第三十六話 増えないための教育
36話です。
朝、畑に子どもが集まっていた。
働くためではない。
遊ぶためでもない。
「……座って」
先生の一言で、全員が地面に腰を下ろす。
大人たちが、遠巻きにそれを見る。
邪魔はしない。
だが、落ち着かない。
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「今日は、畑の話をしません」
ざわめき。
「え?」
「じゃあ、何?」
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先生は、地面に線を引いた。
一本。
二本。
三本。
「これ、何に見えますか」
子どもが言う。
「道」
「畑の区切り」
「……線」
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「正解は、限界です」
空気が、少し冷える。
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「畑には、限界があります」
「人にも、限界があります」
大人たちの視線が、
自然に集まる。
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先生は続ける。
「増えれば、
必ず楽になると思っていますか?」
誰も即答しない。
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「増えると――」
先生は、線の外に石を置く。
「水が足りなくなります」
「道が混みます」
「管理が増えます」
一つずつ、
石が増える。
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「では、問題です」
子どもたちを見る。
「増えなければ、
何が起きますか」
沈黙。
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一人が言う。
「……楽?」
先生は、首を振る。
「違います」
「……困らない?」
「半分、正解です」
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「増えないと、
考える時間が生まれます」
その言葉に、
大人の何人かが、息を止める。
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午前。
子どもたちは、
畑の周りを歩かされる。
数を数える。
距離を測る。
水路を見る。
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「ここ、何人で使ってる?」
「……十人」
「増えたら?」
「……足りない」
答えは、
子どもたち自身が出す。
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「先生」
セラが、小声で言う。
「これ……
子どもに言わせるの、
きつくない?」
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先生は、視線を外さない。
「自分で気づいたことは、
忘れません」
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昼。
子どもたちは、
簡単な計算をする。
「一日で食べる量」
「畑が生む量」
「雨が少ない日」
足りない数字が、
自然に浮かぶ。
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「……先生」
一人が言う。
「増えると、
良いこともあるよね?」
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「あります」
先生は、即答する。
「人手が増えます」
「じゃあ……」
「管理が追いつけば、です」
条件が付く。
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午後。
大人たちが、
ついに口を出す。
「先生」
「はい」
「それって……」
言葉を選ぶ。
「子どもに、
増えるなって
教えてる?」
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先生は、静かに答える。
「選べるようにしています」
「……同じじゃない?」
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「違います」
先生は、畑を見る。
「知らないまま増えると、
村が決めます」
「知って増えないなら、
自分で決めたことです」
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夕方。
子どもたちは、
疲れている。
だが、
騒がない。
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一人が、ぽつりと言う。
「……増えるって、
大変だね」
それだけで、
この日の授業は終わった。
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夜。
大人たちの集まりがある。
「……これ、
正しいのか?」
誰かが言う。
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「増やさないって、
弱くなることじゃない?」
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先生は、板を出す。
久しぶりだ。
増える
→ 管理が必要
管理できない
→ 壊れる
だから
→ 先に考える
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「強さは、
数ではありません」
「回せることです」
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沈黙。
だが、
否定は出ない。
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セラが、最後に言う。
「……外、見た後だとさ」
「うん」
「増えない選択、
逃げじゃないね」
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先生は、頷いた。
「準備です」
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農村は、
初めて
“増えないための教育”を始めた。
それは、
希望を奪う教育ではない。
選択を渡す教育だった。
誤字脱字はお許しください。




