は、
昨日より静かだ。
だが、
雑さが減っている。
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子どもが、
一人、言う。
「……今日、
同じこと
やってないね」
誰も返さない。
だが、
否定もしない。
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少年が、先生に聞く。
「先生」
「はい」
「大人って、
完璧じゃないんだね」
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先生は、頷いた。
「完璧なら、
教育はいりません」
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板の下に、
最後の一文が書かれる。
数を数えられる子ども
→ 大人が逃げられない
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農村は、
次の段階に入った。
教育は、
子どものためだけではない。
大人を追い詰めるためのものでもあった。
誤字脱字はお許しください。




