第三十五話 外を見るという賭け
35話です。
朝、畑に立つ人数が、少ない。
誰も間違えていない。
誰も遅れていない。
最初から、決めていた。
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「行くのは、先生と――」
名前が、三つ呼ばれる。
力のある者。
話を聞ける者。
そして、
一番、余裕のない者。
セラが最後に呼ばれた。
「……私?」
「はい」
理由は、説明されない。
だが、誰も反論しない。
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出発は、静かだった。
荷は少ない。
道具も最低限。
「……すぐ戻るよね?」
誰かが言う。
先生は、即答しなかった。
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畑を抜け、
道に出る。
振り返ると、
村は思ったより小さい。
「……あんなだったっけ」
セラが呟く。
「変わっていません」
先生は言う。
「見え方が変わっただけです」
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道は、整っていない。
踏み固められてはいるが、
管理されていない。
「……これ、
毎日歩くの、無理だね」
「ええ」
「でも、外から来る人は、
これを歩いてくる」
その一言で、
“外”の現実が、少し近づく。
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昼前。
小さな集落が見える。
村、と呼ぶには小さい。
だが、
人はいる。
「……誰かいる」
「ええ」
近づくにつれ、
視線が集まる。
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「よそ者だ」
声は、隠されない。
子どもが、
大人の後ろに下がる。
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「……こんにちは」
挨拶は返る。
だが、
距離は縮まらない。
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話を聞く。
畑はある。
人もいる。
だが、
余裕はない。
「……人、足りない?」
セラが聞く。
男は、苦笑した。
「足りないって言うより、
抜ける」
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「抜ける?」
「逃げる。
死ぬ。
来ない」
淡々としている。
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先生が、聞く。
「入る人は?」
「来るよ」
「管理は?」
男は、肩をすくめる。
「しない」
その一言で、
空気が変わる。
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昼。
少し離れた場所で、休む。
「……先生」
セラが言う。
「ここ、
人入れたら、
楽になりそう?」
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先生は、首を振る。
「一時的に」
「その後は?」
「同じになります」
セラは、黙り込む。
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別の集落。
もっと大きい。
だが、
空気が荒れている。
声が大きい。
視線が鋭い。
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「……ここ、
怖い」
「ええ」
「でも、
人はいっぱいいる」
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話を聞く。
仕事はある。
食べ物もある。
だが――
奪い合いだ。
「夜?」
セラが聞く。
女が、鼻で笑った。
「勝った人のもの」
言葉が、重い。
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帰り道。
誰も、すぐに話さない。
情報が多すぎる。
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「……先生」
セラが、ようやく言う。
「外、
答えじゃないね」
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先生は、歩きながら答える。
「答えではありません」
「じゃあ?」
「選択肢です」
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村が見える。
さっきより、
はっきり見える。
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戻ると、
全員が集まっている。
質問は、出ない。
ただ、
顔を見る。
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「どうだった?」
誰かが、やっと聞く。
先生は、短く答える。
「楽な補充は、ありません」
それだけだ。
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夜。
集まりが開かれる。
言葉は少ない。
だが、
重い。
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セラが言う。
「外、
人はいる」
「でも」
「同じ問題を、
早く抱えるだけ」
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誰かが言う。
「……じゃあ、
どうする?」
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先生は、板を出す。
三つ、書く。
耐える
入れる
小さくなる
そして、
四つ目を書く。
教える
沈黙。
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「人を増やす前に、
増えなくて済む形を作ります」
「それって……」
「遠回り?」
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先生は、頷いた。
「一番、遅いです」
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だが、
誰も反対しない。
外を見たからだ。
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夜。
誰かが、ぽつりと言う。
「……行って良かったね」
誰も、笑わない。
だが、
誰も否定しない。
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農村は、
外を知った。
だから、
内を誤魔化せなくなった。
増える前に、
強くなる必要がある。
その“強さ”が、
次の段階を呼ぶ。
誤字脱字はお許しください。




